1.一通の手紙 -神威-





飛翔の提案とボクの利害が一致して

転校した海神校わたつみこう



昂燿こうよう時代のデューティーの心遣いもあって、

ボクは新しいその場所で、新学年を迎えることが出来た。



完全寮生活の男子校だった昂燿校とは違って、

転校した海神校の教室には、男女が同じ机を並べる。




それだけでボクには新鮮だった。





平日は寮で寝泊まりをしながら、

学校生活を満喫し、土日になると外泊届を出して

アイツと過ごすマンションへと戻る。




GWの後から、

ボクはそんな生活を繰り返していた。





飛翔によって手渡された携帯電話。




そんな携帯電話を握りしめながら、

ボクはもうすぐかかってくるであろう定期連絡を待ち続けていた。






「徳力君、僕たちはもう先に休むね。

 21時を過ぎて、消灯時間だから」



寮のルームメイトが声をかける。




「先に眠ってくれて構わない。

 ボクも家の者と電話したら休むから」


「そっかぁー。

 徳力君のお父さんもお母さんも忙しいんだね」




悪気のない言葉ながら、

チクリと心が痛むのを感じながら

心を殺して、なんでもないように切り返す。




「両親はもう居ないから。

 電話の相手は、家の者だよ」




家族と……アイツを呼ぶことも紹介することも

抵抗がある。



だけど……アイツを叔父さんと呼ぶことにも

抵抗がある。



アイツはアイツ。

ボクの中で、呼び捨てくらいがちょうどいいんだ。




アイツは嫌がるかもしれないけど。




「お休み。

 電気消すよ」


「うん。有難う。

 おやすみなさい」




ルームメイトはそう言うと布団の中に潜り込む。



ボクは携帯を握りしめながら、

そのまま電気を消してドアの外へと出かけた。



お手洗いに行くふりをしながら、

廊下の窓から、暗い外の景色を眺める。





ふいに振動する携帯電話。




待っていたと思われるのが嫌で、

何回か着信が鳴り続けるのを待って電話に出る。





「あぁ、起きてたか」


「起きてる。

 21時で消灯時間は過ぎてるけど、

 早すぎるんだよ」




何故かアイツと言葉を交わすときは、

喧嘩腰と言うか、ツンケンした言葉遣いになってしまう。




「まぁ、怒るなって」


「別に怒ってなんかない。

 飛翔の電話が遅かっただけだ。

 規則を破ったのは、お前の責任だ」




別にアイツの責任にするつもりなんかないのに、

そんな言葉がついて出る。



「そうかよ。

 こっちの仕事があっからな。


 明日、いつもの時間に海神まで迎えに行く」


「わかった。

 遅れたら承知しないぞ」


「あぁ、気をつけるさ。

 じゃあな、風邪ひかずに過ごせよ」




そう言ってアイツの声はプツリと途切れて切断される。





携帯電話を握りしめながら、

ボクはポツポツと歩いて自分の部屋へと戻って

ふて腐れるように布団の中に入った。





翌朝、いつものように午前中の授業を受けて

寮へと走って帰る。




外出届を出して、待合室でアイツが姿を見せるのを待つ。




13時半。


待合室の時計がちょうどを告げる頃、

アイツは姿を見せた。




「神威、行くぞ」



ボクに声をかけて手荷物を持つと、

そのまま車の方へと歩いていく。



何度目かのアイツの車の助手席。



アイツはボクがシートベルトを締めたのを

確認して、流れるように車を走らせた。




ギリシャの街並みを再現した学園都市。


海沿いの道を走って、海神校の門から外に出ると、

一気に街並みは日本らしい空間になる。






「神威、徳力の当主宛に一通の手紙が届いた」




飛翔によって手渡された手紙には、

何かの刻印が押されていた。




その刻印を見つめて、慌ててあの日

ボクの手に刻まれた龍の証と見比べる。





似ているけど違う。





「飛翔、これは?」


万葉かずは曰く、生駒の刻印と言うことだ」


「生駒?」




生駒・徳力・秋月。





徳力の家に伝わる本の中で、

この三つの一族の龍の物語が言い伝えられている。




ボクの一族にまつわるのは、雷龍翁瑛《らいりゅう おうえい》。


桜瑛が居る秋月にまつわるのは、炎龍えんりゅう

