10.暴風雨 -飛翔-
三月下旬。
終業式前日。
相変わらず、徳力の今後の復興計画に
慌ただしく動き続けながら、
前夜、一本の電話を入れる。
明日は、
俺自身がアイツを迎えに行ってやりたい。
遠い昔、まだ早城に預けられる前には、
兄貴が俺にそうしてくれたことがあったように。
少しでもいい。
俺が兄貴から与えられたものを、
何らかの形で、アイツに返してやりたい。
それがただの俺の自己満足だと知りながらも、
何かのきっかけを作ることでしか、
アイツとコミュニケーションを取るきっかけは存在しない。
翌朝、早朝から昂燿校に向けて車を走らせる。
途中のサービスエリアで、アイツが食べるかもしれないと
パンや飲み物を買い込んで、再び車を走らせる。
アイツを助手席に乗せて、
車を走らせるのが当たり前の日々になれば、
その時は今よりも、お互いの距離が縮まっているんだろうと思い馳せながら。
だけどその思惑は、全て崩れ落ちる。
俺が昂燿校に着いた頃には、すでに神威の姿はなかった。
車を降りて、学院の寮の方へと歩いていく。
「メイトロン」
寮の扉を開けて、中に向かって声をかける。
「はい。ただいま」
寮の掃除に大忙しのメイトロンが作業を中断して
姿を見せる。
「徳力神威の身内のもの。
神威の父親の弟にあたる、早城と申します」
そう言って自身の身の上を告げると、
奥から老婦が姿を見せる。
「徳力飛翔……懐かしい名前じゃな」
徳力姓の俺の名を呼びながら、姿を見せたのは
俺が初等部の時代の、メイトロン・中崎さん。
「メイトロン中崎、ご無沙汰しています」
「大きくなりましたな。
大学は医学部に通っていたはずですね。
国家試験はどうでしたか?」
「気にかけて頂いて有難うございます。
無事に合格し、4月から鷹宮総合病院で研修が始まります」
中崎さんと話している間に、最初に対応した若いメイトロンは仕事へと戻って行く。
「そうでしたか……。
それは良かったですね。
それより、用件は徳力神威君のことでしたね。
徳力姓でしたから、もしやと思っていましたが、
飛翔君の甥っ子にあたるのですね。
神威君を迎えに来たけれど、もうここに神威君は存在しない。
一族のどなたが迎えに来たかを知りたいと言うことでしょうか?」
中崎さんが俺がお願いしたかったことを先に言葉にする。
「その通りです」
「それでは、どうぞ奥へ」
中崎さんの承諾を得て、寮の奥のメイトロンの控室へと案内される。
その場所で、学院のセキュリティーに連絡を告げると
目の前のPCに、寮の前での防犯カメラの映像が映し出される。
寮の前、俺の車を探しているらしい素振りの神威。
その神威に近づく、後ろ姿しか見えない三人組。
神威にとっても見知った顔なのか、
アイツは
「メイトロン中崎、貴重な映像を有難うございます」
「飛翔君、どうぞ神威君と無事に逢えますように」
中崎さんはそう言って、俺を寮から送りだすと
愛車に乗り込んで、車を走らせる。
車内から華月に連絡する一本は「神威・行方不明」と一報。
それと同時に、親友の時雨の携帯にを呼び出す。
「飛翔、どうかした?」
「時雨、忙しいところにすまない。
昂燿校の寮から、神威が姿を消した。
一族のことだから、捜索願も出すことが出来ない。
だから警察の裏情報で、何かあれば教えて欲しい。
俺は引き続き、アイツを探す」
「わかったよ。
お前も無理すんなよ。
飛翔が無理をしたら、由貴が不安定になる」
「俺がじゃねぇだろ。
お前が無理する方が、アイツは不安定になんだよ。
じゃあな」
そんな他愛のない、言いあいをして
少し肩の力が抜けたのを感じて、電話を切った。
四月一日の研修初日当日まで、
俺は思いつく限りで、神威を探し続けるも
アイツの姿は見つけられないでいた。
ったく何処にいんだよ。
あのバカはっ。
自宅マンションにも殆ど帰れないまま
実家を気にかけることすら出来ないほど、
いっぱいいっぱいだった俺自身。
探し疲れて、マンションの帰宅した時は
母さんが、疲労困憊の状態でリビングのソファーに座っていた。
「ただいま。
母さん、父さんは?」
「お父さんは、今日も徳力絡みの会合に」
「そっか。
父さんに俺が無理頼んだからかな。
母さんは、少し疲れてる?
