第6話 ガラクタ市場の交渉術と、アニマ・マキナの学習

 ダストピットの安宿のベッドは、案の定、アタシの体をバキバキにしてくれた。まるで岩の上で寝たみたいだ。プロたるもの、どんな環境でも最高のパフォーマンスを発揮できなきゃいけないんだが…まあ、たまにはこういう日もある。


 床で静かに充電モードに入っていたイヴは、アタシが起き出すのとほぼ同時にシステムを再起動させたようだった。その滑らかな動きには、未だに慣れない。昨日アタシが買い与えた、少し色褪せたカーキ色のパーカーと丈夫そうなパンツに着替えた彼女は、どこかの探検家みたいにも見える。…まあ、アニマ・マキナだからな。何を着てもサマになるのかもしれないが。


「レン、おはようございます。睡眠すいみんは十分じゅうぶんに取とれましたか? レンは有機ゆうきボディであるため、定期的ていきてきな休息きゅうそくが不可欠ふかけつです」

「……うるせえ。分かってるっつーの」


 その口調は、昨日よりさらに自然になっている気がする。アニマ・マキナの学習能力ってのは、どうなってんだか。


 朝食は、宿で配給された固いパンと、水筒に残っていた水だけだ。味気ないにも程があるが、贅沢は言えない。プロは、与えられた状況で最善を尽くすものだ。…と、自分に言い聞かせる。イヴは相変わらず「栄養摂取は不要」と言いながらも、アタシが食べる様子をじっと観察していた。


「さて、と。出発前に、少し市場を回るぞ。弾薬と、バイクのパーツを補充しねえと」

「了解りょうかいしました。レンに随行ずいこうします」


 ダストピットの市場は、朝から活気に満ちていた。いや、活気というか、喧騒と呼んだ方が正しいかもしれない。ガラクタの山から掘り出された旧時代の部品、怪しげな薬草、出所不明の武器、そしてわずかな食料を求めて、様々な人間が押し寄せ、怒鳴り声や値切る声が飛び交っている。


 アタシは、目当てのジャンク屋を見つけると、手早く交渉を開始した。

「おい、オヤジ。この旧式のエネルギーパック、いくらで買う?」

「んあ? レンじゃねえか。相変わらず危ねえモンばかり漁ってやがるな。…そいつはまあ、見た目は綺麗だが、中身がどうだか。50クレジットってとこだな」

「はっ、足元見やがって。こいつはレアもんだぞ。プロの目利きをナメんな。最低でも150だ」

「無茶言うな! じゃあ間を取って…」


 丁々発止のやり取り。これも、この世界で生き抜くためのスキルだ。プロは交渉術も一流でなけりゃならない。なんとか納得のいく値段でパーツを売り払い、必要な弾薬と、ラピッドフェザー用の予備パーツを(これも値切り倒して)手に入れた。


 ふと隣を見ると、イヴがその一部始終を、大きな青い瞳でじっと観察していた。

「……レン、今いまの行為こういは『交渉こうしょう』ですね。提示ていじされた価格かかくに対たいし、自身じしんの希望きぼう価格かかくを主張しゅちょうし、相手あいての譲歩じょうほを引ひき出だす…興味深きょうみぶかい対人たいじんインタラクションです。特とくに、レンが相手あいての表情ひょうじょうの微細びさいな変化へんかを読よみ取とり、心理的しんりてきな揺ゆさぶりをかけた点てんは、有効ゆうこうな戦術せんじゅつと分析ぶんせきします。学習がくしゅうしました」


「……なっ! べ、別にそんな大したことじゃねえよ! プロなら当然だ!」

 妙に的確な分析に、アタシは思わずたじろぐ。こいつ、本当に何でも学習しやがる。変なこと覚えなきゃいいけど…。


 市場の片隅で、数人の子供たちが、ガラクタで作ったような奇妙なコマを回して遊んでいた。キャッキャと楽しそうな声が響いている。イヴは、その光景に足を止め、じっと見つめていた。


「彼かれらは『遊あそび』という行為こういを行おこなっていますね。エネルギー効率こうりつの観点かんてんからは非生産的ひせいさんてきですが、表情ひょうじょうからは高たかい満足度まんぞくどとポジティブぽじてぃぶな感情かんじょうが読よみ取とれます。人間にんげんにとって『遊あそび』とは、どのような意味いみを持もつのですか、レン?」


