2.新生活と龍の刻印 -飛翔-
GWの後、研修に復帰した俺。
神威は昂燿から海神校へと転校して、
週末は外泊届を出して、俺が迎えに行って共に過ごす。
そんな生活を過ごしていた。
今しばらく……まだ幼い神威が、
もう少し大人になるまでは、
俺の自己満足に過ぎないかもしれないが
傍に居てやりたい。
ガキの一番の理解者として。
その小さな身に、一族の当主と言う
大きな荷物を抱えたアイツの傍で。
一ヶ月遅れで本格的にスタートした研修。
遅れている上に、土日は神威との時間を優先にしたくて
休暇を申請した俺。
研修医の分際で……。
内心、そう思われるかも知れないと感じながら
伝えた想いは、俺自身の家の複雑な関係を多少把握した
病院スタッフによって許された。
平日は、家に帰る間を惜しんで
勉強に集中する。
白衣のポケットには、幾つもの参考書となる書籍。
ノートPCには、指導医と共についてのまわった
患者のカルテを俺なりに、コミュニケーションをとりやすいようにまとめて
脳内に叩き込む。
それを覚えながら並行して、その患者が予測できうる症状を書き出して
いざという時に慌てずに、冷静に対処できるように
分厚い参考書と睨みあいながら日々を過ごす。
コミュニケーション能力が人よりも乏しいと自覚する俺が、
もっとも時間を割くのは、仮想患者を仮定して、問診していくプロセス。
空いている時間、積極的に研修に力を貸してくれる
指導医の嵩継さんや城山さん。
俺が問診のやり取りの練習を始めると、
時に患者役、時に医師のポジションに入れ替わりながら、
訓練の仲間入りをしてくる、由貴・勇・千尋君に、若杉と蓮井。
共に研修をスタートさせた奴らは、
時間が出来る度に、集まっては勉強会を欠かさない。
今日は、患者を問診して診断を仮定した後の
上級医へのコンサルを仰ぐための練習を仲間たちと繰り返していた。
一人一人、症状の違う患者の仮想カルテを用意して
国家試験を終えたばかりの、膨大な記憶が残った脳内から
自分なりの診断を弾き出す。
研修医の身では、弾き出した診断が正しいものかどうか
判断能力にかける。
それ故に上級医師への相談が必要になる。
それぞれに上級医師にコンサルテーションをしているように
練習をしていると、その日は成元御大と嵩継さんが顔を見せる。
急きょ、実戦形式でコンサルスタート。
患者自身はそれぞれに仮想患者データー。
ここに居合わせた連中がそれぞれに、
成元御大と嵩継さんそれぞれのところにいってコンサル研修開始。
「由貴、お前さんは丁寧だけどいまいち観察力が甘い。
それに今の状況考えろ。
プレゼン聞いてんじゃねぇ。
弾き出した診断的には間違ってないが、
その病名を弾き出すための決定的なものが今一つ欠けてる。
ギャンブルしてんな。次はコンサルしやがれ。次、早城」
何時もは兄貴分的な雰囲気を醸し出す嵩継さんも、
この時ばかりは妥協しない。
えっと……確か、プレゼンとコンサルはわけるんだったよな。
由貴が怒鳴られてたのは、
アイツが混ぜてまとを得なかったからだろ。
まずは相談できる状況か、確認するんだったよな。
とりあえず深呼吸を一つして話かける。
「嵩継さん、一件相談にのっていただきたいのですが
お時間宜しいですか」
「あっ、あぁ……相談な相談」
突然、実戦モードに入った俺に嵩継さんは驚いたような表情を見せて
すぐに平静を装った。
「尿管結石の35歳の男性で特に既往歴はありません。
昨日発症の尿管結石がCT上7ミリの結石が動脈交差部付近に見えていて
水腎も確認できています。
特に発熱や無尿等なく、NSAIDs【エヌセイズ=解熱鎮痛薬】で
鎮痛も出来ていますが、5ミリ以上なので今後の方針を相談をさせて頂きたいのですが」
仮想カルテのデータをカンニングペーパーでもある
参考書の要点を重視させながら、状況を報告していく。
「おっし。
とりあえず、良く勉強したな。
その調子でこれからも頑張れよ。
んじゃ、オレもそろそろ時間だから今日は撤収。
早城、遅くなっちまったが神威に電話してやれよ」
そう言いながら、嵩継さんは練習に使っていたカンファ室を後にした。
