16.神威の想い 俺の想い -飛翔-


桜の木の前で立ち尽くしたまま動かない

神威にゆっくりと近づいて声をかける。



「おいっ」



振り向いたアイツは、唇を噛みしめながら

何かに耐えるように振り向いた。



ガキの表情じゃないだろ。




もっと悔しそうに感情を爆発させるわけでもなく、

手に届かなかった悔しさに泣いているわけでもなく

ただ無言で、唇を震わせながら一人で耐えているように視界には映った。



そんなアイツを見ていると、

少しでも本音を吐き出したくて、わざとアイツにちょっかいを出すように

アイツの頭をポンポンと叩く。




機嫌悪そうに、俺を睨みつけるアイツ。




そうそう、少しはお前らしさが戻ってきたか。




「神威、何考える?」




ふと、呟くようにアイツに投げかける。




「アイツ……あんな体で行っちゃった。


 なぁ……飛翔、研修医だろ。


 医者ってボクを診てくれた先生だったら、

 アイツも治してやれるんのか?」





そう言いながら、神威は再び桜の木の方を見つめた。





「お前……あの鬼に何か視えたのか?」




その問いかけに、アイツは静かに頷いた。




「その前に、お前もそろそろ譲原の家に帰るか?

 それともマンションに戻るか?」


「マンション……」


「わかった。

 なら、柊に話をつけてくる。


 ついでに、柊の車を拝借して来るさ」




そう言ってアイツの元から離れて、

境内を調べている柊の方へと駆け寄る。



「飛翔殿、私に何か?」


「俺と神威だけ、少しマンションに戻りたい。

 車を貸して貰えないだろうか?」


「構いませんわ」


「帰りは華月に連絡してくれ。

 迎えの車を手配するように伝えておく」


「お気遣い有難うございます。

 私一人ですと、何とでもなりますから。


 どうぞ、宝さまのお傍で支えて差し上げてください」



柊はそう言いながら俺に微笑むと

車の鍵を差し出して、再び意識を集中しながらゆっくりと手を翳して

何かを探るような素振りを続けた。




柊の愛車の鍵をポケットに突っ込んで、

再び、神威の待つ場所へと移動する。




「神威、帰るぞ。

 桜瑛だったか、あのガキに挨拶はいいのか?」



わざとその名前を紡ぐ。



ようやく気が付いたと言わんばかりに、睨みながら俺を見つめると

神威は桜瑛の方へと駆け寄って、言葉を交わして戻ってきた。



「伝えた。

 飛翔、行くぞ」




いつものように先に柊の車の方へと歩いていくと、

ドアを開けて、助手席に乗り込んだ。



柊の車に乗り込んで、運転席に体を預けながら

エンジンをかけると、そのままアクセルを踏んで桜塚神社を離れた。



助手席の窓から、外をボーっと見つめ続ける神威。



「神威、お前はどうしたいんだ?」


「ボクはアイツを助けたい。

 アイツに逢ってわかったんだ。


 ずっと『助けて』ってボクを呼び続けていた声は

 アイツだって。


 アイツ、体の中が真っ黒だった。

 何かに浸食されてるみたいに、だんだん肌の色が黒く染まっていくんだ。


 ボクにはどうすることも出来ないんだ。

 夢の中で、どれだけ手を伸ばしてもアイツには届かない。


 だからこそ、夢が夢じゃないって思えたアイツに逢えたさっきは

 いい機会だったし、チャンスだったのに」




チャンスだったのに、また助けられなかった。



アイツはそんな風に言葉を続けたげだった。




俺が神威と同じ小学生の時は兄貴にまだ守られていた。


その当時は、兄貴に見放されたと思っていたが……

兄貴は徳力と言う一族から、俺を精一杯守り続けてくれていた。




だけど今のアイツを、徳力と言う一族から守り切れる存在は

俺しかいない。


徳力ではなく、早城姓である俺。


徳力の末端でありながら、兄貴の護符で徳力の長と同等との力を

一族の中で持つことになった俺だけが、神威を取り巻く

徳力内の不穏分子から、アイツを守ることが出来る。



徳力姓である、華月や万葉には……そこまでのことは出来ない。

アイツらにとっては、神威の存在は『当主』としての立場が優先される。




アイツを当主として思うのではなく、

ただの兄貴の忘れ形見として接するならば、

俺は……。




「神威、悔しい時は悔しいって感情を出せ。


 感情表現が乏しいって、

 由貴に言われ続けた俺が言うのもなんだけどな。

 

