第15話 無双

〈sideルーク〉




 それから僕らは、宿屋に向かう。




「いらっしゃいませー」




 女性に教えられた『小鳥のさえずり亭』に来てみると入るだけで、声をかけられた。宿の中は入ってすぐに、受付が見える構造になっている。どうやら、そこからこちらに挨拶されたようだ。ほこりなども見当たらず、清潔に保たれているようだ。


 ⋯⋯ここで問題はなさそうだな。


 僕はちゃんとした雰囲気の宿で少し安堵しつつ、そんな風に考えた。




「宿泊でしょうか?」




 僕が受付まで向かうと、受付の奥の女性がそう声をかけてくる。女将さんだろうか。




「そうです」




「分かりました。何泊ほどのご予定でしょうか?」




 僕が肯定を返すと、女将さんはそう返してくる。


 何泊くらいだろうか⋯⋯。フィールの体が見つかればそれで街を出られるようになるわけだが、どのくらいかかるか分からない。資金については思いのほか素材が高く売れたようで余裕がある。ここで一週間ほど契約してもある程度は残るだろう。⋯⋯本来冒険者はここまで余裕が生まれないんだよな。


 ⋯⋯あれ、フィールのを含めると二部屋借りる必要があるのか。それだと、一週間くらいが限度か。⋯⋯となると、三日くらいがちょうどいいか。




「三日でお願いします」




 そう考えた僕は、とりあえず三日契約することにする。




「分かりました。お部屋は何部屋がご希望でしょうか?」




「二へ⋯⋯」




 フィールと僕で二部屋と言おうとする。




「一部屋でいいです」




 横から、フィールが割り込むようにそう言われた。




「いや、フィールと同室になるから」




 僕はフィールにそう伝える。




「⋯⋯?私は気にしませんよ」




 フィールは僕と同室っていうことには左程気にした様子はなく、そう返される。




「⋯⋯僕が気にするんだけど」




 ⋯⋯流石に、年の近い(見た目は)な少女と二人きりで同衾というのは僕の精神衛生上、よろしくない。フィールは美少女なのだからさらによろしくない。




「そうですか?では、私だけ別空間に居ましょうか?」




 ⋯⋯何を言っているのか分からないです。


 唐突に別空間という単語が出てきたので僕はどう返したらいいか分からなくなる。


 その時、フィールがピクリと反応した。




「⋯⋯すいません。ちょっと私、行く場所があるので。どちらにせよ、一部屋で大丈夫です」




 フィールは突然そう言い残して、宿の中から出ていく。


 ⋯⋯夕食までに帰ってくるかな?


 フィールに関しては安全の心配をする必要性がなく僕はそんな心配をしつつ、見送る。




「⋯⋯らしいので一部屋でお願いします」




 僕は、女将さんのほうに向き直りそう返す。




「分かりました。⋯⋯あの子、大丈夫なんですか?」




 女将さんはフィールのことを心配したようでそう聞いてくる。


 フィールは、まあ、規格外すぎるし、心配する必要性は皆無なんだよな。冒険者的な視点で見れば僕なんかと活動するよりもソロでやるほうがよっぽどいいよと言いたいくらいに。とは言っても、見た目はか弱そうな美少女なので人さらいとかには格好の獲物になるだろう。⋯⋯正直、襲う人がいるならその人たちに同情したいくらいだ。まあ、そんな見た目なので、女将さんのようにフィールを知らない人が心配するのは分かる。




「大丈夫ですよ。僕よりよっぽど強いので」




「⋯⋯人は見た目によらないんですね」




 特に心配をしていない僕を見てか、フィールが強いっていうのは伝わったようで女将さんはそう返してから、僕に宿代を請求する。基本的に宿屋は前払いだ。基本商売相手は明日の命すら分からない冒険者なので、後払いにすると利益が出ないのだろう。僕がお金を払うと、鍵が手渡され、大体の部屋の説明を受ける。一応、夕食、朝食も出るらしい。




