第15話 禁断の園への扉と、ざわめく記憶
目の前にそびえ立つ、巨大なドーム状の建造物。それが、旧時代の記録に僅かに残されていた未知の遺跡、「エデン」なのだろうか。表面は滑らかな金属質に見えるが、所々に亀裂が走り、奇妙な蔦のような植物がびっしりと絡みついている。周囲の空気は、依然としてピリピリとした異常な気配に満ちており、ここが尋常な場所ではないことを物語っていた。
「…でけえな。これが本当に全部、旧時代の建造物だってのか?」
アタシはラピッドフェザーを降り、ドームを見上げながら呟いた。その威容は、畏敬の念と同時に、言いようのない不安感を掻き立てる。
「はい、レン。構造分析によれば、これは単一の複合施設である可能性が高いです。内部はおそらく、複数のセクターに分かれていると推測されます」
隣に立つイヴが、冷静に報告する。彼女の青い瞳もまた、目の前の巨大な建造物をじっと見つめていた。
「入り口はどこだ…?」
アタシたちは、ドームの壁に沿ってバイクでゆっくりと移動し、侵入できそうな場所を探した。しばらく進むと、巨大な搬入口らしきゲートが見つかった。旧時代の厳重なセキュリティシステムが設置されていたであろう痕跡が残っているが、その分厚い装甲扉は、まるで巨大な獣にこじ開けられたかのように歪み、半開きのまま固まっていた。
「…先客がいた、ってことか。それも、相当な手練れか、あるいは…」
あるいは、人間ではない「何か」か。嫌な想像が頭をよぎる。
「イヴ、内部の状況は分かるか?」
「いいえ、レン。この施設の特殊な磁場、あるいは意図的な妨害電波により、外部からの詳細なスキャンは困難です。内部の状況は、進入してみなければ分かりません」
「…チッ、結局、行き当たりばったりかよ。まあ、プロは臨機応変に対応するもんだけどな」
アタシは覚悟を決め、バイクを安全な場所に隠すと、武器のチェックを入念に行った。オートマチックには予備マガジンをフル装填。ナイフの切れ味も確認。懐中電灯、サバイバルキット、そしてイヴのためのポータブル充電器。準備は万端だ。
「行くぞ、イヴ。アタシから絶対に離れるな。何があってもだ」
「はい、レン。あなたの指示に従います」
歪んだ扉の隙間から、アタシたちは慎重にエデンの内部へと足を踏み入れた。
中は、予想通り薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。外の荒野とは全く違う、密閉された空間特有の匂い。カビ臭さ、金属の錆びる匂い、そして…微かに、薬品のような匂いも混じっている気がする。
通路と思われる空間は広大だったが、照明のほとんどは機能を停止しており、アタシのヘッドライトと懐中電灯の明かりだけが頼りだ。壁や天井は、旧時代の高度な技術を感じさせる滑らかな素材でできているが、所々に大きな亀裂が走り、そこから壁画のように奇妙な植物が侵食している。その植物は、自ら淡い光を放っているものもあり、通路全体を幻想的でありながらも不気味な雰囲気に染め上げていた。
「…なんだか、気味が悪いな」
アタシが呟くと、イヴが答えた。
「レン、この植物はデータベースに存在しません。未知の種である可能性が高いです。また、空気中の成分に、微量ですが未確認の粒子状物質を検出。人体への影響は不明ですが、注意が必要です」
「へいへい、分かってるよ」
アタシたちは、中央にあると思われる制御区画を目指し、迷路のような通路を進んでいった。時折、床に転がる壊れた機械の残骸や、壁に残る引っ掻き傷のようなものを見つける。やはり、ここにはアタシたち以外の誰か、あるいは何かがいる可能性が高い。
探索を進める中で、イヴは時折、特定の場所や、壁に埋め込まれたパネルのような装置の前で足を止め、考え込むような素振りを見せるようになった。
「イヴ? どうした? 何か分かったのか?」
アタシが尋ねると、イヴはゆっくりと顔を上げた。その青い瞳には、困惑のような色が浮かんでいる。
「…いえ、何も。ただ……この場所の構造、この空気の流れ、この微弱なエネルギー反応……どこかで、経験したことがあるような……そんな、奇妙な感覚がします。私の記憶データには、該当する記録は存在しないはずなのですが……」
(記憶にない経験…? アニマ・マキナに、そんなことがあんのか?)
アタシは眉をひそめた。イヴのその反応は、単なるアンドロイドの機能不全とは思えなかった。このエデンという場所が、イヴ自身に何か特別な影響を与えているのかもしれない。
そんなことを考えていると、突然、前方の通路の奥から、カシャカシャ、という金属音と共に、複数の赤い光がこちらに向かってくるのが見えた!
「チッ、お出ましか!」
アタシは即座に銃を構える。現れたのは、蜘蛛のような多脚を持つ、小型の警備ドローンだった。旧時代の遺物だろうが、まだ稼働しているらしい。その赤い単眼レンズが、不気味にアタシたちを捉えている。
ドローンは、警告音を発することなく、いきなり小型のレーザーを発射してきた!
「うおっ!」
アタシは咄嗟にイヴを突き飛ばし、自身も物陰に飛び込む! プロの反射神経だ!
「レン、敵は小型警備ドローン、計6機! 武装は低出力レーザー! 回避行動を!」
イヴが冷静に状況を報告する。
「分かってる! 数が多いな、厄介だ!」
アタシは物陰から応戦するが、ドローンは素早く動き回り、連携して攻撃してくる。レーザーは威力こそ低いものの、数が多いと厄介だ。
「イヴ! 何か弱点はねえのか!?」
「解析中…! レン、あのドローンは、おそらく旧式の赤外線センサーでターゲットを捕捉しています! 強い光か熱源で、センサーを一時的に麻痺させられるかもしれません!」
「強い光…!」
アタシは懐中電灯の出力を最大にし、さらに持っていた発煙筒に火をつけた! 狭い通路に、眩い光と濃い煙が充満する!
キーキー! とドローンが混乱したような電子音を発した。センサーが狂ったのだろう。
「今だ!」
アタシは煙幕の中から飛び出し、動きの鈍ったドローンに向けて、的確に弾丸を撃ち込んでいく! 数分後、全てのドローンは沈黙した。
「…ふう、なんとかなったか。やるじゃねえか、イヴ!」
「レンの咄嗟の判断と実行力によるものです」
イヴは淡々と答えるが、その声には微かな安堵が感じられた。
いくつかの障害を乗り越え、アタシたちはついに、施設のより深部へとたどり着いた。そこは、他の区画とは明らかに違う空気が漂っていた。比較的損傷が少なく、照明も一部が点灯しており、壁には複雑なコンソールパネルが並び、部屋の中央には…巨大な、クリスタルの柱のようなものが聳え立っていたのだ。
そのクリスタルは、内部から淡い青白い光を放ち、周囲には複雑なエネルギーフィールドのようなものが展開されている。旧時代の、とてつもない技術力の結晶であることは間違いなかった。これが、エデンの心臓部なのか…?
アタシとイヴは、息をのみ、目の前の光景に立ち尽くした。このクリスタルは何なのか? そして、この施設の本当の目的とは? エデンの秘密が、ついにそのベールを脱ごうとしているのかもしれない。強い予感と、それ以上の計り知れない緊張感が、アタシたちの体を包み込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます