第18話 崩壊の序曲と、託された希望

『警告! 警告! コアシステム、臨界間近! 緊急シャットダウンシーケンスに移行! 全ての隔壁を閉鎖します! 施設は間もなく崩壊します!』


 けたたましいアラーム音と、無機質な合成音声のアナウンスが、巨大なクリスタルの間に絶え間なく響き渡る。天井からはボロボロと瓦礫が降り注ぎ、足元の床は不気味な振動を繰り返している。中央に聳え立つクリスタルは、明滅を繰り返し、いつ暴走してもおかしくない危険な光を放っていた。


「クソッ! あのデカブツ倒したら、今度は施設ごと崩壊しやがるってのかよ! 最悪だ!」

 アタシは悪態をつきながら、目の前の絶望的な状況を把握しようと努めた。プロは、どんな状況でも諦めない。…いや、諦めたら死ぬだけだ。


「イヴ! しっかりしろ! ここから出るぞ!」

 アタシは、まだ少し混乱が残っている様子のイヴの手を強く掴んだ。その手は、ひんやりと冷たい。

「…はい、レン…!」

 イヴも、アタシの声に頷き、青い瞳に意志の光を取り戻す。


 アタシたちは、来た道を戻ろうと通路へと駆け出した。しかし、そこには無慈悲な現実が待ち受けていた。

「レン、ダメです! 通路が崩落しています!」

 イヴが叫ぶ。彼女の言う通り、先ほどまで通ってきたはずの通路は、大量の瓦礫で完全に塞がれてしまっていたのだ。別のルートを探そうにも、施設のシステムアナウンス通り、各所で分厚い隔壁が、重々しい音を立てて閉鎖され始めている。


「チッ! まるで袋のネズミじゃねえか!」

 焦りが募る。このままでは、このエデンとかいう呪われた遺跡と心中だ。


「待ってください、レン!」

 イヴが、目を閉じて何かに集中するように立ち止まった。彼女の周囲の空気が、微かに揺らぐ。

「施設の構造データにアクセス…残存している避難経路情報を検索します。……ありました! この施設の地下セクターに、緊急避難用の小型シャトルポートが存在する可能性があります! 脱出艇が残っていれば…!」


「地下セクター!? よし、そっちへ向かうぞ! ルートは分かるか!?」

「はい! 最短ルートを算出します! こちらです、レン!」


 イヴのナビゲートを頼りに、アタシたちは崩れゆく施設の中を走り始めた。天井がいつ落ちてきてもおかしくない。床がいつ抜け落ちても不思議ではない。そんな極限状況の中を、アタシたちは互いを励ますように、ただひたすらに走り続ける。


 地下へと続く通路もまた、地獄のような有様だった。所々で配管が破裂し、高熱の蒸気が噴き出している。ショートした配線が火花を散らし、壁が崩れて道を塞ぐ。


「うわっ!」

 突然、頭上から大きなコンクリート片が落下してきた! アタシは咄嗟にイヴを突き飛ばし、自身も転がり込むようにして回避する!


「レン!」

 イヴが悲鳴に近い声を上げる。

「平気だ! プロはこれくらいじゃ…!」

 強がって立ち上がろうとしたアタシの目に、イヴの苦しげな表情が映った。


「イヴ? どうしたんだ!?」

「…いえ、なんでも…ありま、せん……ただ……頭の中に…何かの映像が……」

 イヴは頭を押さえ、顔を歪めている。やはり、さっきのクリスタルとの共鳴が、彼女に何らかの影響を与えているらしい。記憶の断片のようなものが、フラッシュバックしているのかもしれない。


「無理すんな、イヴ! アタシがなんとかする!」

 アタシはイヴの肩を支え、再び走り出した。こいつを守る。絶対に、ここから連れ出す。その想いだけが、アタシを突き動かしていた。


「レン、前方の隔壁が閉鎖され始めています! 残り時間は約10秒!」

 イヴが苦しい息の下から警告する。目の前では、分厚い金属の扉が、ゆっくりと、しかし確実に閉まっていく!


「間に合わねえ!」

「…いいえ、間に合わせます!」

 イヴが叫ぶと、彼女の瞳が再び淡く光った! 閉じかけた隔壁の制御パネルが火花を散らし、扉の動きが一瞬だけ停止する!


「今です、レン!」

「おう!」


 アタシたちは、停止した隔壁のわずかな隙間を、滑り込むようにして通り抜けた! 背後で、隔壁が完全に閉鎖される重い金属音が響く。


「はぁ…はぁ…やったな、イヴ! アンタ、すげえじゃねえか!」

「…施設の旧式システムに、一時的に干渉しただけです…。ですが、負荷が…」

 イヴの顔色は、明らかに悪くなっていた。無理をさせてしまった。


 それでも、アタシたちは足を止めなかった。施設の揺れは、ますます激しくなっている。壁の亀裂は広がり、天井からは絶えず何かが降り注いでくる。


「レン、もう少しです! シャトルポートはこの先に!」


 イヴの声に励まされ、アタシたちは最後の力を振り絞って走り抜けた。そして、ついにたどり着いたのだ。広大な、ドーム状の空間。そこには…!


「…あった!」


 壁際に並ぶようにして、数機の小型宇宙艇…いや、おそらくは大気圏内用の脱出艇だろう、旧式のそれが、埃をかぶったまま残されていたのだ! 希望の光が見えた!


 だが、喜んだのも束の間。施設全体の崩壊は、もう最終段階に入っているようだった。天井のドーム部分に巨大な亀裂が走り、そこから外の(異常な色の)空が見えている。いつ、この空間自体が崩落してもおかしくない!


「イヴ! こいつを動かせるか!?」

 アタシは、一番損傷の少なそうな脱出艇のコックピットに飛び乗りながら叫んだ。制御パネルは、旧式だがまだ生きているように見える。


「…試してみます! システム構造は、私のデータベースにある旧時代の標準規格と類似しています! レン、メインエネルギーラインへの接続をお願いします!」


 イヴも隣のシートに座り、パネルに指先を走らせる。アタシは指示された通り、予備バッテリーからケーブルを引き出し、脱出艇のエネルギーポートへと接続した!


 ブゥゥゥン……


 低い起動音が響き、コックピット内のランプがいくつか点灯した! 動く! こいつはまだ飛べるぞ!


 しかし、同時に、背後から地鳴りのような轟音が迫ってきた。振り返ると、アタシたちが通ってきた通路が、完全に崩れ落ちていくのが見えた。エデンの崩壊は、もう止められない!


「急げ、イヴ!」

「はい! エンジン、始動シーケンス開始! …カウントダウン、5、4、3……」


 アタシは操縦桿を握りしめ、イヴのカウントダウンに合わせて、スロットルを最大まで押し込む準備をする。


「2、1……エンジン、点火!」


 轟音と共に、脱出艇のエンジンが火を噴いた! 機体が激しく振動する!


「行くぞォォォッ!!」


 アタシは叫び、脱出艇を発進させた! 背後では、エデンが断末魔のような轟音を立てて、巨大な構造物ごと崩れ落ちていく。


 アタシたちは、間一髪、崩壊する禁断の園から、空へと飛び出したのだった――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る