慌てて俺も医局に戻って時計を見つめると、
時間が21時を回っていた。
ロッカーから携帯を取り出して、アイツの電話へと発信する。
21時まわっちまったし、
アイツ、寝ちまったかな……。
そんなことを考えながら、コールを鳴らし続けると
ようやく電話が繋がるのを感じた。
「あぁ、起きてたか」
「起きてる。
21時で消灯時間は過ぎてるけど、
早すぎるんだよ」
おいおいっ。
まだお前は小学生のガキだろ。
俺からしてみりゃ、20時でもいいくらいだ。
「まぁ、怒るなって」
「別に怒ってなんかない。
飛翔の電話が遅かっただけだ。
規則を破ったのは、お前の責任だ」
あぁ、今日も突っかかってきやがるな。
「そうかよ。
こっちの仕事があっからな。
明日、いつもの時間に海神まで迎えに行く」
「わかった。
遅れたら承知しないぞ」
「あぁ、気をつけるさ。
じゃあな、風邪ひかずに過ごせよ」
そう言った途端、ロッカールームに由貴が姿を見せて、
照れ隠しのようにそのまま、電話を切った。
「ふふっ、飛翔。
少しずつ神威君と仲良くなれてるみたいだね」
そう言いながら白衣をロッカールームに片付けて、
ジャケットを羽織ると、鞄を掴み取る。
何となく由貴が落ち込んでいる時のサイン。
「由貴、今日時雨はいるのか?」
「どうだろう。
時雨も最近は、帰ってこない日が多いから」
「なら、今日は俺んちに来るかっ。
礼をしたかったしな」
そう言ってアイツを自宅へと招く。
最上階ではなく、早城の家に連れ込んで
母さんの晩御飯を食べた後、もうひと勉強して眠りに入る。
次の朝、由貴を鷹宮の駐車場まで送り届けて
医局に顔だけ出すと、受持ち患者のデーターだけ確認して
自分のノートPCの資料を増やしておく。
そのまま擦れ違うスタッフたちに会釈をして、
海神へと車を走らせた。
13時半。
海神のセキュリティーシステムを突破して、
アイツが生活している、ポーン寮の前に車を駐車すると
寮の待合室へと姿を見せる。
アイツは手荷物の鞄を持って、
俺の方を真っ直ぐに見据えていた。
「神威、行くぞ」
一言声をかけて、アイツが引きずりそうにしてた
鞄を持つと、そのまま車へと向かった。
すでに何度かアイツを乗せて走らせている愛車の前まで来ると、
助手席のドアを開けて、アイツは車のナビシートに座って
シートベルトをつけた。
手荷物を車内に片付けて運転席に座り込んだ俺は、
エンジンを心地よく振動させて車を走らせた。
海神校独自の、ギリシャの街並みを再現した学園都市を
走り抜けて門を出ると、一気に空間は日本の田舎風景へと変わる。
「神威、徳力の当主宛に一通の手紙が届いた」
そこでジャケットの内ポケットから取り出した、
徳力の総本家へと届いていた手紙をアイツへと手渡した。
「飛翔、これは?」
「
「生駒?」
それだけ伝えながらも、
俺にはそれが意味するものが何なのか
全くわからなかった。
あの金色の雨が降った日、
突如、手の甲に刻まれた刻印。
だがその刻印は、見えたり消えたりを繰り返していて
何に反応して、そう言った現象が起きているのか知りうることが出来ない。
そして次に、この刻印がもたらす
肉体的な負担はあるのかないのか。
現時点では、俺自身の肉体を調べても
医学的な判断要素は一切なし。
この刻印の意味すらも、理解できないまま
自己主張のように、消えたり浮かび上がったりする刻印の存在に
振り回されていた。
「飛翔、19時に華月の病室で会いたいと記されている」
「そうか。
行きたいか?」
「当主として行く」
「なら俺は立ち会うだけだ」
車を走らせながら、
アイツ自身がやりたいことを聞き届けて、
その意を汲み取ってやる。
「怒らないのか?」
「神威が決めたのなら仕方ないだろう。
お前が大人しく甘んじるとは思えん。
なら許可をして見届ける方が得策だろう」
「なら一度マンションに戻って支度してから出掛ける。
各事業の報告を受けたい。
万葉を呼べ」
神威の言うとおりに、車の中から万葉へと連絡をして
マンションに顔を出すように伝える。
そのまま20分を沈黙の車内で過ごして、
マンションの最上階へと帰り着くと、