 だけど下手なのは下手なりに、感情の爆発させ方があるだろ。


 それにお前は、他の奴にはない力がある。

 一般の奴が、何かをやりたいとあがいてもハードルは高いだろ。


 だけど神威には、普段は足枷となるがこういう時には役立つ、

 徳力の情報網がある。


 お前があの鬼を助けたいと思うなら、

 神威自身が、真っ先に諦めるな。


 お前の手札でもある、徳力と言う一族を上手く使え。


 その為の補佐なら、俺がやってやるよ。

 俺はお前の保護者だからな」



わざと焚きつけるように言葉を発すると、

神威は窓を開けて、生温い風を頬に受けた後

俺の方を見つめた。





「街中の防犯カメラを追跡するのと、

 譲原咲の母親の、新しい家族を探し出す。


 多分、あの鬼は……その場所に姿を見せる」



「姿を見せる?

 どうして言い切れる?」  

 


「アイツは今、切羽詰って苦しんでる。


 切羽詰ったものは、大切なものの為に

 時として道を踏み外す。


 そう言う者をボクは一族の中で見てきたから」



「どうして、お前はそうだと感じた?」

 


「今も……ボクの意識の中に、

 アイツの声が流れ込んでくるから。


 『咲を守りたいって』」





アイツと話している間にマンションの地下駐車場へと辿り着いた俺は、

辿り着く直前に眠ってしまった、アイツを助手席から抱き上げると、

エレベーターに乗り込んで、最上階へと直行する。



ドアを開けて、アイツをベッドに眠らせると

リビングへと向かった。


ドアフォンが、ランプを点滅させて来客を告げる。



ボタン押して、メッセージを再生させる。




「フロントの水上【みかみ】です。

 先ほど氷室由貴さまがいらっしゃいました。


 ご不在を伝えましたら、紙袋を一つお預かりしています。

 お戻りなられましたら、フロントまでご連絡ください」




伝言を再生して、

そのまま部屋を出るとフロントまでエレベーターで降りた。



フロントに顔を出して荷物を受け取って、

乗り込んだエレベーターの先客は嵩継さんだった。




「よっ」


「お疲れ様です。オンコールですか?」


「まぁな。

 んで、お前さんは?」


「俺も今、一族の仕事から帰ってきたばかりです」


「神威君は?」


「今、疲れて眠ってますよ」


「氷室たちが心配してたぞ。

 お前さんが殆ど、眠ってないって。


 まっ、研修医なんざ、元から睡眠時間は短いだろう。

 けど……お前さんの場合は、ちと事情が違うからな。


 明日の日勤遅れるなよ。

 飯食って、スカっと寝ちまえ」



そう言うと、左記にエレベーターを降りていった。


そんな嵩継さんの背中に静かに一礼する。




寝ろ。



そう言われても、考える問題が沢山ある俺には

すぐに寝ることなど出来るはずもなく、

その後も、研修内容を復讐するために由貴の手土産を夜食に

一時間ほど時間を費やして二時間ほどベッドで眠った。




朝、連絡して駆けつけた華月に神威のことを頼むと同時に、

昨夜の一連の出来事を伝えて神威が気にしていた譲原咲の母親の新しい家族のこと、

そして依子と言う存在を調査するように頼むと愛車に乗り込んで、

鷹宮へと出勤した。




医局に顔に出した途端に同期が珍しく顔をそろえる。





「由貴、昨日は有難うな。

 夜食に貰った、うまかったよ」



「それは良かったです。


 飛翔、最近お疲れみたいですし、徳力の家のことで

 無茶ばかりしてますから」


「それで、今皆で話し合ってたんだ。

 飛翔は、当面は家のことと来れる範囲で鷹宮に来て出来ることをする。


 オンコールとかERの勤務の方は、僕たちが順番に都合をつけながら

 埋められないかなって。


 聖也さんや、嵩継さんも手伝ってくれるって言ってくれたから。

 