そして……この手紙を寄越した、生駒にまつわるのは、


蒼龍そうりゅう





だけど…今のボクには、

雷龍とコンタクトとる術なんて持ち合わせていない。




ボクが感じたのは、

あの日……優しく降り注いだ金色の雨。


雨の中、ぼやけるように浮かんでいた龍のシルエット。




だから……雷龍が助けてくれたのだと思えた。





だけど……あれが、

雷龍だって言う確信は何処にもなかったんだ。





*




徳力家ご当主、徳力神威殿。



雷龍の一族の長となられし貴公に、

申し伝えたいことがあります。



明日みょうにち、19時。

華月殿の病室でお待ち申し上げる。








*





「飛翔、19時に華月の病室で会いたいと記されている」


「そうか。

 行きたいか?」


「当主として行く」


「なら俺は立ち会うだけだ」






飛翔は車を走らせながら、ボクを見ることなく答えた。





「怒らないのか?」


「神威が決めたのなら仕方ないだろう。

 お前が大人しく甘んじるとは思えん。

 なら許可をして見届ける方が得策だろう」





その言い方はその言い方で癪に障る。




何時までもガキ扱いをして。




一族の中で、ボクに対して

ガキ扱いするものは今まで居なかったと言うのに。





「なら一度マンションに戻って支度してから出掛ける。


 各事業の報告を受けたい。

 万葉かずはを呼べ」




当主モードに切り替えた後も、

アイツは敬うでもなく、いつもの調子で

命じた用件だけは確実にこなしていく。




マンションに戻って、万葉の口から

寮に滞在していた、ここ1週間の徳力の事業報告を受ける。



その状態を把握してから、正式に当主として、

アイツを……お父さんが託した雷龍翁瑛の札を持つ飛翔を、

ボクと同格の地位になったものと一族に通達させる。




当主の後見役として華月は、そのまま据え置いて

飛翔をボクの補佐役へと正式に任命する。



それと同時に、分家末端の早城の地位を事実状のナンバー2へと

格上げさせる。






これで……アイツの存在は、

当主のボクが認めたことになる。





何事もボクの意志が優先させる

古からの柵も、こんな使い方ならいいかも知れない。





通達作業を終えた途端に、

最上階のベルを鳴らす訪問者。



それは早城の養父。




お礼を言いに来たらしい養父を

飛翔は追い返すように制して、

そのままボクの方へとやってくる。





「ガキが気を使ってんじゃねぇ。


 まぁ、だが……神威の補佐役って言うのも悪かない。

 これで正々堂々と、神威をしめることが出来るな」



そんな憎まれ口を叩きながら、

目の前のアイツは意味深に笑う。



18時を過ぎた頃、アイツがボクの部屋を訪ねる。




家庭教師に出された課題をこなしながら、

勉強をしていたボクに「出掛けるぞ」っと声をかけた。




分厚い本を閉じて、

アイツの待つリビングへと姿を見せる。




徳力の当主として相手に対面する場合、

ボクの正装は仕立てられた当主としての紋付き袴。 




黒の紋付を身にまとって、

アイツの元へと出ると驚いたような顔を見せた。




「お前、その服装」


「当主としての正装だ。

 当主として客に会うのだ。

 当然だろう」




そのまま地下の駐車場に向かったボクは、

飛翔が指さした愛車とは別に、

徳力の本社から呼び寄せたリムジンへと飛翔を呼びいれる。




「ボクの当主としての移動手段だ。

 ボクの補佐役なら、その時間はこの移動に慣れろ。

 いいな」


「あぁ」




飛翔は一言だけ頷いてまた黙り込む。



沈黙の車内のまま、神前までリムジンが走ると

ボクたちは、華月の入院している特別室を目指していく。




華月かげつ、見舞いに来た」




病室のドアを開けてボクが声をかけると、

そこには先客が居た。




「あなたが徳力のご当主」



先客が告げた途端、

ボクの後ろに居た、飛翔が「生駒の神子」と

言葉を紡いで病室へと入っていく。




「華月、どういうことだ?」



「ご当主、彼女は生駒の隠し神子。

 柊佳とうか殿。


 我が娘、夕妃ゆうひの実のお母上です。

 私の弟と寄り添った者にございます」