アイツは姿を見せた万葉と共に、自分の部屋へと引き籠った。
一族の当主として、
あの幼い身で徳力の事業報告を受ける。
あのガキ……下手したら、
俺よりも経営学、勉強してるかも知れないよな。
アイツが専攻してるのは、エグゼクティブだったからな。
書斎から経営学の本を手に取って、
ソファーに座りながら、ペラペラとめくっていく。
アイツの横に立つってことは、
こっち方面も必要不可欠ってことだよな。
そんなことを思いながら読みふける専門書。
そんな時間を過ごしていると、
俺の携帯電話が鳴り響く。
電話相手は入院しているはずの華月。
「どうかしたか?華月」
「ご当主はいらっしゃいますか?」
「万葉とミーティング中だな」
「まぁ、さようでございましたか。
先ほど、一族の者にご当主から正式に通知が参りましたよ。
飛翔、ご当主の補佐役に任じられたみたいですわね。
早城の家も末席から一気に、ナンバー2。
これでアナタに手を出すものが居なくなりますわね」
華月からの電話で、
俺の存在がアイツの中で認められたことを実感する。
華月からの電話を切ると、
親父が正装して姿を見せる。
そんな親父を強引に追い返して、
神威の部屋に訪れる。
「ガキが気を使ってんじゃねぇ。
まぁ、だが……神威の補佐役って言うのも悪かない。
これで正々堂々と、神威をしめることが出来るな」
18時を過ぎた頃、
再び神威の部屋を訪ねるとまだ勉強を続けていた。
「出掛けるぞ」
声だけかけて、俺自身の身支度を整えて
リビングで医学書を読みふけっていると、
神威は黒紋付に身を包んで姿を見せた。
「お前、その服装」
「当主としての正装だ。
当主として客に会うのだ。
当然だろう」
そんな神威を連れて地下駐車場に降りた後、
愛車に乗り込もうとした俺をアイツの手が掴み取る。
目の前に停車するのはリムジン。
マジかよ。
「ボクの当主としての移動手段だ。
ボクの補佐役なら、その時間はこの移動に慣れろ。
いいな」
「あぁ」
ガキの頃からリムジンとは……。
リムジンなんざ、初等部の昂燿の生徒会以来だな。
っと遠い昔を思い出しながら、
車内に乗り込んだ。
リムジンが神前のエントランスに滑り込むと、
そのまま華月の病室へと向かう。
「
病室の前、ノックをしてから入室を試みようと思う俺よりも先に
神威はドアを開けて、アイツに声をかける。
中には先客が居た。
「あなたが徳力のご当主」
神威に問いかけるその先客が、
総本家前で俺たちを助けて倒れた生駒の神子だとすぐにわかった。
「生駒の神子」
彼女を示す呼び名を紡いで、病室内へと入室する。
「華月、どういうことだ?」
「ご当主、彼女は生駒の隠し神子。
我が娘、
私の弟と寄り添った者にございます」
神威が問いただしたないように、
華月は自らの身の上を報告するように告げた。
華月の弟は
なら……あの人は、
「失礼します。
お手紙を頂戴いたしまして、
まかりこしました」
話の途中、ドアの外から
生意気な少女の声まで聞こえる。
「秋月さま、お入りください」
華月が声をかけた途端に、
静かに開かれたドアから、着物姿の生意気なガキで入ってくる。
「これはこれは、秋月の
「其方が手紙の主、柊ですか?」
初対面の挨拶の後、神威の方向に近づいた少女は
次の瞬間、「神威っ!!」と抱きついた後、
「神威のバカ」とアイツの頬をビンタした。
チラリと横に見たガキが、
あの桜瑛とか言う少女を見る症状が
何処か嬉しそうだった。
「さて、ご当主も火綾の君も揃われましたし
柊殿、本題を……」
ベッド上の華月が呟く。
すると生駒の神子はゆっくり周囲を見つめて、
あの時と同じように、指を使って何かを行う。
流れるような仕草で何かを成し得た神子は
ふぅと一息つくように肩の力を抜いた。
「生駒の神子、何をした?」
「徳力のご当主。
いえ、この時より古の呼び名で。
先ほどは、この病室の隅々にまで、蒼龍の加護による
結界を張り巡らせました。
不浄の者より、この
「言霊を守る?」
「さようでございます。
力ある者たちが紡ぐ言葉は、その言葉が魂を持つ言霊。
その力をカムナなどに狙われては行けません故。
私がこの場をおさめました」
カムナ?
