9.雨の記憶~ 前編 ~ -神威-

三月上旬、ボクは鷹宮総合病院を退院して

そのまま連れられた場所は、飛翔が父さんによって渡されたと言う

マンション。




山辺に住む被災者の村人たちが、一斉に住むそのマンションへと

ボクは連れられた。




無言でボクにお辞儀をする村人たち。





だけどそんな無言のお辞儀が、今のボクにはストレスを与えていく。







当主としての役割すら果たせない未熟者。







そんな風に責められているようにすら感じられて。





逃げるようにエレベーターに乗り込むと、

ボクは飛翔と共に最上階へと上がった。




最上階でゆっくりとエレベーターが止まり、ドアが開くと、

エレベーターの前で見知らぬ二人が深々とお辞儀をして膝を折っていた。





「父さん、母さん。

 膝を折るなんて止めてくれ。


 神威は当主じゃない。


 ただの神威だ」




飛翔が告げるその言葉が、

ボクのプライドを深く傷つけていく。




「飛翔、控えろ。

 ボクが当主だ。


 お前が徳力に戻ってきたのであれば、

 僕に従うのが筋であろう。


 そこに控えているお前たちは、何者だ?


 なぜ、ここに出入りすることを許可されている」




エレベーターから一歩出て、言い放つボクに

飛翔は無言で視線を飛ばしてくる。



いつもの仕返しのつもりか?