 研修に遅れてるって言う劣等感も、多分僕的には厳しいのわかるから

 その辺りは飛翔が開いてる時間に、嵩継さんに頑張って貰ってさ」



勇の提案が、嬉しい反面……

俺自身に複雑な心境をうませる。



「飛翔、今だけですよ。


 神威君の一件と、徳力の一件が落ち着きましたら

 馬車馬のように働いていただきますからね」



由貴は、すかさず言葉を続けて畳みかけるように

決定事項にしてしまう。




「ならすぐにシフトを決めてしまいましょう。

 まず早城のERが、明後日。その後はオンコールが……」



今度は千尋君が中心になって、

俺のシフトを修正していく。



「おぉ、やってるな。お前ら。

 オレのも適当に突っ込んどけよ。


 早城、お前は病棟回診行ってこいや。


 出勤出来てる貴重な時間だろ。

 一秒たりとも、無駄にするな。


 回診の後、オレのとこに顔出せよ」



そう言うと、ノーパソを俺に押し付けて

手をひらひらさせながら、嵩継さんは何処かに姿を消した。



ノーパソを開いて、カルテの内容を追いかけながら

順番に、一人一人の病室を訪ねる。




「えっと、立花さん。

 調子どうですか?」



カルテで名前を確認しながら声をかける。




「おやっ、今日は安田先生は一緒じゃないのかい」


「あっ、はいっ。

 嵩継さんは今、別の仕事をしてて」


「そうかいっ……。ならアンタが代わりに預かってくれ。

 そこに引き出しに、娘が土産に持って来てくれたクッキーがあるんだ。


 安田先生にも少し食わしてやりたいから、

 持っていってくれるか?


 ほれ、研修医の先生も一つどうだ?」




立花さんに言われるように引き出しを開けると、

手作りのクッキーだと思われる、ラッピングされた小袋が

幾つか出てくる。



一袋に入っているのは、小さなクッキーが5つくらいの少量だ。




「すいません。でも受け取れません。

 病院で禁止されていますから」



そう言って断ろうとした時に、後ろから姿を見せた嵩継さんが

そのクッキーの入った袋を受け取って、目の前でクッキーを一つ摘まんで口の中に放り込む。




「おっ、美味いねー。

 立花さんのお嬢さんっていったら、美湖【みこ】ちゃんだった?」


「あの美湖が、こうやってクッキーまで作れるようになったんだよ。

 俺がもっと元気だったら、全部食ってやれるんだけどな」


「いやいやっ、オレもこうやって美湖ちゃんのクッキーの相伴に預かれたしな。


 それに手術で胃は半分以上、とっちまったけど術後は良好。

 抗がん剤の成果も今は出てるだろ。


 大丈夫、美湖ちゃんの孫まで見れるよ」




嵩継さんはそんな根拠のない言葉をかけながら、

俺に診察を続けるように視線を送ってくる。



その後は、急きょ嵩継さんをムードメーカーに

それぞれの病棟回診は終わっていく。




「お前さぁー、カルテの何見てんだ?


 カルテの中には、看護師が皆が気が付いてくれた

 いろんな情報がこと細やかに書かれるだろう?


 患者の身体異常の情報だけを頭に入れたらいいってわけじゃない。


 立花さんのカルテもっとよく見ろ。

 情報の隅々までな。


 見ながら仮眠室か、裏の院長邸で眠って来い。


 さっきの回診中、患者の何人に心配された?

