五  花を枯らす薬膳

 代謝機能を向上させるものは盛冬まふゆはすくない。

 薬草の盛りは春にはじまり秋におわる。されど、毒草や毒花が年百年中生えている禁毒卿きんどくきょうていの庭園には、ひっそりと陰にかくれて伸びていることもあった。

 冬は新陳代謝が高まる季節である。


(秋に生薑ショウガを採っておいてよかった。汁物にも主菜にも使える。蕃椒トウガラシも使えるな……ただ、辛すぎるのは良くない。粉末にして瓶にれて、適量だけかければ美味いだろう)


 蓉子ようしが食べるのは毒膳だが、食べるのは自分だけである。

 薬は毒でもある。毒は薬でもある。

 だから、蓉子ようしにとって、だった。


(汗をかくと新陳代謝が高まる。辛いもの、熱いものには発汗を催促うながすはたらきがきものだ)


 桜明さくらあき女御にょうごのありさまは、花の如き美麗うるわしさ、というたとえではいきれない。

 否、さらに美麗しく、さらにおそろしく、さらに異様というべきだろうか──。


(それから体内で、花にとっての旱魃かんばつを起こす。女御さまにはさわらぬとも、あの花どもが枯れるほどの)


 さるときになるまで、蓉子ようしは薬をみ続けた。

 枯れない花を、散らすために。



     ◇



「えっと、薬膳料理のようですね……?」


「ええ、わたしは《薬膳療法》という名をつけましたが、ほとんどが花にたいする《毒》です。いわば、《毒膳》です」


 おぞましい一語ひとこととともに、女御の前に、これまた悍ましいとりあわせの《薬膳》──ではなく、《毒膳》がだされた。


 《薬膳》ではあるが、同時に《毒膳》である。

 《花語》の花を散らすための《毒》であり、女御をすくうための《薬》であるためだ。

 そして、舌に美味きもののおおいこのくにの《薬膳》にはんして、この膳は、舌に美味いとはいがたいと、蓉子は云う。


「へ、へえ……それでも《薬膳》なのですね」


「《薬膳》というか、《毒膳》です」


 かゆ麥米ムギメシに使われている焚麥フンバクは、毒花の栄養素を体内から燃やす。

 そして、重湯おもゆには、生薑ショウガ福寿草フクジュソウが含まれている。

 福寿草フクジュソウは根茎をおもに薬用する。それは福寿草根フクジュソウコンばれ、強心、および利尿目的で使われていた。しかし、悪心おしん、嘔吐、腹痛、頭痛、錯乱、不整脈、高加利宇牟カリウム血症、呼吸困難、心停止などの症状が現れる可能性があり、私用は都が禁じている。


れど、これは国家機関の仕事、公的だ。それに、福寿草フクジュソウの毒はすでにいている)


 心臓は最も重要な内臓ぞうきのひとつだ。

 福寿草フクジュソウの強心作用で心臓から花が咲くのを防止ふせぎ、利尿作用で体内の種子たねをのこらず排出する。

 そこに生薑ショウガを加えて、血行と発汗を催促うながすのだ。


「……おもっていたより、なんでしょう。薬っぽくないですね」


「これは薬ではありますがね」


 女御がさじを手にして、粥を啜る。

 熱かったのか一瞬だけかおを歪めたが、そっと口角を上げた。湯気なのか味なのかはわからないが、果敢はかないひとみがとろんとほころぶ。

 刹那せつなもみあげ開花ひらいたばかりの花葩はなびらが、はらりと散って落ちた。


「う、嘘でしょう? 紅梅ウメが……散った……」


 それだけではない。爪の先端さき瑞々みずみずしく咲いていたアンズも、えりからかおのぞかせていた瞿麦ナデシコも、はらりはらりと花葩を散らしながら、果敢はかなく落ちていった。

 奇蹟きせきだ、と女房が声を上げた。


「すごい、奇蹟です!! 様、桜子おうし様!!」


 ふたりはひしと抱きしめあった。白梅ウメの花が、ひらりはらりと散る。

 さながら、百合ユリの花だ。


(どうしてだろうか。女房と主君というには、なにか甘いものを感じるような)


 不可思議だ。


 それに、来たときの女御は、あと一年も経たぬうちに花と化すであろうほど、進行していた。ふた月も發声はっせいできなくなるほどだ。

 女御ともなれば、さらに女房もいるはずだが──どうして彼女しかいないのかも、不可思議だ。

 蓉子ようしですら、二人いるのに。


(いったい、なんなんだろうか)


 奇蹟になみだしながら、女御は食事を続けた。盆の片隅に置かれていた蕃椒トウガラシをかけて、たのしんでいるように映る。

 彼女が粥を啜るたびに、髪からほろりはらりと花が散り落ちる。


「もう、《薬膳療法》だけで良いです、と、桜子おうし様も仰有おっしゃっております、どうですか」


「えっと、幾月いくつきもかかりますけれど。天子からのちょうたまわる前に、いやがらせをけたりほかの妃に拔かれたりするかと」


 廻廊かいろうに小石をかれてつまずかされるなどでは済まないだろう。しかし、ふたりは眼をあわせた。そして女房が、つよ視線まなざしで云いはなつ。


「かまいません。こんなにしあわせに治るのでしょう?」


 いったいなんなのか、さっぱりわららないが、医が施す治療は患者がのぞんだものにかぎる──。


「──わかりました」


 医は、そのおもいをうけとめるのも務めだ。

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