コーヒー

 昔からコーヒーが嫌いだった。苦くて酸っぱくてどす黒い液体を「大人の味」なんてそれっぽく形容してる輩も。社会人2年目になった今でも全く理解出来ない。

 「お疲れ様。」

 そういって上司が私のデスクにコーヒーを置く。いい加減私が喜んでないことに気づいてくれ。

 「...あぁはは。ありがとうございますぅ。」

 わざと引きつった笑顔を作って礼を言う。入社したときの世話係だったこの男は、2年経った今でも時々コーヒーと茶菓子の差し入れをしてくる。正直いい迷惑だ。他愛のない話をこなして、一口も手をつけていないコーヒーカップに目線を落とす。黒い表面に写った自分の疲れ顔に嫌気がさす。

 コーヒーはいやなやつだ。いい香りはするし、「コーヒーブレイク」なんていったら甘いひとときを想像するのに、実際は苦いし、飲んだ後の口臭も気になる。見てくればっかり良くて、その実中身は真っ黒でひどい味。「まるで私だな。」最悪の気づきと独白を最悪の味で流し込む。うえ。やっぱまずい。

 ある日、あいつが同僚っぽい人とコーヒー片手にだべってるのを見かけた。私にコーヒー渡すときとはずいぶん違う声だった。

 「前から世話してやってる後輩の女子にさ、たまにコーヒーとか差し入れてやってんのよ。でもさぁ、すげーいやそーに受け取んだよな。顔は好みなんだけどなぁ。」

 口がぎゅっとなって、眉間にしわが寄って、息が止まる。最悪の気分と一緒にコーヒーの味を思い出した。あぁ。そうか。きっとこいつもコーヒーなんだ。優しそうに見せかけて結局は下心かよ。あいつの話を聞いてるもう一人、嫌そうな顔しながら同調してる。あいつもコーヒーだ。そっか、結局みんなコーヒーなんだ。

 そう思うと、私の中で真っ黒の何かがこぼれた。

 「あの!」

 なんだ。意外と大きい声出せるじゃん。

 「私!コーヒー嫌いですから!!」

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