「ご挨拶が送れました。


 先代当主の命により、

 今日まで、飛翔さまを養子として迎え育てて参りました。


 一族末端の早城と申します」


「早城。


 先代当主とは、父のことだと思うが

 ボクはそのようなこと、一切知らぬ。


 このものが父の札を持ち、ボクと同格の地位を得ているらしいが

 当主としてボクは認めぬ。


 それだけは覚えておくと良い。


 出迎え御苦労、下がれ」




それだけ告げて、ボクはマンションの最上階の扉を開けて中に入ると

アイツを拒絶するように、内側からドアの鍵をかけてチェーンで侵入を拒む。




暫く飛翔は、俺の名を叫んでいたが

それもすぐに消えた。




用意された部屋は、彫刻が施された家具が備え付けられていた。




キッチンにある冷蔵庫を開けると、

綺麗に整頓されて、飲み物と、サンドイッチがラップに包まれて置かれてあった。




カップボードからガラスコップを取り出して、

ペットボトルを開けてお茶を注ぐと、そのままカウンターテーブルで

お皿に並べられてあるサンドウィッチを頬張って、ベットに転がった。




すでに運びこまれた僕の身の回りの荷物。




その中のポーチに収められている、学院の生徒手帳を取り出す。



手帳の中に納まっているのは、幼い日のボクの家族写真。





生まれたばかりのボクを抱きしめて微笑んでいる母さん。



父さんも母さんも、着物に袖を通して

きっちりと写真の中に僕を抱いておさまっていた。





そんな唯一の家族写真を指先で辿りながら、

広いベッドで、眠りについた。






翌朝、電話の音で目が覚める。




「誰、こんなに早く」


「おはようございます。

 準備が出来次第、階下に降りてこい。


 昂燿校こうようこうまで送る」



アイツが用件だけ告げると、電話はプツリと切れた。




同時に、ドアをノックする音が聞こえて

華月の声が響く。




「ご当主、制服をお持ちしました」



声のままに、ドアに向かってチェーンを外し、内側から鍵を開けると

ボクはドアノブをゆっくりと下に下げて、ドアを開けた。




丁寧にお辞儀をして、ボクに制服を手渡す。




「華月、出掛ける準備をする」


「はいっ。

 かしこまりました」




そのまま神威を部屋の中に招き入れると、

ボクは制服に袖を通す。



その間に、寮に戻るための荷物をまとめてくれた華月と共に

最上階の部屋を後にして、階下へとエレベーターで向かう。




「飛翔……」



華月は、アイツの名を呼ぶ。



「神威、行くぞ」



アイツの愛車らしいスポーツカーの助手席のドアを開けて、

飛翔が声をかける。




無言で華月に助けを求めるものの、

アイツはそれを阻止するように「一人じゃ乗れないか?手をかしてやろうか?」っと

挑戦的に告げてくる。



売り言葉に買い言葉のように反射したボクは、

勢いでアイツのスポーツカーの助手席に乗り込んでいた。



手荷物を華月がアイツに預けると、アイツはすぐに荷物を片付けると

運転席に座り込んでエンジンをかける。




「行ってくる」



アイツの運転で走りだした車は、

昼頃には、昂燿校の学院入口へと辿り着いていた。




そのままアイツは、警備員に何かを見せると

閉ざされていた門は開いていく。




此処に来るまで、やはり会話すらなかったのだが

ここで思い切って問いかける。




昂燿の門が開くはすはないと思っていたから。




「お前、どうして学院の開けられた?

 ここは生徒と卒業生以外、入れないはずだろ」


「そうだな。

 でも俺も神前悧羅の卒業生だ。

 入れて当然だろ」




神前悧羅の卒業生……。



そう返答されてしまえばそれまでなのだが、

それでも、心は面白くない。





雷龍の札・神前の卒業生。



それだけのステータスがあり、

父さんの血の繋がった弟であるなら、

ボクの地位は簡単に脅かされてしまう。





「ガキ、ほらよっ。

 昂燿校についたぞ。


 お出迎えだろ」



そう言ってアイツが視線を向けた方向には、

ボクのデューティーが、メイトロンと一緒に姿を見せる。




そしてその隣に居るのは、昂燿校の生徒やら誰でも知ってる

伝説の最高総と言われる、伊舎堂裕さん。





「お帰りなさい。神威、大変な出来事でしたね」




そう言ってボクを温かく迎えてくれるデューティー。





「飛翔、見送りお疲れ様。

 帰り道も安全運転で」



伝説の最高総に声をかけられたアイツは、

ゆっくりと会釈して、ボクの荷物をメイトロンに手渡すと

運転席に戻って、車を走らせていく。





その日から二週間。



ボクはただ小学生としての時間を楽しんだ。

終業式が行われる日まで。





だけどその夜から、ボクは何度も何度も夢に魘されて

眠ることが出来なくなってしまう。




雨が沢山降りだした日、

誰かが母さんを迎えに来る。




真っ白な装束に身を包んだ母さんが、

ボクをギュッと抱きしめた後、ボクを父さん預けて真っ暗な外へと出かけていく。




母さんが外に出た途端、

ソーリャーっと声が聞こえて、何かの音色と共に遠ざかっていく。




その声を聞きながら、

父さんは声を震わせて泣きながらボクを抱きしめた。





母さんが荒波の中に助けを求めながら沈んでいく。





そんな夢を見ては、ボクは叫ぶように声を出して覚醒し続ける。

その度に、ポーン寮で一緒に眠るルームメイトを巻き込んでしまう。




こんな夢なんて、見た事なかったのに……。



どうして? 






夢見が悪くて迷惑をかけてしまうから。



メイトロンにそれだけ告げて、

ボクは一人別室で眠らせて貰うように頼み込む。




最初は渋っていたメイトロンも、デューティーかグランデューティーが一緒ならと

了承してくれた。





あの日から、何度も夢に魘され眠れないままに

終業式、当日を迎えた。






「神威、今日で終業式だね。


 三学期、大変なことがあったけれど、

 四月から、また一緒に過ごせるのを楽しみにしているよ」





そう言ってデューティーに見送られたボク。

前日、アイツから寮に「明日、迎えに行く」っと連絡があった。





ほんの少し、アイツに逢いたいと感じたボク自身。



あんな夢を見続ける今だから?





どれだけ心が否定しても、

アイツの中に、懐かしい父さんの面影が残っているのは確かだから……。




「ご当主、遅くなり申し訳ありません。

 お迎えに参りました」



「八重村、元井、日暮。

 今日は、飛翔が迎えに来ると聞いていた」



「飛翔様は手が離せなくなり、

 私共がかわりにお迎えにあがりました。


 どうぞ、ご当主。お車へ」




アイツが迎えに来るのを期待したボクがバカだった……。







八重村たちの車に乗り込んだボクは動き出した車内で、

何かを押し付けられて、意識を失った。








今も……雨の音が、やけに耳に響いていた。

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