第13話 そして、スパイは潜り込む

 人気のない郊外の高台。


 そこには祈祷式のドレスに身を包んだミライと侍女の姿をしたカコがいた。


 (王様が攫われた…?)


 私への嫌がらせ。私を追い出す事でナミとフェイの目的はかなったはず。

 これ以上のトラブルを起こさせない…、そのために私はおとなしく去ったのに。


 (なのに、なぜ……?あの二人、この国の王に特別な感情なんかないはず)


 でも…だ。


「もう、私には関係ない…でしょ?」


 もう私は王女ではないし、スパイとしてこの国で任務を続けることも不可能。ならば…。


「違う、ミライちゃん、聞いて。ミライちゃんが行った後の事!」


 **********


 ミライが去った直後


 民衆の視線がバラバラと揺れるなか、ミライは静かに聖堂を離れていった。


 その数分後のタイミングで、ようやく王と将軍がやってくる。


「遅れてすまぬ、我が娘よ!ドレス姿を見せておくれ〜!」


 馬車から勢いよく飛び降り、そそくさと聖堂に入場する王。

 その後ろから、ガチムチ将軍シオンが祈祷式用の重鎧を着て、ひいこら息を切らせている。


「はぁ、はぁ、まったく王!その衣装で全力ダッシュは無謀ですぞ……って、え?」


 聖堂に入るや否や、シオンが見上げた空中スライドには、まだ、ナミが映像を流しっぱなしにしていた。

 闇の中、ミライがアサシンスタイルで敵を無音撃破している姿。


「な、な、なんだこの映像は……」


「まさか、この少女は……!」


 王が目を見開く。


 そして―――――


「すっごいのぉ!かっこいいのぉ~!!うちの娘は最強じゃ!!!」


 感激で飛び上がる王。その隣では、将軍が腕を組みながら食い入るように映像を凝視している。


「……いけ!そこだ!足払いからのアームバレットォォォ!はい、おっけぇぇぇい!!!」


 完全に“推し”を見るオタクのテンション。


 そのテンションの後ろで、ナミとフェイがぽかんと口を開けていた。


「……あの王、何あれ」


「普通……ドン引きするよね、この映像」


 王はもうひとつ感想を付け足した。


「よし、この映像で映画を作るぞ!タイトルは孤高の王女ミライ、涙の死闘!!」


「王よ!それ私も出演したいですぞ!!」


 ナミが眉間を押さえた。


「っち……やっぱこいつら、頭おかしいわ」


 不意にフェイはいつものように不敵な笑みを浮かべてナミに耳打ちする。


「……ね。この王さらっちゃおっかぁ?」


 ナミがチラリと聖堂の奥を見る。


「人質にして、国の財宝ぜ〜んぶ回収して、とっとと消えるって感じぃ?」


「そうそう、でさ!こんなクソ国家、さっさと更地になりゃいいのよ」


 二人は軽く笑いながら、王の背中に迫った。


 **********


 カコが説明し終わるとミライは目つむって黙っていた。


「あの二人、この国の王様からミライちゃんを引き離せない、そう踏んで……」


「人質にして、国を丸ごとふんだくる作戦に切り替えたってわけね」


 そう言って、私はアームバレットの確認をする。ピン、と小気味よい音が響く。


「ミライちゃん……!」


「勘違いしないで?これは、任務よ」


 私は顔をそらすように、町を見下ろした。


「……潜伏先の資産価値を、みすみす落とすなんて、バカらしいでしょ?」


 ミライを笑顔で見つめながら、カコはぐっと頷いた。そして両手で抱えていたミライのいつもの戦闘服を渡す。


「ありがと。さすが侍女ね」


「ふふ。私、意外と向いてるかも」


 二人は戦いの前につかの間の昔のノリを演じる。


「さっさと片付けるわよ。潜伏先、わかってるんでしょ?」


「うん。王様を運び込んだ建物、東にある廃城だった。でもナミがレーザーグリッド張ってて……侵入はちょっと厄介かも」


「上等ね」


 私は立ち上がり、颯爽と着替えを済ませる。


「急ぐわよ、カコ。やられっぱなしとか、性に合わない」


 崖の上から、祈祷式のドレスがひらりと風に舞った。

 その風に乗って、黒いスーツのスパイは静かに足を踏み出した。


 *********


 風が顔を切り、スーツの裾が空を裂く。

 そのすぐ後ろからは、カコの足音が聞こえる。


「東の廃城まで、一気に抜けるよ!」

「うん、最短距離は……私の足跡!」


 森の中、陽の差さない獣道を一気に抜ける。

 枝が肌をかすめても、気にしている暇なんてない。


(ナミ、フェイ。今度は、こっちの番よ)


 この国の未来?そんな高潔な思いで動いてるわけじゃない。


「でも、私がまいた種なら私が摘むしかない、そうでしょ?」


 私はそう呟いて、口元だけで笑った。


 そして、東の空の向こうに、灰色の影をまとった廃城が姿を現した。


 空が、戦いの幕開けを告げるように曇り始めていた。

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