第17話 目覚めた番人と、二人の決死行

 けたたましい警報音が、エデンの中心部であるクリスタルの間に鳴り響く。赤い警告灯が明滅し、目の前には、暗闇から現れた巨大な戦闘ロボット――旧時代の番人が、その無機質な赤い単眼レンズをギラリと光らせて立ちはだかっていた。全身を覆う重厚な装甲、両腕に装備された物々しい火器。こいつは、アタシがこれまで相手にしてきたミュータント獣やチンピラどもとは、明らかにレベルが違う。


「イヴ! オマエは下がってろ! こいつはアタシがやる!」

 アタシはオートマチックを固く握り締め、背後でまだ混乱しているイヴをかばうように叫んだ。プロとして、ここで引くわけにはいかない。たとえ相手が、旧時代の化け物じみた兵器だとしても!


 しかし、アタシの威勢とは裏腹に、イヴはまだクリスタルと共鳴した影響から抜け出せていないようだった。頭を押さえ、苦しげに呻いている。

「レン……あたまが……記憶が……」


 その間にも、ガーディアンロボットは動き出した。重々しい金属の足音を響かせ、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。そして、右腕に装備されたガトリングガンが、唸りを上げて回転を始めた!


「チッ!」

 アタシは咄嗟に近くにあった、分厚いコンソールパネルの残骸の陰へと飛び込んだ! 直後、凄まじい連射音が部屋中に轟き、アタシが隠れた遮蔽物に火花と共に無数の弾丸が叩き込まれる!


(クソッ、硬えな! プロの攻撃が効かねえ!)

 物陰から応戦しようと数発撃ち込んでみるが、案の定、ガーディアンの分厚い装甲はアタシの拳銃弾をいとも簡単に弾き返してしまう。威力不足だ。これじゃあジリ貧だ。


 ガーディアンはガトリングガンの連射を止めると、今度は左腕のレーザーキャノンをチャージし始めた。蒼白い光が、砲口に収束していく。まずい、あれを食らったらひとたまりもない!


 アタシは遮蔽物から飛び出し、床を転がるようにしてレーザーの発射軸から逃れる! 直後、強烈な光線がアタシがいた場所を薙ぎ払い、壁の一部を溶解させた!


「危ねえ……!」

 冷や汗が噴き出す。こんな化け物相手に、どうやって戦えっていうんだ!?


 その時だった。

 衝撃で我に返ったのか、うずくまっていたイヴが、はっと顔を上げた。その青い瞳には、もう混乱の色はない。代わりに、強い意志の光と、そして…アタシには読み取れない、何か別の…怒りのような感情が宿っているように見えた。


「レン!」

 イヴが、これまで聞いたこともないような、鋭い声で叫んだ。

「あのガーディアンは『タイプ・ケルベロス』! 大崩壊前の、対ミュータント用として開発された自律型鎮圧兵器です! 装甲は前面及び上面に集中しています! 弱点は、関節部の駆動系、それと…背面に露出している冷却ユニット!」


(ケルベロス…? こいつ、なんでそんなことを…?)

 疑問は浮かんだが、今はそれどころじゃない。イヴの情報は、この絶望的な状況を打開するための、唯一の希望の光だ!


「サンキュ、イヴ! さすがアタシの相棒だ!」

 アタシは叫び返し、再び戦闘態勢に入る。ケルベロスの注意を引きつけ、なんとかして背後に回り込む!


「プロのバイクテクがあれば楽勝なんだがな…!」

 悪態をつきながら、アタシは部屋の中に散乱する瓦礫や、半壊したコンソールパネルを利用し、ケルベロスの巨体を翻弄するように動き回る。ケルベロスは巨体に似合わず動きは鈍重ではないが、アタシの身軽さにはついてこれていない。


「レン、3秒後、右腕ガトリングによる牽制射撃! その後、左腕レーザーチャージ開始!」

 イヴが、ケルベロスの攻撃パターンを的確に予測し、警告を発してくれる。

「脚部の関節を狙ってください! そこを破壊すれば、動きを大幅に制限できるはずです!」


 アタシはイヴの指示通り、ケルベロスがガトリングを撃ち終えた一瞬の隙を突き、その太い脚部の関節部分目掛けて、オートマチックの弾丸を集中させた!


 ガギンッ! ギャリリッ!


 硬い金属音が響き、火花が散る! 完全には破壊できないまでも、確かなダメージを与えた手応えがあった! ケルベロスの動きが、明らかに鈍くなる。


「よし! もう一息…!」

 アタシはさらに回り込み、今度は背面の冷却ユニットを狙おうとした。だが、ケルベロスもさるもの。巨体を強引に旋回させ、アタシの動きを阻もうとしてくる!


「レン、危険です!」

 イヴの声が響く。


(クソッ、回り込めねえ…!)

 焦りが募る。このままじゃ、また体勢を立て直されちまう!


 その時だった。

「…ケルベロス。旧時代の遺物。…あなたも、ここで永い間、独りだったのですね」

 イヴが、静かな、しかし凛とした声で、ケルベロスに向かって語りかけたのだ。


『……侵入者ヲ、排除スル……』

 ケルベロスから、合成音声のような無機質な声が返ってくる。


「いいえ」

 イヴは首を振った。

「あなたの役目は、もう終わりました。この『エデン』と共に、安らかに眠るべきです」

 そう言うと、イヴは両手を前に突き出し、目を閉じた。彼女の体から、再び淡い青白い光が放たれ始める。それは、クリスタルと共鳴した時と同じ光。けれど、今度は苦しげではなく、どこか制御されているような、強い意志を感じさせる光だった。


『…警告。未知ノ干渉ヲ検知。システムエラー……』

 ケルベロスの動きが、明らかに混乱し始めた。赤い単眼レンズが、不規則に明滅する。イヴの放つ光が、ケルベロスの制御システムに干渉しているのか!?


「イヴ!?」

 アタシが驚いて声をかける。イヴは目を開け、アタシに向かって叫んだ!

「レン! 今です! 背面の冷却ユニットを!」


 今がチャンスだ! アタシはイヴの作った隙を決して無駄にしない! プロとして!

 アタシは最後の力を振り絞り、混乱して動きの止まったケルベロスの背後へと駆け込んだ! そして、露出している冷却ユニットと思われる部分に、二丁のオートマチックの銃口を突きつけ、ありったけの弾丸を叩き込んだ!!


 ドドドドドドドドドッ!!!


 激しい銃声と、金属が砕ける甲高い音! 冷却ユニットから、火花と煙が激しく噴き出す!


『ギャ……システム……ダウン……シャット……ダウン……』


 ケルベロスは、最後の呻き声のような電子音を残し、その巨大な体をゆっくりと傾かせ……そして、轟音と共に床に崩れ落ち、完全に沈黙した。


「……はぁ……はぁ……やった、か……?」

 アタシはその場にへたり込み、荒い息をついた。

「……プロの、勝利…だ……」


 しかし、アタシたちが安堵したのも束の間だった。

 ケルベロスを倒した衝撃が引き金になったのか、部屋全体が、先ほどとは比べ物にならないほど激しく揺れ始めたのだ! 天井から、ボロボロと大きな瓦礫が落ちてくる! 中央のクリスタルも、危険な光を明滅させ、亀裂が走っているように見える!


『警告! 警告! コアシステム、臨界間近! 緊急シャットダウンシーケンスに移行! 全ての隔壁を閉鎖します! 施設は間もなく崩壊します!』


 無機質なアナウンスが、けたたましく鳴り響く!

「なっ……崩壊!?」

「レン! 早くここから脱出しないと!」


 エデンの番人は倒した。だが、それによって、この禁断の園そのものが、アタシたちを飲み込もうとしている! 新たな、そして最大の危機が、アタシたちに迫っていた!

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