しっけ
彼女は雨が嫌いだ。道ばたの水たまりをよけるとき、人とすれ違うときに傘がぶつかるとき、横を通った車の水しぶきを浴びたとき、眉間にしわをぎゅっと寄せてしかめ面をする。可愛い。
雨が降った次の日の、ジメジメとした晴れの日に誰も見ていない事を確認してから水たまりを思い切り蹴飛ばしていた事があった。すがすがしい顔をしていた。愛らしい。
降り出した雨にいち早く気がついて、僕を置いて走って行ってしまった事もあった。ようやく玄関について、憂鬱そうな顔で振り返った。愛おしい。
でも、もう、僕は彼女に会えない。会ってはいけない。そう、言われた。彼女の意向だそうだ。...分かってた。いつかはこうなると。最後に見た彼女の顔は、あのしかめ面だった。
今日も雨だ。雨が降ると思い出す。彼女は雨が嫌いだった。じっとりと、嫌な汗をかく。彼女に会いたい。もはや本能とも言えるような衝動が身を包む。雨の音がうるさい。今日もあの顔をしていつもの道を歩いているのだろうか。考えてはいけないこと。それでも僕の心にどんよりと残り続けている。
狂ってしまいそうな湿気を、握りつぶす、ふりをした。
とても短いお話集 永沢錦 @Nishiki7238
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