101号室:キュリークローネ・ドルトン

「——これで、貴方は日本国籍を失いました」

「……はい」

「もう後戻りは出来ません。故に今から貴方を『テレジア国』の人間と見なし、これから入社する会社についての最終説明をいたします」




「『テレジア国』の人間は、日本で言う基本的人権を有していません。法律には記されていませんが事実上我が会社の所有物になり、全ての人間は社長より下賜かしされることで所属場所へと向かうことになります」




 ———知っている。




「社内で定められた徹底した秘密管理の原則により、会社の情報を許可無く他国へ流すことは許されません。事実が確認された場合即座に洗浄チームが導入され貴方をさせたのち、情報に接触した全ての存在に記憶処理を施します」




 ———知っている。




「終了される、もしくは不慮の事故によって亡くなる以外に会社を退職する方法はありません。実質的に会社側も貴方を解雇する方法を持ち合わせておりませんが、年齢や負傷などによりもし今所属している部署がとみなされた場合、また新しい部署へと送られます」




 ———全部、知っている。




「覚悟は出来てそうですね。まあ心構えが無い人は自主的にこんな地獄には来ませんか。では改めまして………




 ようこそ『ディスオーダーズマンション』へ。我々一同は貴方の入社を心よりお祝い申し上げます」






 ◇◇◇◇◇






「………」

「着替えたか、それがウチの正装だ。によっては身だしなみが整ってないと気に入らない面倒臭いのがいるからな」


 どこかホテルマンを想起させる柔軟性に優れたスーツを着用し、ワックスで軽く頭髪を整えて背筋を伸ばす。


 ………入社したての俺でさえ、化け物を相手にするなら一級品だなと誰にもわからないように鼻で笑い、現場へと歩き出す先輩の背中を追う。


 職員の服装だけでは無い。明らかに張りぼてとは違う大理石の柱に、視界の端を超えて廊下中に広がる足触りが良いレッドカーペット。

 アンティークを感じる調度品が壁の窪みに丁寧に配置され名のある画家の風景画に彩られて、見渡す限りが優雅と貴賓に溢れた画像越しに見た高級ホテルと重なる。


「———あぁ誰だってそうだ、新入りは全員接客から始め運が良ければここより幾分かマシな新しい地獄に堕とされる。キミも長生きしたければ、の研修で全てを学べ」

「———っ!」


 臓物はらわたの代わりに綿ワタが詰められた人間の死骸、両手がに変えられた変死体。


 面接でタブレットを通して見せられた悪意の数々を思い出してしまい、胃がひっくり返るような吐き気を催し思わず二の足を踏んでしまう。

 認めたくは無い。しかし明らかに顔色を悪くした俺を見て、先輩は慣れた動作で何度か強く俺の背中を叩くと慈悲がこもった声で俺に告げる。


「すまないが、僕はキミと同じ地獄には立ってない。奴らに気に入られた職員は長生きするかすぐ死ぬかのどちらかだ、言ってしまえば僕は後者で運良く生かされているらしい」


「………」


「キミの過去に何があったのかは知らないしどうしてここに来たのかも聞かない、でも全てのディスオーダーが総じて僕たちのでは無いことを忘れるなよ。一次感情に飲み込まれるな、強い感情のたかぶりはその殆どの場合に置いて奴らがになる」


 その声からは、理性的だが胸中の深い底に孕まされた狂気を感じる。でもたった一つだけわかるのは俺を心配してくれているということ。

 久しぶりに向けられた正の感情に心を温かくしてもらったし、もう大丈夫………だと思う。


「あ、ありがとうございます。今度初任給でメシ奢らせてください、絶対生き残ってやるので名前を教えてくれませんか?」

「………ユーリィ・カルロス。期待せずに待っておくよ———君の名前は?」




 俺の名前は………






 ◇◇◇◇◇






空雛からびな命斗めいとくん……だったかな?」

「………はい、本日は私のためにお時間を取っていただき———」

「あーそこら辺は割愛カット、無しで行こう。今回はそういう気分だからね」




 ———道化どうけ




 カルロス先輩のおかげか、憎しみフィルターを外して先入観無しに初めて彼女ディスオーダーとコンタクトした時、何故かそのようなズレた言葉が頭に浮かんだ。

 振る舞いに違和感を覚えた訳では無い、色を知った白磁器のような透明感のある綺麗な顔立ちから化け物特有の人を軽んじる侮蔑心を見た訳でも無い。


 ただ彼女の内面にある彼女では無い何かが———


「………へえ?」

「———ッ!」


 俺の態度のどこがキュリークローネの食指に触れたのかは微塵も分からないが、それはさておきどうやら好感を得る試験デッドorアライブには合格生存出来たようで何よりだッ!?


