カレイドスコープ・リフレインⅡ
あれから、テスト期間を理由に僕は武の姿を避けるようになった。
思い出したくもない記憶に呑まれたまま、試験に臨むなんて、そんなのは嫌だったから。
ただでさえ落ち着かない気持ちを抱えているのに、これ以上取り乱して、結果に響くのは避けたかった。
だから、会わなかった。
いや、会えないふりをした。
何度か学校内で視線が合った気がしたが、下を向いて、小走りでその場を離れた。
そのとき、じっと、何か言いたげにこちらを見ているのも、知らないふりをした。
実際、忙しかったのも事実だ。
勉強は、このもやもやとした感情から遠ざけるため、有効な手段だったかもしれない。
問題集をめくる音も、シャーペンで数式を連ねる音も、そのすべてが、記憶の底から武のことを引き上げようとする自分の思考を噤んでくれた。
気づけば、テストは終わっていた。
担任から返された答案には、今までで一番良かったかもしれないと思えるような成績が並んでいた。
怪我の功名とは、こういうことを言うのかもしれない。
それでも、胸の奥に沈んでいた重さが、少しでも軽くなることはなかった。
テストが終わると、すぐに文化祭の準備が始まった。
季節は、知らぬ間に歩みを進めていた。
窓の外では、風が冷たさを帯び始めていて、夕暮れの色が少しずつ冬に近づいていることを知らせてくる。
教室には喧騒と色彩があふれ、笑い声が響いていた。
季節も時間も、僕の気持ちを置き去りにしたまま、確実に前へ進んでいく。
クラスのメンバーが集まり、脚立を運び、装飾の配置を話し合い、飾りつけをしていく。
校舎はにぎやかで、日に日に増えていく色とりどりの飾りが、秋の光にきらきらと映えていた。
その輪の中にいても、僕はどこか別の場所にいるような気がしていた。
目の前の友人たちは楽しげに笑い合っている。
けれど、まるでガラス越しに、遠くから世界を眺めているようだった。
僕の中だけが、まだあの日に取り残されたままだった。
ふと視線を上げる。
ざわめく廊下の向こう、遠くに見慣れた姿があった。
無意識に、その名を口にしていた。
「……武」
僕は慌てて視線を逸らす。
あの日、あの場所で、武は何かを言おうとしていた。
でも、自分には受け止める準備ができていなかった。
だから逃げた。武の真剣な目を、言葉を、全部。
そのことが、自分を責め続けている。
文化祭の準備は続き、無事に開催を終えるまで僕は何度か武とすれ違った。
声をかけることはなかった。ただ、目が合うたびに胸の奥が痛んだ。
武も、何かを言いたげな表情を見せることがあったが、その唇が開かれることはなかった。
そして、運動会の日が来た。
秋の空は高く澄みわたり、グラウンドにはにぎやかな声が響いている。
校庭の端に立ちながら、僕はその喧騒の中で、無意識に武の姿を探していた。
見つけるつもりなんてなかった。
それなのに、目は勝手に、あの輪郭を追いかけてしまう。
武が走っていた。
前をゆく生徒たちを次々と追い抜き、まっすぐにゴールテープを切る。
陽に照らされたその横顔に、一瞬、目が釘付けになった。
何かを振り払うように、僕は視線を逸らす。
運動会が終わり、帰り支度のざわめきが広がるなか、僕と武はグラウンドの端ですれ違った。
本当に、偶然だった。ほんの一瞬の出来事。
武がこちらをちらりと見る。
その目に、一瞬、言葉にならない想いの光が宿っていた気がした。
けれど、唇は動かない。
沈黙が、秋の風とともに、二人のあいだをすり抜けていく。
やがて、武は静かに背を向けた。
何も言わず、何も残さずに。
僕はその背中を、ただ立ち尽くして見送っていた。
言いたい言葉は、確かにあった。
それでも、声にはならなかった。
――もしも、あのとき。
そんな仮定を繰り返すことでしか、もうあの距離は埋められないのだと思った。
けれど、それでも心は、
――あの手に、触れたがっている。
あの頃のようには、もう戻れない。
それなのに、心の奥のどこかで、
「まだ終わらせたくない」
そう囁く声が、どうしても消えてくれなかった。
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