11.静かな雨 -由貴-
四月一日。
鷹宮総合病院で始まる研修医としての初日の朝、
勇からの電話で知らされた、昨夜の、飛翔のお母さんのは救急搬送。
それを知った途端、心の中に広がったのは、
残酷なまでに飛翔を追い落とす神様への怒り。
*
どうして……神様は、
そんな残酷な試練を簡単に与えてしまうのでしょうか……。
*
時雨の身に今も降りかかっている運命を感じながら、
新たな運命に翻弄されていく、飛翔を思う。
飛翔の母校でもある、
神威君が行方不明になっているのを、
私は時雨から聞かされた。
そんな神威君の行方を、時雨は仕事の合間に捜索している。
今回の一件にしても、神威君の一件にしても
私は直接、飛翔から知らされていない。
そんな寂しさが、心の黒い影を生み出す。
今はまだ……私自身が頼りないから……。
そう納得させるように自分に言い聞かせて、
朝食を済ませると、鷹宮へと愛車で向かう。
何時も通いなれた病院なのに、いつもと違う朝。
医局に集められた私たちは、
その日から、研修医としての生活が始まる。
勇・千尋君・知成君・史也君、そして……飛翔と私。
顔の知った存在が、一同に医局に集まると
ちょっとした和んだ空気が広がっていく。
「よしっ、お前ら無事に今日を迎えたな」
嵩継さんが、勇と千尋君を弄るように言葉を掛けていく。
和やかな雰囲気が、ドアが開いた途端に一転して張りつめる空気。
姿を見せたのは、鷹宮院長と、水谷総師長。
そして……もう一人。
「今日から君たち研修医は、この病院で医者としての第一歩を踏み出すことになる。
此処に居る私をはじめ、
当院に居るスタッフが君たち研修医の指導者となる。
今日から二年間、しっかりと研修を行って、
叶うならば研修後も当院で働いてくれることを強く望んでいる。
知っていると思うが、昨日、胃潰瘍で早城君のお母さんが入院された。
今日、嵩継と城山先生とのオペが予定されている。
早城、気になる時は声をかけて様子を見にいっていいぞ」
そう言って、勇の養父は言葉を続けた。
そんな院長の言葉に、飛翔は無言で丁寧にお辞儀をした。
そうやって始まった研修医としてのスタート。
毎日が勉強の日々が再び続く中、
飛翔は今も研修の合間に、神威君を探しに出掛けている。
昼間の研修、夜には神威君の捜索に出掛けて、明け方、病室に帰宅して
簡易ベッドで仮眠をとる生活を続ける飛翔。
少しずつ私や時雨を頼ってくれていた、
刺々しさが薄らいだ、最近の飛翔とは違って
この頃の飛翔は、出逢ったばかりの頃を匂わせた。
飛翔……今も貴方は、
あの頃と何も変わっていない……。
独りで大きな何かを全部抱え込んで、
飲み込まれないように必死にもがき続けている。
そんな風に映る、親友の姿を見届けながら
私は、自分の中で静かに誓う。
時雨にしても、飛翔にしても……
今の私出来ることは、ただ運命を必死に対峙し続ける彼らの傍に
居続けることだけ。
だからこそ……そんな二人が、手を差し伸べた時、
私がそのサインを絶対に逃すことのないようにしたい。
そう……その為に、
私は『心』の道を歩いて寄り添いたいと思った。
研修開始から二週間。
四月の半ばに差し掛かった頃、勇が鷹宮院長からの伝言を持って
私の方へとかけてくる。
「由貴、
僕と由貴は、此処での研修をしながら、神前にも出向して精神科の研修もさせて貰えるみたい」
その勇の声に、
私はほんの少し、自分の夢が動き出したことを感じた。
静かな雨は今も降り続ける。
その雨が……何時か、嵐を引き寄せそうで
そんな不安を感じながら、私は今ある時間と必死に向き合っていた。
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