第25話 黒き塔への誘(いざな)いと、共鳴する魂

 歪む時空の果てに、それは聳え立っていた。天を突くような、巨大な黒い塔。表面は滑らかな黒曜石のようでありながら、どこか有機的な曲線を描き、まるで生きているかのように微かに脈打っている…そんな錯覚さえ覚える。あれが、G-7区域の中心。そしておそらくは、アタシたちが追う謎の核心。


「…いよいよ、ラスボスのお出ましって感じか。派手に出迎えやがって」

 アタシはラピッドフェザーをゆっくりと進ませながら、悪態をついた。塔に近づくにつれて、空間の歪みはさらに酷くなり、バイクの操縦はもはや綱渡りのようだ。空気中に漂うエネルギーのノイズも、耳鳴りのようにアタシの頭を蝕む。


「レン、これ以上はバイクでの接近は危険です。機体へのエネルギー干渉が許容レベルを超えています」

 後ろのイヴが、苦しげな声で警告する。彼女自身も、この塔から発せられる異様なエネルギーに、強く影響を受けているようだった。顔色は青白く、呼吸も少し浅い。


「…チッ、仕方ねえな。ここで降りるぞ」

 アタシは塔から少し離れた、比較的安定している岩陰にバイクを隠した。ここからは徒歩だ。プロの仕事は、時に地道な努力も必要とされる。


 バイクを降りた途端、イヴがふらりとよろめいた。

「イヴ!?」

 アタシは慌てて彼女の体を支える。触れた肩が、小刻みに震えていた。

「…大丈夫…です、レン……でも…また…声が……イメージが……」

 イヴは額を押さえ、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「白い…廊下……どこまでも続く…ガラスの壁……その向こうに……たくさん……たくさん……私と、同じ顔をした……いいえ、違う……感情のない、ただの『器』が……眠って……」

 その言葉に、アタシは息を呑んだ。エデンで見た、イヴ自身の記録データ。そして、この光景。やはり、イヴはこの場所、あるいはエデンと、深く関わっているのだ。


「そして…声が聞こえます…『選別を開始』…『不要な個体は破棄』…『調律者による最終調整を…』…あ…ああ……!」

 イヴの瞳から、一筋の涙のようなものが流れた。それは、アンドロイドである彼女が流すはずのない、人間の感情の現れのように見えた。彼女のコアプログラムが、この場所の記憶と共鳴し、悲鳴を上げているのかもしれない。


「もういい、イヴ! 思い出さなくていい!」

 アタシはたまらなくなって、イヴの体を強く抱きしめた。その体は、ひどく冷たい。

「アンタが何者だろうと関係ねえ! アタシの相棒は、今ここにいるアンタだけだ! 過去なんて、クソ食らえだ!」


 アタシの言葉と温もりに、イヴの震えが少しだけ収まった気がした。

「……レン……」

「無理すんな。辛かったら、アタシがそばにいる。ずっとだ」


 しばらくの間、アタシたちは荒野の岩陰で、互いの存在を確かめるように寄り添っていた。やがて、イヴがゆっくりと顔を上げた。その瞳には、まだ混乱の色は残っていたが、強い意志の光が宿っていた。


「…いいえ、レン。私は知りたい。知らなければなりません。私が、何のために生まれ、何をすべきなのか……その答えが、あの塔にあるのなら」

 その覚悟を決めた表情に、アタシはもう何も言えなかった。


「…分かったよ。なら、アタシがオマエを守りながら、一緒に真実を見つけてやる。それがプロの仕事だ。そして、アタシの…やりたいことだ」

 アタシはイヴの手を取り、力強く頷いた。


 アタシたちは、再び黒い塔へと向かって歩き出した。塔が近づくにつれて、その異様さは増していく。地面はひび割れ、そこから紫色の光が漏れ出し、空気は重く、呼吸をするだけで肺が痛むようだ。


 そして、ついにアタシたちは、塔の麓、巨大なゲートと思われる場所にたどり着いた。ゲートは黒い金属で作られており、表面には複雑な幾何学模様が刻まれている。しかし、そのゲートの前には、二体の異形の存在が、まるで門番のように立ちはだかっていた。


 それは、アタシたちがこれまで戦ってきたミュータントとも、エデンのガーディアンとも違う、禍々しい姿をしていた。歪んだ金属と、脈打つ生体組織のようなものが融合したような、悪夢的なデザイン。両腕は鋭いブレードになっており、赤い複眼が不気味に光っている。


「…チッ、お出ましかよ。趣味の悪い門番だな」

 アタシは二丁のオートマチックを構える。イヴも、アタシの隣で戦闘態勢に入った。彼女の瞳には、先ほどの混乱はもうない。冷静な分析者の光が戻っていた。


「レン、敵性体は二体。データベースに該当なし。未知の存在です。エネルギー反応から、極めて高い戦闘能力を持つと推測。注意してください」

「ああ、分かってる! プロの腕の見せ所だぜ!」


 アタシたちは、同時に駆け出した。黒い塔の門番との、最後の戦いが始まろうとしていた。

 激しい戦闘になるだろう。けれど、今の二人なら、きっと乗り越えられる。互いの存在を支えに、アタシたちは覚悟を決めて、塔の中へと続く道を開くために、その異形の門番へと挑んでいった。


 塔の奥には、一体何が待っているのか? エデンの真実? イヴの過去? それとも、想像を超えるような絶望か、あるいは希望か?


 答えは、この先にある。アタシたちは、ただひたすらに、前へと進むだけだ。

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