第2章 シルエット・リグレット

シルエット・リグレットⅠ

 そうしているうちに、冬が始まった。

 

 廊下に響く足音が、自分のものだけに思えるほど静かな放課後だった。

 僕は進路希望調査票を持って、職員室へ向かっていた。

 冷えた空気の中、制服の上着のポケットに手を突っ込みながら歩く廊下は、どこか遠い場所のようだった。

 

 夏から秋にかけて、自分の中で膨らんでいた感情は、ゆっくりと、けれど確実に、冷えていった。

 武とは、それきり話していない。目が合えば、どちらからともなく視線を逸らすようになった。

 それでも、なぜか気配は常に感じていた。

 同じ校舎のどこかにいるというだけで、鼓動が騒がしくなることに、自分でも辟易する。

 

 何かを言えば壊れてしまうようで。

 何も言わなければ、そのまま終わってしまうようで。

 どちらを選んでも、失ってしまいそうな気がした。

 

 白い息を吐きながら校舎の外を見たとき、夕焼けに染まる空にひとすじ、飛行機雲が伸びていた。

 その尾を目で追いながら、僕はふと、過去の記憶を手繰り寄せる。

 

 ――冬の空は、星がいちばん綺麗に見えるんだよ。

 

 昔、武が言っていた言葉だった。

 どこかで読んだ本の受け売りだったのかもしれない。けれど、そのときの武はとても真剣な顔をしていた。

 あれは、まだ小学生の頃。

 天体観測の本を二人で見て、部屋の電気を消して、夜空を眺めた夜。

「ねえ、また一緒に星、見に行こうよ」

 そんな一言を、もう一度だけ口にできたら、何かが変わったんだろうか。

 

 ――いや、そんなのは、もう遅い。

 

 僕は頭を振った。

 自分の進む道を見据えなければいけない季節が、とうに来ている。

 このままじゃだめだ。ちゃんと前を向かなきゃいけない。

 武のことは――

 あの声も、名前も、笑顔も。

 全部、心の奥底にしまい込んで、鍵をかけるしかない。

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