第14話 そして、スパイは誘い込む

ミライは視線を少し上げ、廃城全体を見渡した。


 崩れかけた塔、低くのびた石造りの回廊、そして中央に位置する、わずかに高く造られた建物。


「……この構造……似てる」


「え?」


「今の王宮にどこか作りが似てるの。だったら、たぶん王はあそこ」


 ミライは、城の中心瓦礫の陰に隠れたドーム屋根を指さした。間取りの広さと逃走ルートの自由度を考えたら一択だろう。


「玉座の間、か…」


 二人は目を合わせ、小さく頷くと、侵入経路を探るように回廊の陰へと身を滑らせた。


 廃城の正面、東端、南部など侵入できそうな場所に、かすかな赤い煌めきが浮かぶ。

 火の光とは異なる、わずかに滲むような幾何学の残光。それが、ナミの張る”警報装置”だった。


「……やっぱり、ここから見える侵入口は全部張ってるね」


「レーザーグリッド式の防衛線。存在を知ってるなら気づけるけど……」


「知らずに一気に踏み込んだら、一瞬でスライス、か…」


(シオン将軍や兵が来る前にかたずけないと…)


「それ以外の侵入口は?」


「全部は把握しきれてない。でも、崖側の崩れてる屋根が、ギリ行けそう」


「じゃ、そっち」


 ミライはアームバレットを構え、銀色の先端に刻まれた《Delay》の文字に視線を落とす。

 飛翔速度を極限まで落とした、彼女専用の陽動式ボルトだ。


「この距離ならボルト着弾まで、およそ11.5秒。カコ、分かるね?」


「うん、タイミング合わせる」


(その間に崖側の屋根ルートから侵入する)


「Ready…GO(ディレイシュート、起動)!」


 ドフッドフッ…


 亀のように空中を滑る超低速ボルトが数発、ゆっくりと赤いレーザーに向かって発射された。


 そして音もなく、私の中でカウントダウンが始まる。


 ──2秒。

 崖の縁を蹴り、瓦礫の陰をすり抜ける。


 ──4.5秒。

 崩れた屋根の端をつかみ、指先だけで体を持ち上げる。


 ──7秒。

 窓の隙間から、内部の死角を確認。


 ──9秒。

 私はカコに合図を送り、一気に滑り込んだ。


 ──11秒。

 ボルトがレーザーに接触し、ブゥゥンという音と共に蜃気楼のように揺れる。


 ディレイシュート発射から11.5秒。

 私は、すでに崖側の屋根から内部に潜入していた。


 *********


 一方、廃城玉座の間。

 王は朽ちた玉座に縛り付けられ、気を失っていた。


「……かかった!」


 レーザーグリッドへの反応を感知し、ナミが笑う。

 だが隣のフェイは、表情を変えずに壁に背を預けたまま目を閉じていた。


「早過ぎる……待ちな、ナミ。違う」


「は?反応出てんだけど?」


 フェイはゆっくりと手を上げ、指を“逆方向”に向ける。


「この到着の速さ……たぶんアイツ。だったら、正面から来るわけない」


 ナミが一瞬、押し黙る。


「……ミライ?ほんと、めんどくさい女」


「うん。あの子、そういうの得意でしょ。昔っから」


 その瞬間、ナミの口元がゆるむ。


「……だったら張ってない侵入口、ひとつしかないわ。ひひっ……」


 *********


 レーザー警報が作動して、数秒後。


 ナミとフェイは玉座に王を残し、天井が口を開けた侵入口を目指して最短ルートを疾走する。


「……ミライが来るなら、あそこだよね。あいつ、ああいう抜け道使うの好きだし」


「うん、逆張りのクセも知ってる。屋根ルートから玉座まで直行……ならこの道」


 フェイがスカートの中から短剣を引き抜き、警戒するように周囲をにらむ。


「見つけたら、もう話はいらないよね?」


「うん。消そ」


 *********


 一方その頃。


 ミライは崖側の崩れた屋根から、静かに廃城内部へと忍び込んでいた。

 身を低くし、廊下の影へと身を滑らせる。


 正面入口のレーザーグリッドへの着弾は囮。


 その瞬間に反応して動くのが、ナミとフェイの性格だとミライは読んでいた。


 敵の目が正面に向いている今、意表をついたルートがすべてをすり抜ける唯一のチャンスだ。


(……って、バレるに決まってるのよ)


「私の癖を見抜いてるからね。……さあ向かって来なさい、私がいる屋根からの侵入口へ」


 回廊をすり抜けながら、ミライは頭の中で玉座までの導線を描く。


(王のいる場所は城の中央の玉座、なら…)


 そこへ向かう最短の導線を予測し、あえて誰も選ばない遠回りルートを選ぶ。

 崩れた瓦礫の隙間を滑り抜け、屋根裏を伝って逆サイドの回廊へ移動。


(私は確かに屋根から入った……でもナミとフェイ。私と出会えるかしら?)


 ミライのルートは回り道、けれど確実に玉座の間へと向かっていた。


 *********


 そして、廃城正面入り口。


 レーザーグリッドにミライの囮のボルトが接触し、警報が響いたほんの数秒後。


 正面入口にはカコの姿があった。


 その手には、武器ひとつない。

 ただ小さく呼吸を整えると、彼女は城の内部へ正面から、まっすぐ足を踏み入れた。


「ミライちゃんの読みが正しければ、ナミたちは屋根ルートを追っているはず…」


(お願い、気づかないで……)


 静かに、まっすぐに、最短ルートで誰よりも早く、玉座の間に到達した。


 薄暗い玉座の間。


 朽ちた玉座に縛られていた王のもとへ、彼女はそっと近づいた。


(縛られてる…でも、意識は完全に切れてはいない)


 カコは手早く拘束具を外し、王の手を取る。


「王様、王様……っ、ここ危険です。一度身を隠しましょう……」


 かすかに、王が目を開いた。視線がぼんやりと揺れる。


「……ミライ……?いや……違う……おぬしは……」


「すみません、あとで説明しますから!」


 カコは王の体を支えながら、背後の回廊へと消えていった。


 *********


 一方、ミライが最短ルートを迂回するように玉座を目指していたとき。

 崩れた屋根の侵入口付近に到着したナミとフェイが、ふと足を止めた。


「なんか、おかしくない?」


「正面からは囮、じゃなかった…パターン?」


「いや、でも確実にここから侵入してる。空気がそう言ってる、だろ?」


 微かに舞う砂埃と、光に反射して澱む空気が何者かの侵入を確実なものにしていた。


「……じゃぁ、もしアイツが1人じゃなかったら…?」


 二人が顔を見合わせ、同時にくるりと身を翻す。


「………玉座!まさか……!」


「あの……くっそ女!!!」


 慌ただしく引き返す足音が、廃城にこだました。


 だがその頃にはすでに、朽ちた玉座の主はその姿を消していた。

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そして、スパイは王になる~この国まるごと愛します~ 竜弥 @tatsuya147

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