8.突き刺さる雨 -由貴-

三月。


安倍村あべむらのボランティアを終えて帰ってきた私たちは、

翌日、合格発表の日を迎えた。



その日、神威君を転院させてきた飛翔と久しぶりに

会話を楽しむことが出来たものの、

その後は、まだ電話以外繋がらない生活へと逆戻り。



飛翔が体を壊さなければいいと祈りながら、

入社式のあるその日まで、私たち研修が決まった同期メンバーは

時間が揺する限りの、鷹宮でのボランティアを手伝い続けていた。




そしてボランティアの合間に、特別室に入院している

神威かむい君の元を訪ねる。



神威君の部屋を出て来た後の飛翔は、

何時もイライラしているように感じられた。




会話らしい会話もないように雰囲気で、

部屋を出てきた飛翔に、今日は思い切って声をかける。




転院から六日がすぎ明日には、

退院が決まったのだと勇から情報を貰ったから。



飛翔が願うように、私たちが介入する必要があるなら今が

その時だと思えたから。




「由貴、僕がノックして声をかけるから」



そう言うと、勇はすぐに行動に移す。

ドアをノックすると、内側から華月かげつさんがドアを開ける。



「こんにちは。


 少し時間が出来たので、神威君とお話しできればと思って

 お邪魔させて頂きました」



そう言って勇がお辞儀をするのにならって、

私もお辞儀を続ける。



「まぁ、わざわざ有難う存じます。

 どうぞ、お入りになってくださいませ」



促されるままに中に入室すると、

ベッドサイドのソファーに、無言のまま座り続ける飛翔の姿を確認する。



「……飛翔……」



名を呼ぶと、疲労の色が濃い飛翔が

私の方に顔を向ける。



「由貴……、それに勇……」


「飛翔、どうしたの?

 由貴が心配しすぎる、顔色だけど」



私よりも先に、勇が言葉をかける。



「あぁ、気にするな。

 ガキに手を焼いてるだけだ。


 神威紹介する。

 

