第20話 荒野の夜と、解読されし言葉
エデンから命からがら脱出したはいいものの、アタシたちの状況はお世辞にも良いとは言えなかった。なにせ、唯一の移動手段であり、相棒でもあったバイク「ラピッドフェザー」を、あの忌々しい遺跡の近くに隠してきたままだ。幸い、脱出艇が不時着したのは、エデンからそれほど離れていない場所だったが、それでも徒歩でバイクまで戻るのは骨が折れる。おまけに、イヴのやつ、まだ本調子じゃないみたいだしな。
「…チッ、バイクさえあれば、こんな荒野、一っ走りなんだがな…プロとしたことが、準備不足だぜ…」
アタシは、夕暮れの迫る荒野を歩きながら、悪態をついた。隣を歩くイヴは、顔色は少し戻ったものの、時折ふらつき、足取りがおぼつかない。アタシは黙って、彼女の歩調に合わせてゆっくりと進む。プロは、相棒のコンディションも見極めなきゃならない。
「…すみません、レン。私のせいで…」
イヴが、申し訳なさそうに呟いた。以前の彼女なら、こんな風に謝罪の言葉を口にすることなんてなかっただろう。エデンでの出来事が、確実に彼女を変えつつある。
「…別に、アンタのせいじゃねえよ。アタシの判断ミスだ。…それより、無理すんな。そろそろ野営地を探すぞ」
アタシはぶっきらぼうに答え、周囲を見渡した。運良く、風を避けられそうな、手頃な大きさの岩陰を見つけることができた。
焚火の準備はアタシの仕事だ。手際よく火をおこし、残り少ない携帯食料を分け合う。本当に質素な夕食だが、今は文句も言えない。イヴは食料を必要としないが、アタシが食べる様子を静かに見守っている。
食事が終わり、焚火の暖かさで少しだけ人心地がついた頃、アタシはリュックから、エデンで回収したあの古いデータディスクを取り出した。
「なあ、イヴ。こいつの中身、見れるか? 少しでもいい。エデンに関する情報が入ってるかもしれねえ」
イヴはこくりと頷き、データディスクを受け取った。彼女がディスクに指先を触れると、その瞳が淡く光り、内部データの解析を始めた。
「…試みます。ですが、このディスクには高度な暗号化と、複数のデータプロテクトが施されています。完全な解読には、相応の時間と演算能力が必要です」
「…そうか。まあ、できる範囲でいい。何か手がかりはねえか?」
イヴは目を閉じ、集中するように黙り込んだ。焚火の炎が、彼女の白い肌とプラチナブロンドの髪を、オレンジ色に照らし出す。その姿は、やはりどこか人間離れしていて、美しいと思った。
しばらくして、イヴがゆっくりと目を開けた。
「……レン。データの完全解読は困難ですが……いくつかの断片的な情報を抽出することに成功しました」
「本当か!?」
アタシは身を乗り出す。
「はい。繰り返し現れるキーワードとして、『プロジェクト・レクイエム』、そして『調律者』という言葉が確認できます。また、破損したデータの中から、座標らしき数列の一部…『G-7区域』を示すと思われるものが見つかりました」
『プロジェクト・レクイエム』…『調律者』…『G-7区域』…。どれも聞いたことのない言葉だ。だが、エデンの秘密に関わる重要な手がかりであることは間違いないだろう。
「…それと……」
イヴが、少しだけ言い淀むように続けた。
「解析の過程で…私の…起動前の記録データの一部と思われるものに、アクセスしてしまいました…」
その瞬間、イヴの表情が苦しげに歪み、再び額を押さえた。
「レン……また…声が……頭の中に……誰かが……呼んで……」
「イヴ!?」
アタシは慌ててイヴの肩を支える。彼女の体は小刻みに震え、呼吸も少し荒くなっている。解析の負荷と、フラッシュバックした記憶の断片が、彼女のシステムを不安定にさせているのだ。
「もういい! 無理すんな! 解析は中断だ!」
アタシはイヴの手からデータディスクを取り上げ、彼女を自分のそばに引き寄せた。
「大丈夫か? しっかりしろ!」
「……はい……レン……そばに、いてくれますか……?」
弱々しい声で、イヴがアタシの服の裾を掴んできた。その頼りなげな仕草に、アタシの心臓がきゅっと締め付けられる。
「……当たり前だろ」
アタシは、ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、できるだけ優しい手つきで、イヴを自分の腕の中に引き寄せた。そして、震える背中を、ゆっくりと、何度もさすってやる。
「アタシはアンタの相棒だって言ったろ。ずっと、そばにいてやるよ」
アタシの腕の中で、イヴは少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて安心したように、規則正しい呼吸を始めた。その小さな体の温もりが、アタシにも伝わってくる。この距離感にも、もうすっかり慣れてしまった自分がいた。いや、慣れたどころか、この温もりがないと、なんだか落ち着かないとさえ思うようになっていた。
夜が更け、イヴがアタシの腕の中で静かにスリープモードに入った後、アタシは一人、燃え続ける焚火を見つめながら考えていた。
『プロジェクト・レクイエム』『調律者』『G-7区域』……。
それらが一体何を意味するのか、今はまだ分からない。だが、おそらくはイヴの出自や、エデンがやろうとしていたことの核心に関わっているのだろう。そして、イヴ自身も、その鍵を握る存在なのかもしれない。
アタシは、イヴを守らなければならない。そして、この謎を追う必要がある。それが、今の自分のやるべきことだ。そう、強く思った。
次の目的地は、座標G-7区域。それがどこにあるのか、どうやって行くのか。まずは、ラピッドフェザーを取り戻し、それから情報を集めなければならない。
「…面倒だが、やるしかねえな」
プロとしての、そしてイヴの相棒としての、新たな覚悟。それが、アタシの胸の中に、静かに、しかし確かに灯っていた。
荒野の夜空には、無数の星が瞬いている。アタシたちの旅は、まだ多くの謎と危険を孕みながら、それでも続いていくのだ。
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