「まあまあ、落ち着こうよ。別に取って食ったりする訳じゃあないんだからさぁ」

「そうですか、っ!」

「可哀想に、震えてるじゃ無いか。ほら、抱きしめてあげるからこっちにおいで?」

「いえ、結構「化け物ニンゲンの好意を無駄にするもんじゃないよ」———ッッッ!!」


 プレッシャーに耐えきれずについ瞬きをしてしまったその瞬間、音も立てずに俺の背後へと降り立ったキュリークローネ。何が起こったのか何一つ分からない、非科学的事象に対する身の底から来る体の震えが止まらない。


 ———それをしでかしたのは見た目上俺と歳が変わらない美少女。

 人の形をした怪物が人知れず人里に降りて来て人類と成り変わる鮮明なイメージに腰が抜けてしまい、女性らしい柔らかなモノへ背中を押しつける感触を感じながら、その場にへたり込むように誘導される。











 ———しかし、その後知らされたものは植え付けられた恐怖を払拭するような衝撃的な一言だった。




「———姉を、探してるんだって?」

「———ッッッ!!?!?」




 誰にも言ったことはない、この会社へ来た時も志望動機にも面接でも、今まで誰にも告げたことはないこの会社へ入社した動機でありたった一つの目的。

 それをたまたま通りかかったテレビを見て、ロードショーのネタバレを軽々しく告げるみたいにあっさりとバラされた。




「いいよぉ、俺が協力してあげようねェ」




 ずっと胸に突っかかっていた鉛みたいな重責が、いとも容易たやすく取り除かれたような不安定な安心感。


 先程までこいつが座っていた椅子の上に安置された分厚い本の表面が、やけに鈍い輝きを持って存在感を主張して来る。


 未だ俺の影上へと座り、肩へ流すように背後から抱きしめて来る少し低めの体温が理性を絡めとり、引き摺り込まれるまでも無く抵抗すらせずに泥沼へと沈み込んでいく。




「………やられた」

「あははァ———!」




 あれだけ先輩に忠告されたのに、俺自身もディスオーダー共全員を敵だと思い死ぬほど憎んでいたはずなのに!! ………こいつに心の隙をさらしてしまった。


 ———ワックスで整えられた頭髪を乱雑に撫で溶かされる。




「くふふっ、ひさびさに楽しくなりそうだァ! 今から新人研修チュートリアルだよぉ心の準備は出来てるかい、カラビナくゥん???」


「……………はい」




 もはや言うまでも無い。




 俺は既に———キュリークローネのとりこだ。




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 キュリークローネ・ドルトン

 身長:152cm

 体重:(しーくれっとっ!!)

 目の色:真紅

 髪色:白金

 イメージカラー:緑

 好物:タルトタタン

 苦手な物:加工された果物(果物はフレッシュで食べたいため)


 本作主人公。


 基本的にギルドの受付嬢が見にまとうようなドレスに身を包み、緑に近い寒色系のカラーを好んで利用する。ただし本人曰くそれらは仕事着であり普段から着用するほどこだわっていない。


 腰元まで伸ばした髪をふんわりと纏め姿勢を正す様は、まるで中世を舞台にしたミステリー小説に登場する貴婦人のよう。


 出身地、年齢、本名などほとんどの情報が不明。キュリークローネ・ドルトンと名乗っているのも、所持している本のタイトルが一瞬そのように見えたからであり本当の名前であるかは不明。


 名前の由来は『CJK互換用文字』から作品のタイトルと人の名前を作った時に良いと思った物。




 メイト・カラビナ(空雛 命斗)

 身長:171cm

 体重:(公表するほど鍛えてない)

 目の色:亜麻

 髪色:藍鼠アイネズ

 イメージカラー:赤茶

 好物:赤いラベルのコーラ

 苦手な物:海外の甘味菓子(自然な甘味が好き)


 本作主人公。


 高級ホテルのホテルマンをイメージした黒に赤みを加えたスーツを着こなしている。当人はそれほど赤茶色を好んでいる訳では無いが、のちにキュリークローネから「やっぱその色がカラビナって感じだね」と言われた為、無意識のうちにそれっぽいものを選んでいる可能性が高い。


 顔は整っているが目つきが悪く不良と間違われる事が多々あるが、ちゃんと笑うことを覚えれば学校のクール系穏やかイケメンになれるポテンシャルを秘めている。


 慣れ親しんだ相手には時折り舎弟語(ッス!)で話す事があり、その言動が一層勘違いを生み出している。


 名前の由来は登山道具の一つである『カラビナ』と運命の『命』。安全を確保する意味と運命を繋ぎ止める役割を担う思いを込めた。

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2025年12月25日 12:00
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オブジェクトネーム:『㌿㍇㌪【㎳.㌒㌛・㌦㌧】ヲ☓☓ノ㌥ョウヵ? ㌳:㌉㍄・bf』 涙目とも @821410

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