第12話 そして、スパイは家出する

 朝の光が差し込む回廊。

 ミライは軽やかなドレスに羽織をかけ、2人の侍女を従えて歩いている。


 通りすがる兵士たちが口々に声をかけてくる。


「おはようございます、王女様!」

「ああ、今日も麗しゅうございます!王女様」

「今日の平和祈念式、よろしくお願します」


 ミライはにこやかに微笑み、すれ違う兵士たちに静かにうなずいた。


(平和祈念式か……めんどくさいけど、王女として最低限の事はやらないとね)


 スカートの裾が揺れるたびに、どこか落ち着かない。

 普段の黒スーツの方が動きやすい。でも今日は仕方ない。


 彼女は視線を前へと戻し、聖堂の方へと歩を進めた。


 その姿を見下す屋根の上の二つの影。

 ナミとフェイが並んでミライの姿を捉えていた。


 フェイが眉をひそめる。


「……今の、ミライ?」

「へぇ……うまいこと潜り込んだじゃん。まるで本物みたいねぇ」


 ナミが驚いたように目を細める。

 フェイの乾いた笑み。


「……ったく、どういう仕組みでそうなったのか知らないけど」

「おもしろくないね」


 フェイがちらっとナミの顔を見る。


「……どうする?」


 ナミの返答は短い。


「壊すしかないでしょ」


 フェイは少し考えて、ニヤリとする。


「ふふ……それより、もっと面白い事おもいついちゃったぁ」


「……いいねぇ、あんたの、好きよぉ?」


 *********


【式典当日・BathLand《バスランド》聖堂前】


 朝の光がやわらかく聖堂の石畳を照らし、王国の民たちが広場に集まっていた。

 ミライは白と金の刺繍が施されたドレスに身を包み、羽織を軽くかけて静かに壇上へと歩く。


「王と将軍の到着はもう少し先です」

「それまで王女様、民衆たちにその美しい姿をお披露目ください」


 ミライは黙って頷き、そのドレスを広げて見せた。


 その美しい姿に歓声と共に、子どもたちが旗を振り、商人たちが手を叩いている。

 それを見てミライは、いつものように微笑んで軽く手を振った。


 だがその瞬間だった。


 突然バターンと聖堂の扉が派手に開かれた。


「その人は偽物よ!!」


 ざわつく群衆。

 壇上の階段の下、民の間を割って現れたのは、ボロボロの外套に身を包んだ女ナミ。

 隣には同じく変装したフェイが立っていた。


「皆さん、騙されないで!!その女は別の次元から潜り込んできた、侵入者です!」

「本当は、この国の王様を暗殺するために来た殺し屋さんです!!」


 動揺が伝染していく。

 ミライは黙って、静かにナミたちを見つめていた。


「この証拠を見てください!」


 ナミが端末を起動。

 空中に映し出されるのは、黒スーツに身を包み、闇の中でターゲットを無言で仕留めるミライの姿。


「これは……?」

「……え、あの顔って…?」

「まさか、王女様……?」


 聖堂にざわめきが走る。


(アサシンとしての過去、それは否定できないし……するつもりもない)


 ミライは何も言わない。弁明も否定もせず、ただ目を細めた。


「……本当に王様を殺しに来たの!?」

「……王女様は、なぜ黙ってるの……」


 それでも、誰もミライを責めてはいない。

 しかし、信じたいけど、確証はない。そういう空気が、場を包んでいた。


 静かに、ミライは口を開く。


「……わかりました。私が去ります」


 振り返らず、静かに聖堂の階段を降りていく。

 ドレスの裾が風をはらみ、光の中に消えていくその背中に誰も声をかけることはなかった。


「はわわわ……ミライ様~~!どどどどうしましょ~!」


 元受付嬢の侍女は慌てふためいている。


(ミライちゃん…)


 そしてミライと共に聖堂に入場したもう一人の侍女が、きゅっと袖を握りしめた。


【数刻後・郊外の丘】


 ミライは静かな高台の岩に腰を下ろして、BathLand(バスランド)を見下ろしていた。


(ま、当然よね……だましたのは私だもの)


「元々王女って柄でもないし、情報は十分得た……」


 そう自分を言い聞かせ、そっとその場に立ち上がるミライ。

 その時、ふと背後に気配を感じて振り向くと、そこには息を切らしたカコが立っていた。


「はぁはぁ…ミライちゃん!……王様

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