第3話 遺跡の洗礼と、プロの(?)連携

 遺跡の出口を示す、微かな外光。ようやくこの薄暗い迷宮から抜け出せる、とアタシが安堵しかけた、まさにその時だった。プロの勘、とでも言うべきものが、背筋に冷たい警告を送ってきた。


「……チッ、やっぱり出やがったか。歓迎はねえってのに」


 独り言と共に、アタシは即座に身構えた。暗がりの奥、アタシたちの背後から、複数の赤い光点がぬらり、ぬらりと現れる。低い唸り声と、カサカサと床を引っ掻くような不快な音。間違いない、この遺跡に巣食っていたミュータント獣だ。それも、かなりの数。見た目はデカいドブネズミにトカゲの鱗をくっつけたような、気色の悪い奴らだ。


「おい、イヴ!」

 アタシは隣に立つアニマ・マキナ――イヴに鋭く声をかける。

「アタシの後ろに隠れてろ! 絶対に前に出るなよ! プロの邪魔すんじゃねえぞ!」


 返事を待たずに、アタシは愛用の小型オートマチックを両手に構えた。軽量で取り回しが良く、連射も効く。こういう乱戦にはうってつけの相棒だ。


 キシャァァッ!という甲高い叫びと共に、ミュータントどもが一斉に襲い掛かってきた! 素早い! しかも数が多い!


 アタシは近くにあった瓦礫の陰に素早く身を隠し、迫りくる敵影に向けて正確な射撃を叩き込む。パンパンパン! と乾いた発砲音が遺跡内に反響する。数匹が断末魔の声を上げて倒れるが、後続は怯む様子もなく、次々と暗がりから湧いてくる。


「クソッ、キリがねえな!」

 焦りが滲む。プロは常に冷静でなければならない、分かってる。でも、この数は正直、予想外だ。弾も無限じゃない。


 その時、背後からイヴの、抑揚のない、しかしクリアな声が聞こえた。

「レン、敵個体数、現在37。周辺の振動パターンから、さらに増援が接近中と推測。――注意、背後より小型個体が接近!」


「なっ!?」

 言われた瞬間、アタシは反射的に後ろを振り返り、飛びかかってこようとしていた小型のミュータントに向けて発砲した。……危なかった。イヴの警告がなければ、やられていたかもしれない。


「……チッ、うるせえ! 分かってるっつーの!」

 内心の動揺を隠すように悪態をつく。しかし、アタシはこのアニマ・マキナの分析能力が、普通ではないことを認めざるを得なかった。センサーか何かで、アタシには見えない範囲まで把握しているらしい。


 アタシはイヴに背を向けている。すると、なんのつもりかこのアニマ・マキナはアタシの背中に触れた。


「……なっ、なにしやがる?!」


「レン、右翼より接近する個体、連携して攻撃してくるパターンです。2秒後跳躍」

「左、瓦礫の影に大型個体が潜伏。おそらく群れのリーダーと推測」


 イヴからの情報が、次々と脳内に流れ込んでくる。

 背中に触れた手から何かの情報が流れ込んでくるのだ。それはまるで、アタシの目や耳が拡張されたかのようだ。アタシは、その情報を元に、無駄のない動きで敵を捌いていく。プロの技術と、アニマ・マキナの分析能力。奇妙な連携が、この場で生まれつつあった。


 しかし、状況は依然として不利だった。敵の数は減らないし、アタシの弾薬は確実に尽きかけている。マガジンチェンジの隙を突かれ、ついにリーダー格らしい、一回り大きなミュータントがアタシの目の前に躍り出た!


「クソがっ!」

 銃は間に合わない! アタシは咄嗟にナイフを抜き、身構えた。だが、相手の方がデカいし、パワーもある。まともにぶつかれば、アタシに勝ち目はない。プロは、無駄死にはしないものだ。でも!


 その時、イヴの切羽詰まったような声が響いた!

「レン! あなたの右上方! 天井の亀裂が入っている箇所! あそこは構造的に非常に脆弱です!」


 右上方? 天井? 一瞬の迷い。だが、今はイヴを信じるしかない! アタシはリーダー格の突進を紙一重でかわすと、最後の力を振り絞って体勢を立て直し、イヴが示した天井の一点に向けて、残っていたオートマチックの弾丸を全弾叩き込んだ!


 ドドドドドンッ!!


 凄まじい轟音と共に、天井の一部が崩落した! 大量の瓦礫が、リーダー格のミュータントの上に降り注ぐ! ギャッ、という断末魔の叫びを残し、リーダー格は瓦礫の下敷きになった。


 その光景に、残っていたミュータントどもは明らかに混乱し、怯え、そして蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


「……はぁ……はぁ……っ……」

 銃を下ろし、アタシはその場に膝をついた。全身汗びっしょりで、息が切れている。


「……ぷ、プロなら……これくらい、当然だ……ぜ……」

 震える声で、いつものセリフを呟く。正直、生きた心地がしなかった。


 そこへ、イヴが駆け寄ってきた。その青い瞳には、初めて見るような、心配の色が浮かんでいる……気がした。


「レン、負傷はありませんか? バイタルサインに異常を検知しています」

 そう言って、イヴはアタシの腕にそっと触れようとした。


「なっ……! だ、大丈夫だって言ってんだろ!」

 アタシはまた顔を赤くして、その手を振り払おうとした。けれど、戦闘の疲労と、さっきまでの緊張が一気に解けたせいで、体に力が入らない。ぐらり、とよろけてしまう。


 それを、イヴが倒れ込む前にしっかりと支えてくれた。華奢に見えるのに、意外と力がある。

「レン、無理は禁物きんもつです。プロトコルに反します」

「……う、うるせえ……」


 結局、アタシはイヴに肩を貸してもらうような形で、ようやく遺跡の出口へとたどり着いた。外には、埃をかぶったアタシの愛機、「ラピッドフェザー」が待っていた。


「……行くぞ、イヴ。しっかり掴まってろよ。プロの運転は、ちっとばかし荒いからな!」

 強がってそう言いながら、アタシはイヴをバイクの後部シートに乗せる。イヴは何も言わずに、しかし、しっかりとアタシのジャケットの裾を掴んだ。


 エンジンが、轟音と共に目を覚ます。

 アタシたちは、アニマ・マキナと少女運び屋という、奇妙な二人組は、ついに遺跡の闇を後にし、広大な、そして危険に満ちた荒野へと走り出した。


 始まったばかりの、この旅。一体、どんな未来が待っているのか。今はまだ、分からない。

 それでも、背中に感じるイヴの存在の確かさが、アタシの心を、ほんの少しだけ、温かくしているような気がした。プロとして、この面倒な荷物を、しっかり届けなければ。いや、守り抜かなければ。そんな新しい決意が、胸の中に芽生え始めていた。

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