生駒の神子が語りだす会話は、
不可思議すぎて、全く理解が出来ない。
結界?
不浄?
なんだよっ、一体。
コイツは、ガキを何に巻き込もうって言うんだ。
不安と焦りだけが包み込む。
「ご当主、柊殿は現在、唯一、龍神の加護を得られし方。
雷龍の神子であられるご当主・炎龍の神子であられる火綾の君。
お二人に、その龍のご加護の使い方を指南するべく、
今宵は出向かれたよし」
「柊、お前はボクが雷龍を使役せしものと言い切るのか。
ボクは今だ、その姿を認めたことがない」
「私の氷蓮【ひれん】が申しております。
ですから、貴方は紛れもなく、雷龍の玉を抱きしもの。
それは貴方の御手に刻まれし刻印が証。
宝さまと火綾の君には、これより時間が許す限り
私と行動を共にして頂きたく、お役目を伝えに参りました。
龍を抱きしものの務めは、 各地に渡る全ての結界をその身に移し、
弱りし土地に赴いて、その地の結界を強固にすること。
私はこれまで、娘を華月殿に託して
この地を守るために奔走してまいりました。
この後は、お二人の後継者にその役目をしかと伝承したく存じます」
生駒の神子が語るのは、
すぐに受け入れることも理解するのも難しいほどに
非現実的で、スケールがデカすぎて想像がつかない。
すると突然、神威の体が傾ぐのを感じて
慌てて背後からアイツを支えた。
「どうした?」
「何でもない。
不可思議なビジョンが映っただけだ。
それより柊、ボクたちは継承者として
何を学べばいい」
俺が訪ねた問いも『大丈夫』の一言に誤魔化されて、
そのままガキは当主として、継承者として生駒の神子と渡り合う。
雷龍翁瑛を使役していた兄貴。
兄貴は、翁瑛のことを宵玻と名付けていたのは
札を見て理解できた。
ならば……兄貴もまた、
生駒の神子のように、この常識外れの役割を
担っていたと言うのか……。
俺自身の常識が通じないその世界へ、
身を踏み入れようとしているアイツに、
俺は何をしてやれる?
チラリとガキの表情を盗み見るも、
ガキの覚悟はすでに定まっているように思えた。
「明日の明朝、お三方には私のお供を」
柊が意味深に告げて一礼すると、
華月の病室を後にした。
賽はふられたって奴か……。
何が出てくるかは想像も出来ないが、
兄貴がやってきたであろう現実なら、
俺もそれに身を寄り添わせるしかないだろう。
アイツを……一人にしないために。
そんなことを思いながら、手の甲に浮かび上がるはずの、
刻印が浮かぶその場所をじっと見つめる。
俺の感情が激しくなるにつれて、
その刻印が暴れ出すように浮かび上がってくるのを確認する。
まだまだ謎が多すぎるんだよ。
ポケットに片付けてある、
兄貴の札を取り出してじっと見つめながら
俺はその先の未来をじっと見つめ続けていた。
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