第30話 覚醒の力と、紡がれる未来への序曲

『警告! 警告! 外部より高エネルギー反応! 塔の構造に深刻なダメージ!』

「調律者の間」に、エデン・イニシアチブの緊迫した警告が鳴り響く。イヴの覚醒に呼応するようにして静かに輝いていた中央の球体も、不安定に明滅を始めた。そして、アタシたちが先ほど入ってきた巨大な円形の扉が、凄まじい爆音と共に内側へと吹き飛んだのだ!


「チッ、今度は何だよ! せっかく良い雰囲気だったってのに!」

 アタシは悪態をつきながら、倒れ込むイヴを咄嗟に庇い、爆風と粉塵から身を守る。


 煙が晴れると、そこには武装した兵士の一団が立っていた。旧時代の軍服を思わせる、黒と灰色の戦闘服に身を包み、顔は無機質なヘルメットで覆われている。手には、アタシたちの使う銃器とは明らかに違う、高出力のエネルギーライフルらしきものを構えていた。


「レン、来ます! 多数の高エネルギー反応! おそらく、人間…ですが、一部サイバネティクス化された強化兵士です!」

 隣で、覚醒したばかりのイヴが鋭く警告を発した。彼女の瞳は、以前の青さに加えて、まるで内部から光を放つかのように、白銀の輝きを帯びている。それが、調律者としての覚醒の証なのだろうか。


「目標発見! 調律者及び、そのイレギュラーを確保! プロジェクト・レクイエムの再起動は、我々が断じて阻止する!」

 兵士の一人が、拡声器を通したような声で叫び、一斉にこちらへ向かって攻撃を開始してきた!


 無数のエネルギー弾が、雨のように降り注ぐ!

「イヴ!」

 アタシはイヴの前に立ちはだかろうとした。だが、その必要はなかった。


「…私の役目は、この星を『調律』すること。そして、レン…あなたを守ること!」

 イヴは、アタシの前に進み出ると、両手を広げた。すると、彼女の体から再び淡い青白い光が放たれ、それがアタシたちの周囲に半透明のエネルギーフィールドを形成する! 敵のエネルギー弾がフィールドに触れると、バチバチと音を立てて弾かれ、霧散していく!


「すげえ…! これが、アンタの…!」

 アタシは、イヴの新たな力に目を見張る。エデンのガーディアンとの戦いで見せた防御能力が、格段に強化されている。


「レン、敵の攻撃は私が引き受けます! あなたは、彼らの指揮系統、あるいは弱点を!」

 イヴは、苦しげな表情一つ見せずに、冷静に指示を出す。その姿は、もうアタシが知っている、少し頼りなげなアニマ・マキナではなかった。覚醒した「調律者」としての威厳と力が、彼女の全身から溢れ出ている。


「…へっ、了解だ、相棒! プロの腕、見せてやるぜ!」

 アタシはニヤリと笑い、イヴが展開するエネルギーフィールドの合間を縫って、強化兵士たちへと反撃を開始する! 二丁のオートマチックが火を噴き、的確に敵のヘルメットや武器を狙う!


 戦闘中、エデン・イニシアチブの声が、再びアタシたちの脳内に直接響いてきた。

『調律者イヴ、及びその協力者レンへ。敵性勢力は、かつてプロジェクト・レクイエムに反対し、旧世界の秩序維持を主張した者たちの末裔です。彼らは、レクイエムによる世界の変革を「破壊」とみなし、調律者の覚醒とプロジェクトの再起動を、あらゆる手段を用いて阻止しようとしています』


「世界の変革を拒む…ね。どっちが正しいかなんて、今の時代に言えるヤツはいねえだろうがな!」

 アタシは悪態をつきながら、敵のリーダー格と思われる、ひときわ大柄な兵士へと狙いを定める。


「貴様らのような、旧時代の亡霊が生み出した人工物に、この世界の未来を委ねるわけにはいかんのだ! レクイエムは、破滅への序曲に過ぎない!」

 リーダー格の兵士が、憎悪を込めて叫ぶ。


「破滅かどうかは、アタシたちが決める!」

 イヴが、凛とした声で言い返した。彼女はエネルギーフィールドをさらに拡大させ、敵の動きを封じ込める! そして、その手から、無数の光の矢のようなものが放たれ、強化兵士たちを次々と貫いていく! その威力は、アタシの銃弾など比較にならないほどだ。


『調律者イヴ、敵部隊の約70パーセントを無力化。残存勢力、撤退を開始』

 エデン・イニシアチブが、戦況を報告する。


 アタシとイヴの連携、そしてエデン・イニシアチブの戦術情報支援により、あれほど強力に見えた強化兵士の部隊は、みるみるうちに数を減らし、やがて散り散りになって撤退していった。


「……はぁ……はぁ……やった、のか……?」

 激しい戦闘が終わり、アタシはその場にへたり込んだ。イヴもまた、肩で大きく息をしており、体から発せられていた光のオーラも、弱々しく揺らめいている。覚醒したばかりの力を、連続して使った反動だろう。


「調律者の間」も、先ほどの戦闘で大きなダメージを受けていた。壁にはいくつもの穴が開き、中央の球体も、以前のような安定した輝きを失い、不規則に明滅を繰り返している。塔全体が、悲鳴を上げているかのようだ。


 イヴが、ふらつきながらアタシのそばに歩み寄り、その場に倒れ込むようにして、アタシの腕の中に寄りかかってきた。

「レン……私……力を、使いすぎた、みたいです……」

「イヴ! 無理すんな!」

 アタシは、イヴの冷たくなった体を強く抱きしめる。


『調律者イヴ、及び協力者レン。敵の第一波は退けましたが、彼らの本体はまだ健在です。そして、プロジェクト・レクイエムを完成させるためには、この惑星の各地に点在する、失われた旧時代の「<ruby>聖域<rt>サンクチュアリ</rt></ruby>」を再起動させ、世界のエネルギーラインを正常化する必要があります。それが、調律者としてのあなたの、最初の任務となります』

 エデン・イニシアチブが、新たな情報を告げる。


 聖域の再起動……それが、イヴの使命。そして、アタシたちの新たな旅の目的になるのだろうか。


 アタシは、腕の中で弱々しく呼吸を繰り返すイヴを、しっかりと抱きしめた。

「…チッ、面倒なことになっちまったな。だが、プロはどんな仕事もやり遂げるもんだ」

 アタシは、イヴの額にそっと自分の額を寄せた。

「安心しろ、イヴ。アンタの使命は、アタシの使命でもある。どこへだって、一緒に行ってやるさ」


 このぶっ壊れた世界の未来がどうなるかなんて、アタシには分からない。でも、一つだけ確かなことがある。アタシは、このアニマ・マキナの、イヴの隣に立ち続ける。それが、アタシの選んだ道だ。


 物語は、まだ始まったばかり。アタシとイヴの、本当の戦いは、これからなのだ。

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