「はい、部屋は二階にあります。えっと、レイン?案内お願い」




 女将さんは、後ろの扉のほうに声をかける。




「りょーかい」




 奥から、小さな少年が姿を現す。僕よりもかなり年下だろう。まだ十歳にも満たないだろうか。




「お兄さん、ちょっと鍵見せてね」




 少年は僕の手元にある鍵をのぞき込んで、部屋を確認する。鍵には番号が書かれているのでそれでどの部屋かを確認しているのだろう。




「⋯⋯こら、お客さんが持ってるのを覗き込まない!」




 そんな少年の態度に女将さんはそんな怒号を飛ばす。




「気にしてないのでいいですよ」




 僕は特に怒っていないと伝える。まあ、こんなことで怒るほど短気じゃない。




「お客さんはいい人ですけど、皆さんそうじゃないので」




 女将さんはそう説明しつつ、少年に注意をしている。⋯⋯確かに、怒りっぽい人はいるからな。僕が気にしないからと言って店側が注意しなくていいわけじゃないんだ。




「うん。分かった」




 少年は素直に女将さんの注意を聞き入れ、反省した様子だ。




「とりあえず、案内してくるね。お客さんこちらについてきて」




 少年は僕にそう声をかけて、少し駆け足気味で階段を上がっていく。⋯⋯これはまた後で注意されるのかな。


 僕はそんなことを思いながら、少年の後をついていくのだった。






〈sideフィール〉




「マスターは甘すぎますね」




 私は、宿屋から出てずっと敵意を抱いてついてきている集団のほうへ目を向ける。あの時に喧嘩をしていた冒険者たちだ。マスターは絡まれたくなかっただけだろうが、彼らからすれば舐められたように感じたのだろう。⋯⋯だからと言ってここまで追ってくるのは少数派だと思うが。




「マスターに危害を加えるなら容赦はしませんよ」




 私のいるところまでやってきた冒険者、もう不良でいいか、に告げる。




「はぁ?嬢ちゃんに何ができんだ?」




「後でしっかり可愛がってあげるからねぇ」




 不良どもはにやにやと笑いながら私を取り囲む。




「どうぞ。⋯⋯できるならですが」




 可愛がるというのは一般常識に含まれないようで分からないが、まあ負けはないだろう。猫のように愛でるのだろうか?こういう時に記憶がないっていうのは不便ですね。体に染みつくようなことなら分かりますが⋯⋯。




「嬢ちゃん、あまり舐めると痛い目を見るぜ」




 この距離から見抜かれているのに自分の優位を信じて疑わない不良たちに頭が悪いのかと思いつつ、私は軽く身をひねって後ろからナイフを突き立てようとした男の攻撃をかわす。⋯⋯なんであの時見物してた冒険者も不良の仲間になっているのか分からないが、まあ誤差か。


 躱したついでに、ナイフを奪って足の腱を切っておく。流石にこのくらいなら後で治せるだろう。




「次は誰ですか?」




 私はナイフを突き出しながら、不良たちに問う。辺りはすでに薄暗くなっており、人はまばらだ。こんな状況だと衛兵も呼ばれないだろう。




「なんだ?一人倒しただけで気取ってんのか?」




 リーダーらしき男がそう私に言ってくる。そんな男に私はため息をつきつつ、手に持っていたナイフを投げる。適当な不良の一人の腱を切ってから私のもとに帰ってくる。




「⋯⋯いや、意味分からん軌道でナイフが動いたんだが」




 私のやったことを分かった一人が怯えながらにそう言葉をこぼす。




「いくら曲芸が得意でも数で攻めればどうってことはねぇ」




 リーダーがそう言った途端に、私に一斉に群がる不良たち。そこから、この乱闘が終わるのはすぐだった。一瞬にして私は全員をのす。




「⋯⋯もう二度と関わらないでくださいね」




 私は振り返りざまにナイフを投げて、全員の腱を切る。ナイフは手に戻す必要はないだろう。そうして、私は宿の中へと入る。


 全員を撃退することならもっと簡単にできた。とはいえ、それではまたこいつらは私たちにちょっかいをかけてくる。ならば恐怖を植え付けるのがベスト。だから、圧倒的な差を見せつけて倒す。それがベストだ。一瞬で倒されても力の差を理解できる脳がこいつらにあるとは思えなかった。殺してもよかったですが、どうなるのか分かりませんからね。


 とりあえず、用事は済ませたしマスターのもとに戻りましょうか。そう思いつつ、私は宿の中を進むのだった。

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