 安倍村の救援活動手伝ってくれた二人だ。

 氷室由貴と緒宮勇人」



飛翔がベッドに眠る少年に紹介するものの、

ベッドの上の少年は、ただ無言のまま飛翔を睨んでいるように見えた。




「あぁあ、わかった。


 ご当主様、この者たちは安倍村の救援活動を手伝ってくれた

 氷室由貴と緒宮勇人の二人です。


 ご当主を心配して、見舞いに立ち寄ってくださいました」




半ば棒読みというか、焼けをおこしたような口調で飛翔が神威君に伝える。




そんな時も、飛翔を睨み続ける神威君の視線は変わらない。



飛翔もまた困惑したように無言で黙り込む。




病室内に重たい沈黙が広がった後、

ベッドの上の少年が小さく告げた。





『阿部の者がお世話になりました』っと、

ただそれだけ。





それ以上は会話を続けられる雰囲気でもなくて、

私も勇もただお辞儀をして、病室を後にした。




私たちの後を飛翔もまた追いかけてくる。






「何となくわかったかも。

 飛翔がそんなに疲れ果ててるの」


「飛翔、神威君っていつもあんな感じなのですか?」


「村を離れてこちらに連れて来てからはずっとあのままだな。


 意識が戻ってからは、

 何度も病室を抜け出して安倍村に無意識に帰ろうとする」




ナースステーションに寄って勇が見知ったか人を見つけたのか、

少し喫茶店まで行くことを告げて、神威君の監視をお願いすると、

私たちは二階の喫茶室へと移動した。



喫茶室は、見舞客と入院客・見舞客同士がお茶をしてたり、

休憩中の病院スタッフが関係者専用スペースでそれぞれの時間を過ごしていた。




テーブルにつくと、それぞれ想い想いのものを注文して

私たちは溜息を吐き出した。





「悪かったな。


 せっかく来てくれたのに、あのガキあんな調子で」




そう言って切り出した飛翔は、

私と勇に、私たちが帰ってくるまでの飛翔の時間の使い道を説明してくれた。




基本、殆どは神威君の病室に居ながら、

神威君が眠っている間に、徳力絡みの準備に奔走していたらしい。



安倍村で被災した人たちを、自分のマンションに住まわせるために

それぞれの部屋に備え付けの家具や、必需品を備品として手配して

被災者たちが、その日から少しでも快適に生活できるようにと

準備に追われていたみたいだった。





そんな生活を送り続けた飛翔。



だったら疲れも出るはずだと、

自分に言い聞かせながら、



「勇の部屋でも借りて、少し集中的に休んできたら。

 私なら、昨日こっちに戻ってから勇のソファーベットでぐっすりと眠りましたから。


 私が見ていることも出来ますよ。

 それに私も少し、神威君に興味があります」




そう告げると、注文した飲み物がテーブルへと運び込まれて

私は紅茶を口元に運んだ。




飛翔はブラックコーヒーを飲み、勇はカフェオレを飲み始める。





「勇、飛翔が少し疲れているみたいなので

 勇のゲストルームをお借りできませんか?」


「そうだね。

 僕も考えてた」



勇と二人アイコンタクトの後、

飛翔に決定事項を告げるように伝える。




私と勇の企みごとに、観念したように

休息を了承した飛翔は、喫茶店を後にすると

勇と二人で、戻っていく。




二人を見送った後、私は再び特別室へと戻って行く。






さて……神威君の本質を知らないと、

あのままじゃ飛翔が参ってしまうよ。




一人、エレベーターの中で呟いて

私は、再び彼の病室へと向かった。






あの日から二人の心の交流は始まっているはずなのに、

ただ……静かな沈黙だけがそこに流れ続ける。




何時の間にか、彼らの間に降り続ける雨は

今も止むことを知らない。




出逢った頃から、

感情を表に強く出すことはなかった飛翔。


いつも何を考えているのかわからない。




そう思われることが多いほど、見た目が無表情だった飛翔が最近、

ようやく……時折、笑顔を見せてくれるようになったのにそれも束の間。



再び表情を殺してる、そんな気がして。



初めて出会ったころのように。




私は病室のドアを軽くノックすると、

声をかけて、ドアを開く。



ベッドの上にはただ静かに体を起こして座り続ける

幼い少年が一人。


その視界に世界が映っているのか

映っていないのかすらわからないほどの

虚ろな視線で窓の外を見つめ続けていた。




窓の外からは、

柔らかな太陽の光が降り注ぐ。




その光を受けながら言葉を発することなく

ただその場に体一つ動かすことなく座り続けている。




「神威君……」



声をかけると、一度は私の方に視線を向けるものの

すぐにまた窓の外へと視線を移した。




それ以外、神威くんの反応は何もない。




「故郷のこと考えてるの?

 

 故郷のほうも雪が雨に変わって、

 私が帰ってくる時は、水嵩は上がってたけど、

 随分たくさんの人が、救助されてたよ。


 マイクロバスで山辺地区って言ってたかな。

 そこの人たちは、飛翔のマンションに避難するって。


 あっちには友達とかいたのかな?


 友達が居たなら心配だよね」




視線を合わさずに目線だけをあわして

隣で今も外を眺め続ける彼に、

一方的に話し続ける。




「飛翔が心配してた。

 

 飛翔と私は中学時代から親しくしてるんだよ。

 

 神威くんは……飛翔が嫌い?」




思わず紡いだその言葉に外を眺め続けてた彼は、

視線を私のほうに向けた。




「キライ」




短く初めて発せられた言葉。

その後、再び彼の視線は窓の外の世界へと移された。




「そっか……。

 

 神威くんは

 飛翔が嫌い……かぁ……」




言い聞かせるように紡ぎながら、

すれ違い続ける二人の縮まることのない

一方的な思いにチクリと心が痛む。





そのまま私は、神威君の邪魔をしないように

病室の片隅で彼を約束通り見守っていた。




仮眠を終えた飛翔が再び戻ってくるまで。






止まない雨もいつかは止む。




縮まらない距離も信じていたら

ゆっくりと縮まるときが来る。



その間の深い穴はゆっくりと埋め立てられて

少しずつ少しずつ縮まっていく。




私は飛翔と出会って今日までの間に

そのことを強く経験してきたから……。



二人の距離も必ず縮まるのだと確信できる。



ただその間の心の傷が気にかかるだけ。




だから……私はその傷を包み込めるように

今出来ることをしていたい。





止まない雨もいつかきっと晴れ渡るから。





夕方、仮眠を終えて再び勇と一緒に姿を見せた飛翔を

私は勇を特別室に残して、連れ出す。





「由貴、どうした?」


「飛翔、話してください。

 勇には話せなくても、私には今日こそ話してください。


 中学生時代から、貴方と同じ時間を過ごしています。

 飛翔の家が特殊な家柄なのは、何となく察していました。


 それでも話したくないのならと、今日まで聞かずに参りましたが

 飛翔が眠っている間、神威君と会話をして思ったんです。


 関係の歪の根っこは、その飛翔の生い立ちの時間の中にあるのではないかと。

 核心なんてありません。


 だけど、飛翔は神威君を守りたいのでしょう?


 ならば、私と時雨だけにでも情報供給を」




半ば責めるように、感情をぶつけるように伝える言葉。





この言葉が飛翔にとって、刃になっていることを知りながら

私は言葉で親友を突き刺す。







「心配かけて悪い。

 機会があれば話す。


 ただ今はまだ、そっとしといてくれ」




飛翔はそれだけを弱々しく告げて、

神威君の待つ特別室へと戻っていってしまう。





翌日、神威君は鷹宮を退院して残り少ない三学期を終えるために、

神前悧羅学院の昂燿校へと戻って行った。




突き刺さる雨。





飛翔を言葉で突き刺したあの日から、

私自身の心にも、鈍い痛みが微かに残り続ける。


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