顔色、悪いみたいだけど」
母さんの傍に近づいて、ソファーに座る。
「飛翔、貴方の方が大変でしょ。
お父さんに聞いたわ、ご当主が行方不明だって。
「母さん、神威は神威でいんだよ。
俺は父さんとも母さんとも、血は繋がってなくても大切な家族だと思ってる。
なかなか素直になれないけどな。
ここで過ごした時間は、俺にとって大切なんだ。
アイツにも、この体験をさせてやりたい。
だから……当主なんて呼んで、壁を作らないでやってくれよ。
アイツを呼び捨て出来る人間なんて、徳力にはもう殆ど居ないんだ。
神威は当主なんて名前じゃないだろ」
そう言いながら想いを吐き出すように伝える言葉。
母さんは、ハッとしたような表情を見せながら
時折、顔をしかめながら鳩尾の辺りを手で押さえた。
「母さん……
「大丈夫よ。
すぐにおさまるわ。
ここ数日、時折痛むのよ。
ほら、このマンションに安倍村の山辺地区だったかしら、
被災された方をお迎えしたでしょ。
本来は飛翔がやるはずよねって思って、
貴方の代わりに、一件一件、部屋を訪ねてご挨拶して
お手伝い出来ることを聞いてまわったの。
だから疲れたのかもしれないわね」
そう言いながら、母さんは何かを隠すように言葉を噤む。
もしかしたら……訪問した先々で、
何かを言われていたのかもしれない。
俺が徳力を捨てた人間のように、
安倍村では伝わっているから。
徳力において、分家の末端である早城姓を名乗る俺が
今や雷龍の札によって、当主と同等の権力を持つナンバー2と言う現実。
それらの事情を知る一部の者たちは、
面白いはずもないわけで。
もしかしたら、母さんはそう言った奴らのターゲットにされてしまっていたのではないかと
感じられた。
「あぁ、母さん遅くなったけど報告。
俺、国家試験通ったから、明日から鷹宮で研修が始まる。
だから一度、鷹宮に顔出せよ。
疲労にしても、体調悪い時くらい、病院頼ってもいいだろう」
「まぁ、帰って来てそうそう、飛翔に怒られてしまったわね。
でも大丈夫よ。
さっ、晩御飯作らないと。
飛翔こそ、疲れているでしょう。
先にお風呂に入ってらっしゃい」
何時もと同じように俺を迎え入れて、
お風呂へと誘導する。
風呂からあがった時、母さんはキッチンで血を吐いて倒れてた。
髪を乾かすのを中断して、慌てて母さんの方に駆け寄る。
そのまま明日からお世話になる、鷹宮へと電話を一本入れる。
「はい、鷹宮総合病院」
「すいません、明日から研修でお世話になる早城です」
「おぉ、勇人の友達だったか。
どうした、今、安田だ」
安田……そう名乗ったその人は、
勇が嵩継さんと呼んでいる兄貴分。
「嵩継さんですよね。
勇から話を伺ってます。
今、キッチンで母が吐血して倒れました。
鳩尾を何度も抑えてたので、ストレスが原因だと思うんですが
救急、受け入れお願いできますか?」
「あぁ、すぐに連れてこい。
スタッフ集めて待機してやる」
了承を得た後、俺はすぐに救急車を呼び寄せて
母さんを鷹宮へと搬送する。
処置室で待つ間に、鷹宮邸から姿を見せた勇人が
俺の隣のソファーに座る。
「飛翔……」
ただ俺の名を小さく呼ぶ勇。
すると処置室のドアが開いて、
嵩継さんが姿を見せる。
「おぉ、勇人来てたのか……。
早城、状態を説明する。
中入って来い。
勇人も早城の承諾があれば、入っていいぞ」
嵩継さんの言葉に、勇は俺に視線を向ける。
一緒に入れと告げるように、視線をうつすと
勇も慌てて処置室の中に入った。
モニターに映し出される映像。
「胃潰瘍だな。
明日、腹腔鏡を使って孔を塞ぐ。
おふくろさん、入院でいいよな」
くっきりと出血が続いている様子が映し出されたモニター。
胃の中もストレスによって荒れている様子が映し出される。
「すいません。
母を宜しくお願いします。
俺、入院手続きしてきます」
そのまま処置室を後にして、入院手続き。
その後、父さんと華月に連絡を入れて
母の病室へと付き添う。
そんな俺の傍で、勇も同じように行動していた。
「勇、少しだけ母を頼めるか?
明日の準備だけしてくる。
母の入院の必需品もあるだろうしな」
そのまま病室を後にして、マンションへと戻ると
明日の準備と、母の入院用のアイテムを一式鞄に詰め込む。
キッチンでは、作りかけの夕食の食材がまな板の上で放置されている。
それらを袋に入れて、冷蔵庫に片付けると
流しを軽くだけ洗って、再び鷹宮へと愛車を走らせた。
翌日、寝不足のまま迎えた鷹宮の初日は、
母の手術の日。
研修の合間に、承諾を得て何度か母の様子を確認しに行く。
新しく始まった一年は、
穏やかとは言えない、暴風雨のような時間。
俺が徳力と関わることを、拒むように
次から次へと、起こって行く出来事に、内心苛立ちながら
やりきれない時間を過ごし続ける。
俺が今まで生き続けていた時間が、
徳力と関わることで、何もかもが崩れ去ってしまうような不安にすらかられていた。
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