「さあな。ガキのやることなんざ、アタシには分からねえよ」

 アタシはぶっきらぼうに答えて、先を急ごうとした。

「おい、行くぞ、イヴ。プロは無駄な時間は過ごさないもんだ」


「了解りょうかいしました」

 イヴは素直に頷き、アタシの後をついてくる。そして、小さな声で呟いた。

「プロは、無駄むだな時間じかんは過すごさない…ですね。記録きろくします」


「…だから、真似すんなって!」

 アタシは自分の口癖を繰り返され、思わず顔をしかめた。なんだか、イヴにからかわれているような気分になる。


 集落の出口へと向かう途中、道端でしゃがみ込んでいる老人を見かけた。古い型の浄水装置らしきものを前に、途方に暮れたような顔をしている。周囲の人間は、見て見ぬふりをして通り過ぎていく。


「……チッ、面倒だな……」

 アタシは舌打ちし、一度は通り過ぎようとした。だが、足が止まってしまう。プロは非情であるべきだ、分かってる。でも……。


「…おい、じいさん。困ってんのか? そのガラクタ、壊れたのか?」

 結局、声をかけてしまっていた。老人は驚いた顔でアタシを見上げる。

「おお、嬢ちゃん……いやはや、この浄水器が動かんようになってしもうてな。これがないと、飲み水もままならんのじゃが……」

「ふん、どれ、見せてみろ。アタシはプロの運び屋だが、機械いじりも得意なんでな。プロの腕、貸してやるよ」


 アタシは、ぶっきらぼうに言いながら、浄水装置を調べ始めた。構造は単純だが、部品がかなり劣化しているようだ。いくつかパーツを交換すれば、まだ動くかもしれない。

「イヴ、この辺りのジャンク屋で、型番〇〇のコンデンサと△△のフィルターを探してきてくれ。金はこれを使え」

 アタシはイヴに指示を出し、クレジットを渡す。


「了解りょうかいしました。…ですが、レン。この装置そうちの内部ないぶ回路かいろ図ずはお持もちですか? 私わたしのデータベースに、類似るいじモデルの構造こうぞう情報じょうほうがありますが、表示ひょうじしましょうか?」

「……は? なんだ、そんなもんまで入ってんのか、アンタ」

「旧きゅう時代じだいの基礎きそ技術ぎじゅつデータは網羅もうらしていますので」


 イヴが、手のひらから淡い光を放ち、空中に浄水装置の複雑な回路図を立体的に投影してみせた。……こいつ、やっぱりとんでもない代物だ。

「…お、おう。助かる……」


 結局、イヴのサポートのおかげで、浄水装置は思ったよりも早く修理することができた。老人は涙を流さんばかりに喜び、「ありがとう、ありがとう嬢ちゃん! それから、そっちの別嬪さんも!」と何度も頭を下げ、お礼にと手作りの干し肉を差し出してきた。


「これが『感謝かんしゃ』……」

 イヴが、干し肉と老人の笑顔を見比べながら、小さく呟いた。

「記録きろくされている情報じょうほうだけでは理解りかいできなかった感情かんじょうです。でも……なんだか、温あたたかい気きがします」

 その言葉に、老人も、そしてアタシも、少しだけ驚いた顔をした。


 アタシは照れ隠しに、干し肉をひったくるように受け取り、「…別に、礼なんていらねえよ。プロの仕事をしたまでだ。じゃあな、じいさん」と、足早にその場を離れた。


 ダストピットを出発し、再び荒野へとバイクを走らせる。夕日が、地平線を赤く染めていた。

 バイクの後部座席で、イヴが今日の出来事を反芻するように、覚えたての言葉を静かに呟いているのが聞こえる。

「プロは…交渉こうしょう…感謝かんしゃ…温あたたかい感情かんじょう……」


 そして、不意に。

 こてん、と軽い衝撃と共に、イヴがアタシの背中に自分の額を当ててきた。ヘルメット越しに、その存在がやけに近く感じられる。


「レン、やはりあなたの体からだは温あたたかいです。この状態じょうたいは、私わたしの感情かんじょうプロセッサに良好りょうこうな影響えいきょうを与あたえるようです」


「なっ…!? だ、だからひっつくなって言ってんだろ!」

 アタシはまたしても激しく動揺し、バイクのハンドルを握りしめた。けれど、その温かさを、今度はどうしても振り払うことができなかった。心臓が、うるさいくらいに鳴っている。


(クソッ……なんなんだよ、こいつ……!)


 少しずつ、でも確実に変化していくアニマ・マキナ。そして、それに振り回されっぱなしのアタシ。この奇妙な二人旅は、まだまだ予測不能なことばかりだ。


 プロとして、気を引き締めねえとな。

 そう自分に言い聞かせながら、アタシは夕日に向かって、ラピッドフェザーのアクセルを、さらに強く開けた。

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