第16話 クリスタルの囁きと、目覚めた番人
巨大なクリスタルの柱が聳え立つ、エデンの中心部らしき部屋。壁一面に並ぶ旧時代のコンソールパネル。そして、床や壁を侵食する奇妙な発光植物。その異様な光景に、アタシはただ息を呑むしかなかった。部屋全体が、静かな、しかし途方もないエネルギーで満ちているような、奇妙な圧迫感がある。
「…とんでもねえモンだな、こいつは…。一体、何なんだ?」
アタシが思わず呟くと、隣にいたイヴが、まるで引き寄せられるように、ゆっくりとクリスタルへと近づいていった。
「イヴ? おい、危ねえかもしれねえぞ!」
アタシが慌てて制止しようとするが、イヴは聞こえていないかのように、クリスタルの数メートル手前で立ち止まり、その表面をじっと見つめている。
「レン、この結晶体からは、極めて高レベル、かつ未知のエネルギー反応を検出します。そして……内部に膨大なデータパターンが記録されているようです。これは単なるエネルギー源ではありません。おそらくは…情報記録媒体、あるいは、何らかの制御中枢としての機能も…」
イヴは、その大きな青い瞳でクリスタルを分析しながら、淡々と報告する。けれど、その声には、普段の冷静さとは違う、どこか惹きつけられているような響きがあった。
アタシは周囲を警戒しつつ、部屋の壁際に並ぶコンソールパネルの一つに目をつけた。他のパネルは完全に沈黙しているのに、それだけが、微かにバックライトを灯し、かろうじて稼働しているようだったのだ。
「…こいつはまだ生きてるな。何か情報が残ってるかもしれねえ」
アタシはプロの勘でそう判断し、パネルに近づいて操作を試みた。幸い、物理的な破損は少ないようだ。旧式のインターフェースに悪戦苦闘しながらも、アタシは持ち前の機械いじりのスキルで、内部システムへのアクセスを試みる。
「チッ、セキュリティが面倒だな…。だが、プロの手にかかれば…!」
独り言を呟きながら、いくつかのコードを打ち込み、バイパス回路を構築していく。すると、アタシの背後からイヴの声がした。
「レン、私が代わります。このシステムのプロトコルは、私の基本OSと互換性があるようです。アクセス権限の奪取を試みます」
いつの間にか隣に来ていたイヴが、コンソールパネルにそっと白い指先を触れさせた。すると、彼女の青い瞳が淡く明滅し始め、パネルのディスプレイには、アタシには到底理解できない速度で、膨大なコードが流れ始めた。
「お、おい、大丈夫なのかよ、イヴ?」
「問題ありません。……旧時代の多重暗号化セキュリティですね。ですが、脆弱性を発見。…解析中……解除コード生成……アクセス成功。施設のメインデータベースへの接続を確立しました。研究記録、ログデータを一部回収します」
数分もかからずに、イヴは旧時代の高度なセキュリティを突破してしまった。…こいつ、やっぱりただのアニマ・マキナじゃない。
イヴは、回収したデータを自身のメモリーにダウンロードしながら、その内容をアタシに伝えてくれた。
「レン、この施設…コードネーム『エデン』は、記録によれば、大崩壊後の地球環境再生、及び…『選抜された人類の遺伝子情報に基づく、新人類創生計画』を目的とした、極秘の研究プロジェクトの拠点だったようです」
「新人類……創生計画……?」
とんでもない単語が飛び出してきた。
「はい。記録には、高度な遺伝子工学、ナノテクノロジー、そして人工知能…特に、自律進化型AIと、私たちアニマ・マキナに関する記述が多数含まれています。ですが……」
イヴの声が、少しだけ曇った。
「プロジェクトは、ある時点から予期せぬ方向に進んだようです。研究者間の対立、倫理的問題、そして……制御不能となった『何か』の暴走。最終的に、施設は放棄され、封鎖された、と……断片的なログには記録されています」
制御不能となった、何か……。アタシは背筋に冷たいものが走るのを感じた。その時、イヴが「あっ…」と小さな声を上げた。彼女の視線は、コンソールに表示された、あるデータファイルに釘付けになっている。
「レン……これ……は……?」
画面に映し出されていたのは、一体のアニマ・マキナの設計図と、その起動、そして学習に関する詳細なログデータだった。そして、その設計図は……アタシの隣に立つ、イヴ自身の姿と、寸分違わなかったのだ。
「私の……記録……? なぜ、ここに……?」
イヴが自身のデータに触れた、その瞬間だった。
ゴォォォォォッ!!
部屋の中央に聳え立つ巨大なクリスタルが、突如として激しい光を放ち始めた! 青白い光が部屋全体を満たし、壁や床がビリビリと振動する!
「うわっ!?」
「きゃっ……!」
そして、クリスタルの光に呼応するように、イヴの体もまた、淡い光に包まれた!
「レン……! あたま、が……何かが……流れ込んで……!」
イヴは苦しそうに頭を押さえ、その場にうずくまってしまう。彼女の頭の中に、おそらくはこのエデンで記録されたであろう、膨大な情報や、あるいは……誰かの記憶のようなものが、強制的に流れ込んできているのかもしれない!
「おい、イヴ! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
アタシは慌ててイヴのそばに駆け寄り、その肩を支える。イヴの体は小刻みに震え、青い瞳は焦点が合っていない。
ピ―――――ッ! ピ―――――ッ!
その時、部屋全体にけたたましいアラーム音が鳴り響いた! 赤い警告灯が激しく点滅し、壁のスピーカーから、無機質な合成音声が響き渡る!
『警告。未認証アクセスによる、クリスタル・コアへの異常干渉を確認。防衛シーケンス、レベル3に移行。侵入者を排除します』
まずい! イヴがデータに触れたことで、この施設の防衛システムを起動させちまったんだ!
ゴゴゴゴゴ……!
重い地響きと共に、部屋の奥、クリスタルの背後にあった巨大な壁の一部が、ゆっくりと左右にスライドしていく。そして、その暗闇の中から、赤い単眼レンズをギラリと光らせながら、巨大な影が現れた!
それは、旧時代の戦闘用に設計されたであろう、大型の四足歩行ロボットだった。全身を厚い装甲で覆い、両腕にはガトリングガンやレーザーキャノンらしき武装が搭載されている。明らかに、アタシたちがこれまで遭遇してきたミュータント獣やチンピラとは、次元の違う脅威だ。
「チッ……! 最悪のタイミングで、とんでもねえのがお目覚めかよ!」
アタシは悪態をつきながら、二丁のオートマチックを構える。混乱して動けないイヴを背後にかばうように、その巨大な番人――エデンのガーディアンと、対峙した。
「プロはな、どんなピンチにも動じねえんだよ!」
強がりを叫び、アタシは戦闘態勢に入る。エデンの深部に眠っていた本当の脅威が、ついに牙を剥いたのだ。この絶体絶命の状況を、アタシたちは切り抜けられるのか!?
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