第22話 荒野のキャラバンと、近づく座標G-7
愛機ラピッドフェザーのエンジン音が、荒野に高らかに響き渡る。バイクを取り戻したアタシたちは、再びこの壊れた世界を駆ける自由を手に入れた。徒歩での移動とは比べ物にならないスピードで、景色が後ろへと流れていく。目的地は、座標G-7区域。エデンで手に入れた、謎めいたキーワードが示す場所だ。
「やっぱバイクは最高だな! プロには翼が必要だ!」
アタシは風を切りながら快哉を叫ぶ。背中に感じるイヴの存在も、今はもう不安要素ではなく、むしろ心強い重みとなっていた。あの一件以来、アタシたちは名実ともに「相棒」になったのだ。
旅は何日か続いた。昼間は走り、夜は岩陰や廃墟を見つけて野営する。その繰り返し。アタシはプロとして(自称だが)、食料や水の確保、ルート選定、そしてバイクのメンテナンスを怠らない。
「レン、今日の夕食は何ですか? 昨日の焼やきトカゲは、塩加減しおかげんが絶妙ぜつみょうでした」
焚火の前で、イヴがそんなことを尋ねてくるようになった。最初は「栄養摂取は不要」とか言ってたはずなんだが、どうやらアタシの作るメシ(といっても焼いただけの肉とか、缶詰とかだが)を、それなりに楽しみにしているらしい。
「へっ、プロの料理を舐めんなよ。今日はとっておきの…まあ、見てろって」
アタシはぶっきらぼうに答えながら、仕留めた荒野ウサギの手際の良い解体を始める。その様子を、イヴは興味深そうに隣で見守っている。
夜、アタシがラピッドフェザーのエンジンをチェックしていると、イヴが隣にちょこんと座り込み、汚れた部品を布で拭き始めた。
「…手伝ってくれるのか?」
「はい。レンの負担を軽減するのも、相棒の役割かと。それに、この機械の構造、とても興味深いです」
その言葉に、アタシは少しだけ口元を緩ませた。こいつなりに、アタシを助けようとしてくれているのだ。
「ふん、まあ、プロの整備を見て勉強しとけ」
憎まれ口を叩きながらも、アタシはその手伝いを受け入れた。二人で黙々とバイクをいじる時間は、不思議と心地よかった。
そんな旅の途中、地平線の向こうから、ゆっくりと近づいてくる巨大な影が見えた。旧時代の大型トラックを改造したような車両が、何台も連なって土煙を上げている。キャラバンだ。この荒野では珍しい光景だった。
「…キャラバンか。面倒だが、少し情報を仕入れておくか」
アタシはバイクを止め、近づいてくるキャラバンを待った。彼らもこちらに気づき、先頭の車両がゆっくりと停止する。荷台からは、武装した護衛らしき男たちが数人、警戒するようにこちらを見ていた。
アタシはバイクを降り、ヘルメットを取ると、相手に敵意がないことを示すように両手を軽く上げた。
「よう、旅のもんか? アタシはレン。しがない運び屋だ。少し情報交換しねえか?」
プロの交渉術だ。まずは相手の警戒を解く。
キャラバンのリーダーらしき、日に焼けた髭面の男が、アタシと、その後ろに立つイヴの姿を値踏みするように見た。
「運び屋…ねえ。こんな若い嬢ちゃんが一人でか? そっちの別嬪さんは連れかい?」
男の視線がイヴに向けられる。その目に、一瞬だけ、良くない光が宿ったのをアタシは見逃さなかった。
「ああ、こいつはアタシの…まあ、荷物みたいなもんだ。それより、あんたたちはどこへ向かってる? この先のG-7区域について、何か知らねえか?」
アタシは、イヴを背後にかばうように立ちながら、単刀直入に尋ねた。
「G-7区域だと!?」
男の表情が変わった。護衛たちも、ざわめき始める。
「嬢ちゃん、物騒な場所を目指してやがるな。あそこは『悪魔の口<0xE3><0x83><0x87><0xE3><0x83><0xB4><0xE3><0x82><0xA3><0xE3><0x83><0xAB><0xE3><0x82><0xBA><0xE3><0x83><0xBB><0xE3><0x83><0x9E><0xE3><0x82><0xA6><0xE3><0x82><0xB9>』と呼ばれてる場所だぞ。旧時代の兵器がまだ生きてるだの、時空が歪んでるだの、ロクな噂を聞かねえ」
「へえ…そいつはプロとして、ますます興味が湧いてきたぜ」
アタシは、わざと不敵な笑みを浮かべてみせる。
男は呆れたように肩をすくめた。
「まあ、好きにしな。だが、忠告はしといたぜ。命が惜しけりゃ、近づかねえこった」
それだけ言うと、男はキャラバンに出発の合図を送り、土煙を上げて去っていった。
キャラバンの姿が見えなくなると、隣にいたイヴがぽつりと呟いた。
「レン、あの人々は…家族や仲間と、共に旅をしていましたね」
その声には、以前にはなかった、微かな寂しさのようなものが滲んでいる気がした。
「…アタシたちとは違う、か」
「はい。…私には、レンしかいません。レンが、私の全てです」
そう言って、イヴはアタシのジャケットの袖を、小さな手でそっと掴んだ。まるで、迷子の子供のように。
その仕草に、アタシの心臓が、またドキリと音を立てた。このアニマ・マキナは、確実に感情を学習し、そして、アタシという存在に、強い依存を示している。それは、アタシにとっても同じなのかもしれない。
「……アタシだって、今は、オマエしかいねえよ」
照れくさくて、ぶっきらぼうな言い方になってしまったけれど、それがアタシの精一杯の言葉だった。イヴは、その言葉に安心したように、掴んだ袖を離さずに、アタシの隣に寄り添ってきた。
その日から、G-7区域が近づくにつれて、周囲の景色は再び奇妙な様相を呈し始めた。空の色が、まるで古い写真のように僅かに色褪せて見えたり、地面に生える植物が、毒々しい蛍光色を帯びていたり。ラピッドフェザーのコンパスの針も、時折、狂ったようにぐるぐると回り始める。
「…いよいよ本番、てわけか。面白くなってきたじゃねえか」
アタシは、自分を鼓舞するように呟いた。
「プロの腕の見せ所だな!」
「レン、前方より高レベルのエネルギー反応を複数感知。おそらく、G-7区域の境界線が近づいています。ナビゲーションシステムに異常発生。これより先は、私のセンサーとデータベースを頼りに進みます。警戒レベルを最大に移行してください」
イヴが、いつもの冷静な口調に戻って報告する。
未知の領域への突入。キャラバンの老人の不吉な言葉が頭をよぎる。けれど、もう引き返すつもりはない。アタシは、隣にいる相棒の存在を確かめるように、ちらりと視線を送った。イヴもまた、真っ直ぐな青い瞳でアタシを見つめ返してきた。その瞳には、不安よりも強い、アタシへの信頼が宿っている。
アタシたちは、互いの存在だけを頼りに、未知なるG-7区域へと、バイクを走らせた。
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