第4話 荒野の風と、アニマ・マキナの問い
遺跡のひんやりとした闇を後にし、アタシの愛機「ラピッドフェザー」は乾いた大地へと躍り出た。エンジンの咆哮が、静寂を切り裂く。背後には、あの厄介な拾い物――アニマ・マキナのイヴを乗せて。
見渡す限り、赤茶けた荒野が広がっていた。崩れかけた旧時代のハイウェイの残骸、風化して奇妙な形になった岩々、そして遠くには、巨大なビルだったものか、歪んだ鉄骨のシルエットが陽炎のように揺らめいている。文明が滅んだ後の、広大で、どこまでも続く荒涼とした景色。これがアタシたちの世界の日常だ。
「……プロの運転は、ちっとばかし荒いからな! しっかり掴まってろよ!」
内心の動揺――戦闘の疲労と、後ろに乗せた正体不明のアニマ・マキナへの警戒心――を振り払うように、アタシはわざと威勢よく叫び、バイクのスピードを上げた。ラピッドフェザーは、その名の通り、鳥のように軽やかに荒れた大地を疾走する。
けれど、後ろに乗っているイヴは、アタシの予想に反して、悲鳴一つ上げなかった。それどころか、アタシのジャケットを掴むでもなく、しかし完璧なバランスで後部シートに座り、流れていく景色をその大きな青い瞳で静かに見つめているようだった。時折、ヘルメット越しに、彼女の小さな声が聞こえてくる。
「レン、あの<ruby>赤茶<rt>あかちゃ</rt></ruby>けた<ruby>大地<rt>だいち</rt></ruby>の<ruby>成分<rt>せいぶん</rt></ruby>は<ruby>酸化鉄<rt>さんかてつ</rt></ruby>が<ruby>主<rt>おも</rt></ruby>と<ruby>推測<rt>すいそく</rt></ruby>されます。かつて<ruby>豊<rt>ゆた</rt></ruby>かな<ruby>水<rt>みず</rt></ruby>と<ruby>緑<rt>みどり</rt></ruby>があった<ruby>証左<rt>しょうさ</rt></ruby>でしょうか?」
「…うるせえな、黙って乗ってろ」
「あの<ruby>空<rt>そら</rt></ruby>を<ruby>飛<rt>と</rt></ruby>ぶ<ruby>鳥<rt>とり</rt></ruby>のような<ruby>機械<rt>きかい</rt></ruby>は? <ruby>旧<rt>きゅう</rt></ruby><ruby>時代<rt>じだい</rt></ruby>の<ruby>偵察機<rt>ていさつき</rt></ruby>の<ruby>残骸<rt>ざんがい</rt></ruby>ですか?」
「…見りゃわかんだろ、ただの鉄クズだ」
アタシはぶっきらぼうに答えながらも、内心では少しだけ舌を巻いていた。目にしたものから、瞬時に情報を分析し、推測を立てているらしい。そのくせ、質問の内容はどこか子供のように純粋で、そのギャップに調子が狂う。
日が傾き始め、アタシは比較的安全そうな岩場を見つけてバイクを止めた。そろそろ野営の準備をしないと、夜の荒野はミュータント獣たちの狩場になる。
「水場の確保が最優先だ。プロは常に先を読む」
独り言を呟きながら、アタシは近くの涸れかけた川筋へと向かう。幸い、岩の隙間から僅かながら水が湧き出ている場所を見つけた。携帯用のフィルターで慎重に水を濾過し、水筒を満たす。イヴは、アタシの後ろからその様子をじっと観察していた。
「レン、その>行為>は生命維持に>必須なのですね。私に不要ですが、興味深い活動>です」
「……まあな。アンタと違って、人間は脆いんだよ」
アタシは水筒の水を一口飲み、携帯食料の乾パンを取り出した。味気ないが、生きるためには仕方ない。それをイヴにも差し出してみる。
「…食うか?」
「栄養摂取>は不要ですが……経験>として味覚データを取得>します」
そう言って、イヴは小さな口で乾パンをかじった。そして、数秒間何かを分析するように黙った後、報告してきた。
「食感>、硬度7。塩分濃度……>推定>1.2%。風味>……極めて>単調。データ登録>しました」
……やっぱり、こいつは人間じゃない。
そのくせ、アタシが知らないようなことを知っていたりもする。アタシが休憩中に見つけた、奇妙な形の植物について尋ねると、イヴはこともなげに答えた。
「それは『月の涙』と呼ばれる>希少植物>です。夜間に>微弱な光を放ち、根には>薬効成分>が含まれますが、同時に>軽度の幻覚作用も……」
「…へえ。アンタ、物知りなんだな」
「知識蓄積と参照は、私>の基本機能>ですから」
日が完全に落ち、空には無数の星が瞬き始めた。人工の光がないこの世界では、星々の輝きだけが圧倒的な存在感を放っている。アタシは岩陰で焚火をおこし、その日の寝床を確保した。最低限の見張り用の罠も設置する。
「プロは寝床の確保も、安全確認も怠らないもんだ」。
パチパチと音を立てて燃える炎を、イヴは不思議そうに、そしてどこか惹きつけられるように見つめていた。
「レン、この熱と光>の源は……燃焼という>化学反応>ですね。その揺らめきは予測困難>で非効率>ですが………なぜか、心が落ち着くような>感覚があります。これは何という感情>に分類>されるのでしょうか?」
「さあな。アタシに聞くな」
そんな哲学的(?)な問いに答えられるはずもなく、アタシはぶっきらぼうに返す。そして、燃え盛る炎を見つめながら、また独り言が漏れた。
「…こんな星空を見るのも、久しぶりか……。アイツらも、見てるかな……いや、いるわけねえか……」
過去の記憶が、不意に蘇る。苦い後悔と、どうしようもない喪失感。
黙ってアタシの独り言を聞いていたイヴが、静かに隣に移動してきた。そして、また、そっとアタシの腕に触れようとしてくる。
「レン、外気温の低下を確認。体温>も低下しています。この>接触は、熱の保持に>有効かと……」
「——っ! だから、ベタベタすんなって言ってんだろ!」
アタシは反射的にその手を振り払った。けれど、その声には、もう以前のような強い拒絶はなかった。むしろ、触れられた箇所にじんわりと残る、イヴの体温とは違うはずの温かさに、心臓がまた、ドキドキと煩く鳴っているのを自覚していた。クソッ、何なんだよ、これ……
イヴは、不思議そうな顔でアタシを見つめている。
「レン、やはりあなたの反応>は、私の論理エンジンでは理解>できません。接触>を拒否しながら、心拍数は上昇しています」
その、あまりにも的確な指摘に、アタシは返す言葉もない。ただ、燃える焚火の炎を睨みつけるように見つめるしかなかった。
荒野の長い、長い夜は、まだ始まったばかり。この奇妙なアニマ・マキナとの旅は、一体どこへ向かうのだろうか。プロとして、冷静さを保たなければ。そう思うのに、胸の奥のざわめきは、なかなか収まってくれそうになかった。
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