華月は静かに自らの関係を告げる。




華月の弟の名は……。




一族に伝わる家系図を脳裏に描いていく。





徳力櫻翼とくりき おうすけ

櫻翼の奥方が、あの生駒の神子。





「失礼します。


 お手紙を頂戴いたしまして、

 まかりこしました」




話の途中、ドアの外から桜瑛さえの声が聞こえる。






げっ、桜瑛。

なんでアイツまで、此処に居るんだよ。





「秋月さま、お入りください」




華月が声をかけると、

静かに扉が開かれて着物姿の桜瑛が

ゆっくりと病室の中に歩いてくる。





「これはこれは、秋月の火綾かりょうの君」


「其方が手紙の主、柊ですか?」




桜瑛は手紙を握りしめながら、問いかけると

生駒の神子はゆっくりと頷いた。





その後、ようやく気が付いたようにボクの視線を捕えると


「神威っ!!」っといきなり抱きついてきて、

次の瞬間「神威のバカ」っと頬を平手打ちしてきた。



頬を手で摩りながら桜瑛と向き直ると、

次の瞬間には目に涙をいっぱい溢れさせながら泣き始めてる。





*


どれだけ忙しいんだよお前は。


*






呆れながら心の中で呟く。





「さて、ご当主も火綾の君も揃われましたし

 柊殿、本題を……」




終息した頃に、ベッド上の華月が呟く。



すると生駒の神子は、

ゆっくりとボクと桜瑛、飛翔を見つめながら

両の指で、何かを描くように動かして

口元で小さく呟く。



次の瞬間、両手で柏手を叩くようにパンっと一つ

音を鳴り響かせると、次は深い息を吐き出していく。


全ての息を吐き出した後、

おもむろに一息ついて、再びボクたちの方を見た。





「生駒の神子、何をした?」


「徳力のご当主。

 いえ、この時より古の呼び名で。


 ほうさま、私の呼び名はひいらぎで結構です。


 先ほどは、この病室の隅々にまで、蒼龍の加護による

 結界を張り巡らせました。


 不浄の者より、この言霊ことだまを守るため」


「言霊を守る?」


「さようでございます。

 力ある者たちが紡ぐ言葉は、その言葉が魂を持つ言霊。


 その力をカムナなどに狙われては行けません故。


 私がこの場をおさめました」




柊が告げる言葉は少し難しい。




「ご当主、柊殿ひいらぎどのは現在、唯一、龍神の加護を得られし方。


 雷龍の神子であられるご当主・炎龍の神子であられる火綾の君。

 お二人に、その龍のご加護の使い方を指南するべく、

 今宵は出向かれたよし」



「柊、お前はボクが雷龍を使役せしものと言い切るのか。

 ボクは今だ、その姿を認めたことがない」



「私の氷蓮【ひれん】が申しております。

 ですから、貴方は紛れもなく、雷龍の玉を抱きしもの。


 それは貴方の御手に刻まれし刻印が証。


 宝さまと火綾の君には、これより時間が許す限り

 私と行動を共にして頂きたく、お役目を伝えに参りました。



 龍を抱きしものの務めは、 各地に渡る全ての結界をその身に移し、

 弱りし土地に赴いて、その地の結界を強固にすること。


 私はこれまで、娘を華月殿に託して

 この地を守るために奔走してまいりました。


 この後は、お二人の後継者にその役目をしかと伝承したく存じます」



柊はそう言うと、静かにお辞儀をした。






ふいに脳裏に浮かぶのは、

見知らぬ土地で、真っ白な衣を身につけた青年。




その青年は、鞘から剣を解き放って

何かを流れるように切りつける。





斬りつけた傍から、バブルがはじけるように

連なって金色の雨が降り注いだ。






突然傾いだ体を支えるのは飛翔。





「どうした?」


「何でもない。

 不可思議なビジョンが映っただけだ。


 それより柊、ボクたちは継承者として

 何を学べばいい」






雷龍を使役するのが当主の証。



そして雷龍の神子に成すべきことがあるのなら、

ボクはそれに全身で向き合うだけ。




それがボクに与えられた宿命ならば……。







「明日の明朝、お三方には私のお供を」






柊は意味深に告げて、

一礼すると、華月の病室を後にした。






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