 医者が疲れた顔してたら、治るもんも治んねぇだろ。


 昨日、あの後も起きてたんだろ」




そう言うと嵩継さんは、朝の外来の準備に慌ただしく移動を始めた。




勇の暮らしていた院長邸に一人で顔を出す勇気はなく、

渋々、仮眠室へと移動した俺は、その中でベッド潜り込みながら

ノーパソを起動する。



ノーパソの中には、患者の身体異常の内容だけでなく

その患者さんの家族関係・お見舞いの人が来た時の状況・悩み事など

僅かな些細な内容も事細かに記載されていて、その隣には情報を知り得た

看護師の名前が記入されていた。


*


3.13

立花さんの娘、心臓移植を終えて美湖ちゃん退院。

【立花さん、手術の同意書にサイン】


7.14

立花さん外出したいと申出。

Dr安田と相談。



7.20

9時 外出・奥さんの墓参り。

14時 戻る。 


*





備考欄に、次から次へと

時折顔を出すだけでは、把握しきれない

患者さんの行動が綴られている。




あのクッキーは心臓移植をした美湖さんが、

焼き菓子まで作れるようになった証。



立花さんにとっては嬉しい出来事なのに、

胃癌の手術で、胃を半分以上切除した今、

食べたくても食べられない。

 


それ故に……嵩継さんや俺に手渡そうとした。



それを俺は義務的に拒絶し、

嵩継さんは、立花さんの糸を組んで受け取って目の前で食べた。



*


かなわないな……。


*



呟きながら、その美湖さんのクッキーを一口。


少し焦げめある苦みあるクッキー。

だけど何故か、優しい味がした。





1時間だけ仮眠した後、嵩継さんの午前の外来に合流して、

そのままラストまで働き終えると、お昼休みは久しぶりに由貴とランチタイム。




病院内の食堂で、昼食を終えた後

由貴と一緒に移動したのは、病院内の教会。




昔から時間があるたびに、由貴が入り浸っていたその場所に

俺も足を踏み入れる。




教会の中に響くのはパイプオルガンの音色と優しい歌声。





生歌ではないようだが、

静かに積み込む温かい空間。




「飛翔、何か私に話したいことはありませんか?」



ステンドグラスを眺めながら、

由貴はゆっくりと俺に話す機会を生み出す。



「なぁ、由貴。

 兄貴の忘れ形見、どうしたら俺が守ってやれるかな?


 徳力の御神体は雷龍と呼ばれる龍。

 兄貴は龍に認められて、龍の力を借りえる存在だった。


 兄貴なき今、その龍の力は神威に継承される。

 その神威に継承されるまでの僅かな期間、俺が兄貴から託されてる。


 御神体の力を継承するまでには、準備が必要で、その修行をアイツは今やってるんだが、

 修行がすすめば進むだけ、アイツの存在が遠くなっちまいそうでな」




吐き出すように呟く言葉。




「すっかり飛翔も保護者だねー。

 

 御神体とか、龍の継承とか私には、わからない世界のことだけど

 当事者に取っては、大変な出来事には違いないよね。


 けど……助けられる方法は、考え込むほど難しいものではないんじゃないかな。


 私はどんなことがあっても飛翔の傍で見守り続ける。

 飛翔のことも時雨のことも、私は一番近くで見守るって心に決めたから。


 すべては、その一歩から広がっていくんじゃないかな」





俺自身の不安に寄り添ってくるように染み入る、

親友の言葉。




考えても悩み続けても始まらない。




俺自身が出来ることはただ一つ。




神威があの鬼を助けたいと奔走するのならば、

その願いをかなえるために、アイツを支え続けること。



アイツの傍で、見守り続けること。





どれだけ考えても、それしかない。





だけどそれは……今の俺にでも出来る

大切な役目なのだと気付かされた。






今は、この親友と仲間たちの好意に甘えながら

いつかは……こいつら恩を返したい。






それが本当の意味での『仲間』って奴なのかもしれない。





由貴と過ごした時間は俺にとって、

見失いがちな大切な時間を取り戻させてくれた

そんな気がした。

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