第21話 相棒との再会と、新たな座標
荒野で明かした夜は、思った以上に体力を消耗させたらしい。アタシもイヴも、まだ本調子とは言えないまま、次の目的地――エデンの近くに隠してきたアタシの愛機、「ラピッドフェザー」の元へと向かっていた。徒歩での移動は、バイクのスピードに慣れた身にはひどくもどかしく、そして疲れる。
「…チッ、やっぱりバイクがねえと話にならねえな。プロの機動力は生命線だぜ」
アタシは悪態をつきながら、時折ふらつくイヴの腕をさりげなく支える。昨夜、アタシの腕の中で眠った(スリープモードに入った)イヴは、朝にはだいぶ落ち着きを取り戻していたけれど、エデンでの負荷はまだ完全には抜けていないようだった。
「すみません、レン。私のせいで…」
「…別に、アンタのせいじゃねえって言ってんだろ。それに、今はアタシたちが『相棒』だ。どっちかがキツけりゃ、もう一方がカバーする。プロの世界じゃ当然のことだ」
アタシはぶっきらぼうに、でも、少しだけ自分でも驚くほど素直な言葉を口にした。イヴは、その言葉に少しだけ目を見開き、そして、小さく頷いた。
エデン周辺の空気は、依然として奇妙な気配を漂わせていた。崩壊の影響なのか、地面が時折、微かに揺れる。空の色も、まだ完全には元の青さを取り戻していない気がする。そして、時折、どこからともなく現れる小型のミュータント獣。おそらく、エデンの崩壊によって住処を追われたか、あるいは異常な環境で活性化した奴らだろう。
「レン、前方、岩陰に熱源反応多数! おそらく小型のミュータントです!」
イヴが鋭く警告を発する。
「数は?」
「…7体!」
「チッ、面倒な!」
アタシは即座に銃を構え、イヴを背後にかばう。連携はもう手慣れたものだ。イヴが敵の位置と数を正確に伝え、アタシがそれを的確に撃ち抜く。以前のような激しい戦闘ではないが、油断はできない。アタシたちの連携は、エデンでの死線を潜り抜けたことで、よりスムーズに、そして強力になっていた。
戦闘後、息を整えながら、アタシはイヴに尋ねた。
「なあ、イヴ。アンタ、エデンの影響で何か思い出したりしてんのか?」
「……断片的なイメージや、音声データのようなものが、時折フラッシュバックします。白い部屋…優しい声…でも、悲鳴のような音も…それが何を意味するのか、私自身にもまだ分かりません。ですが…」
イヴは、自分の胸にそっと手を当てた。
「…このコアユニットが、ざわめくような…そんな感覚があります」
(コアユニット…こいつの心臓部か…)
アタシは、イヴのその言葉に、彼女が抱える謎の深さを改めて感じていた。エデン、プロジェクト・レクイエム、調律者、そしてイヴ自身。全てが繋がっているのかもしれない。
やがて、見覚えのある岩陰が見えてきた。アタシがラピッドフェザーを隠しておいた場所だ!
「あった! 無事だったか、ラピッドフェザー!」
愛機が無事な姿でそこにあるのを見て、アタシは思わず駆け寄った。埃をかぶってはいるが、大きな損傷はないようだ。本当に良かった。こいつがなけりゃ、この先の旅は絶望的だった。
「よしよし、いい子にしてたか。少し埃っぽいが、すぐに綺麗にしてやるからな」
アタシは、まるで 오랜만에 만난 친구에게 하듯이 バイクに話しかけながら、状態のチェックと簡単な整備を始めた。
「レン、私も手伝います」
イヴが隣に来て、きょとんとした顔で言った。
「手伝うって…アンタ、バイクの整備なんてできんのか?」
「いいえ。ですが、レンの指示に従って、工具を渡したり、部品を清掃したりすることは可能です。効率的な作業のため、サポートを許可してください」
「…ふん、まあ、好きにしろよ」
アタシは少し意外に思いながらも、イヴに指示を出し始めた。
「じゃあ、そこのレンチ取ってくれ。…いや、そっちじゃなくて、12ミリのやつだ」
「これですか?」
「そうそう。…次は、そこのウエスでオイル汚れを拭き取って…」
イヴは、驚くほど正確に、そして丁寧な手つきでアタシの指示をこなしていく。その様子がなんだか微笑ましくて、アタシはつい、彼女の頭に手を伸ばしていた。
「…よしよし、上出来だ。アンタ、意外と役に立つじゃねえか」
わしゃわしゃ、と少し乱暴に撫でる。プロの相棒として認めてやる、くらいの軽い気持ちだったのだが。
「……っ!」
イヴは、びくりと体を震わせ、動きを止めた。そして、ゆっくりと顔を上げ、大きな青い瞳でアタシを見つめてくる。その顔が、心なしか、ほんのりと赤く染まっているように見えたのは、夕陽のせいだろうか。
「……レン? 今のは……?」
「…あ? いや、なんでもねえよ! 早く作業続けんぞ!」
アタシは慌てて手を引っ込め、顔が熱くなるのを感じながら整備に戻った。クソッ、まただ。なんでアタシはこいつに、こんなにドキドキさせられてんだ…!
バイクの準備が整い、観測所で手に入れた燃料を補給する。再び二人で荒野を駆け抜けられる。その事実が、アタシの心を軽くした。
出発する前に、アタシはバイクに跨ったまま、後ろのイヴに尋ねた。
「なあ、イヴ。『プロジェクト・レクイエム』って、一体何なんだろうな? レクイエムってのは、鎮魂歌とか、そういう意味なんだろ?」
イヴは、少しの間、考え込むように黙っていたが、やがて静かに答えた。
「はい。データベースによれば、鎮魂、死者のための楽曲、あるいは儀式を指します。…もし、エデンが環境再生や新人類創生を目的としていたのなら…それは、失われた旧世界、あるいは滅びゆく旧人類への『弔い』の計画だったのかもしれません」
「弔い……」
その言葉の重みに、アタシは息を呑んだ。
「そして、『調律者』…これは、記録が少なく判然としませんが、おそらくは、その計画のバランスを取る、あるいは制御するための存在…システムか、あるいは…」
イヴは、そこで言葉を切った。彼女自身も、何かを確信するには至っていないのだろう。
「…まあ、今は考えても仕方ねえか」
アタシはヘルメットを被り、エンジンを始動させた。
「答えは、これからアタシたちで見つける。それがプロの仕事ってもんだ。…行くぞ、イヴ! 次の目的地は、座標G-7区域だ!」
「はい、レン!」
イヴも、力強く頷いた。
ラピッドフェザーのエンジン音が、荒野に高らかに響き渡る。アタシたちは、新たな目的地と、多くの謎を胸に、再び荒野へと走り出した。背中に感じるイヴの確かな存在。こいつがいれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。そんな、根拠のない、でも強い確信が、アタシの心を満たしていた。
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