第16話 宿屋にて

〈sideルーク〉




「戻りました」




 僕が、レイン君に案内されるというところでフィールが戻ってきた。


 ⋯⋯思っていたより早かったな。


 外に出ていったから、どこか離れたところに行くのかと思ったけど違ったのか。




「早かったね」




「野暮用でしたので」




 ⋯⋯野暮用って、だからって早いわけではないし、仕事は特にしていないフィールに野暮用ってないだろ。


 僕は内心ではそう思いつつも、気にしないことにする。




「⋯⋯そっか。とりあえず、部屋のほうに案内してもらえるらしいから、ついてきて」




「はい。分かりました」




「お兄ちゃんたち、ちゃんとついてきてね」




 僕らがそんな会話をしていると、レイン君が階段のほうからそう声をかけてきた。




「お客様にそんな口を利かない!」




 そんなレイン君の声を聞いてか、女将さんの激昂が飛ぶ。⋯⋯レイン君しゅんとしちゃってるよ。




「⋯⋯案内してもらってもいいかな?」




 レイン君の復活を待っていると時間がかかりそうなので、僕はそう声をかける。




「はい。分かりました」




 女将さんのほうをチラチラと見ながらではなあるが、再度彼は階段を上っていく。先ほどと違い駆け足ではないが。




「⋯⋯」




 僕らはレイン君についていくが、空気が固く無言が続く。




「お母さんは悪い人じゃないんですよ」




 急にレイン君がそう語りだした。⋯⋯悪い人だとは思ってないのだけど、まあ、レイン君視点だと僕らの前では怒っているようにしか見えないんだろうな。




「分かってるよ」




 僕は苦笑気味にそう返す。レイン君としてはお母さんが好きなんだろうな⋯⋯。まあこの年の子供なんて、親を手伝うことなんてせず遊びたいだろうからな。僕もそうだった。それを抑えて、宿屋の手伝いをしているこの子はえらい。




「最近体調がよくないみたいなので⋯⋯イライラすることもあると思います」




「「⋯⋯」」




 レイン君のその言葉には僕もフィールも何かを返すことはできなかった。⋯⋯まあ、分かるけどさ。ちょっと反抗したい盛りだよね。体調悪い云々は僕には分からないけど、女将さんの言ってることはまともだ。




「それで手伝ってるの?」




「そうです。今まで遊んでばかりだったので」




 なるほど。レイン君は手伝いを始めたばかりだから、そのあたりがまだ分かっていなかったんだろうな。⋯⋯そこは僕に口の出せる範囲ではないけれど。




「あ、つきました。この部屋です」




 二階の一つの部屋の前で止まってそう言った。




「分かりました。ありがとうございます」




 僕はそう感謝を告げる。レイン君は、僕らのほうに一礼して階段を再度降りていく。




「⋯⋯落ち込んでいるほうが、いい対応できてましたね」




 そんな様子を見てフィールはそう言葉をこぼす。




「⋯⋯そうだけど、はっきり言うのはよくないよ」




 僕はそう返すことしかできなかった。⋯⋯まあ、子供に落ち着きを持てっていうのも無茶なんだから、そんなことを言うほどではない。それに、レイン君はすでにこの場にはいないんだから気にすることもないのだろうけど。




「⋯⋯そうですね」




 フィールはそう言って、黙り込む。⋯⋯機嫌を損ねたような反応だが、フィールではよくある反応だ。⋯⋯記憶がないのだからうまく返事ができないのだろうか。




「とりあえず、部屋に入ろうか」




 僕はフィールにそう声をかけつつ、部屋の扉を開ける。扉は、外側に鍵が備え付けられているわけではなく内側から鍵がかけられるように設計されているようだ。




「きれいな部屋ですね」




 部屋を見渡しながらフィールはそう口にする。確かに、部屋の中に埃は見当たらなく、ここにも掃除が行き届いているようだ。多少傷んでいる家具はあるものの、宿屋を経営するうえでは買い替えるほどではないだろう。




「しっかり掃除されてるね」




 僕は、フィールに同意を返す。値段に対して、他の宿と比べるときちんと掃除されているほうだ。街にいた女性に聞いたのは正解だっただろう。




「私はじゃあ、別の空間にいますね」




 フィールはそう言って、手を前に掲げる。すると、真っ黒な空間がフィールの目の前に渦巻き始めた。




「⋯⋯どうなってるの?」




 そんな様子を見て僕は思わず、そう言葉をこぼす。声が漏れたというべきだろうか。特に危険性を感じるわけではないけれど、目の前に謎の黒い渦ができたのだから、思わず声が漏れるのも仕方ないだろう。




「魔力で新たな方向を足して疑似的に三次元空間を再現した二次元空間?と言ったらいいでしょうか」




 ⋯⋯でしょうかって言われても、僕には分からないのだから何とも返答できない。次元という言葉は確か、空間収納の時にも出てきたな。あれは、三次元に一つ次元を加えて無限に収納できる空間を作り出したと言っていた。⋯⋯いや、だからと言って分かる話でもないのだけど。




「まあ、別の空間につながるゲート的なものと思っていただけたらいいと思います。その認識でも矛盾はないので」




 言ってることは違うのだろうが、まあ使用する上ではその認識で通せるということだろうか。⋯⋯まあ、転移魔法的な何かと認識すればいいだろう。それも、空想上の魔法で考えられたもので、使える人はいない魔法だが。




「⋯⋯マスターの魔力ならいつかできると思うので、その時教えます」




 まあ、そのうち理解できるようになると今は思うしかないだろう。




「というか、寝るときと着替えるときに別の部屋にいてほしいだけで、ずっとそっちにいる必要はないよ」




 フィールの性格から受付でのセリフはこう取られるだろうなと思って、僕は前もって言っておく。




「⋯⋯そうですか、分かりました」




 フィールはそう言って謎の渦を消す。




「じゃあ、夕食まで魔法を教えてくれない?」




 先ほど、魔法の話をしていたので僕はフィールにそう提案する。夕食の時間になったら呼びに来ると受付で伝えられていた。おそらく、来るのはレイン君だろう。




「分かりました」




 フィールはそう言って僕の対面に座る。そうして、フィールによる魔法講義が始まるのだった。

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