✦✦Episode.7 ばあちゃん特製スープ✦✦
✦ ✦ ✦Episode.7 ばあちゃん特製スープ
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部屋の外では、いい香りが漂っている。 二人は手を繋ぎ、そろって部屋から出てくる…と。 ノアは食材を戸棚から下ろしているところだった。 食卓の用意をしながら、今夜の食事にパンや、チーズなど…あれやこれやと忙しそうに準備をしている。
「——やっと出てきたね、料理が冷めちまうよ。 ほら、ほら早くそこへ座りな!」
「ノアさん、私、手伝います!」
シエルは、自分の身長よりも、高い場所にある戸棚から、目についた食器を取ろうと、手を伸ばしてみるも、わずかに届かず、プルプルと手を震わせている。 それを見たクロトは、クスッと笑うと、後ろから手を伸ばし、そっと食器を掴む。 そして、そのままゆっくりと下ろして、シエルに手渡した。
「えへへ、ありがとう。」
「このくらい、俺がやるのに。」
「おやおや。 ありがとさん。 …二人とも助かったよ」
(本当はいつも魔法で下ろしてるんだが…。 まぁ、今は秘密にしておくか)
食事の準備を終え、ノアは手鍋に入ったスープを運び、テーブルの中央に優しくおろした。 シエルとクロトの二人は向かい合って椅子に腰かけ、ノアは交互に二人と顔をあわせると…。 スープからは、ふんわりと湯気がたち、薬草の香りと少し辛味のあるスパイシーな香りが漂ってくる。
「さぁ、ノアばあちゃん特性、あったかほかほか薬草スープさ、ほれほれ、食べようじゃないか!」
ノアが椅子に腰かけると、「いただきます」と皆声をそろえてそれぞれ好きなものを皿に取り食事を始めた。
(いつ食べたのか、まったく思い出せない…)
空腹を訴えていたシエルのお腹は「ぐぅー」となったかと思えば…。 恥ずかしそうにシエルは舌をペロッと出して、笑って手でおなかをさすっていた。
「えへへ、いつ食べたのか思い出せなくて…」
「はは、そういえば、俺も朝から何も食べてなかったや。」
「こらこら…。 二人とも、まだ若いんだから、しっかり食べないとダメじゃないか!」
(今日一日、色んなことがあったから…。 すっかり食べる事を忘れていたなぁ…)
香ばしいパンの香り。 サクサクとした食感は、噛むたびに頭の中に直接響いて、その中にふんわりとバターの香りがして、口の中に感じるその味は、どこか優しさを感じた。
チーズは、程よく発酵していて、外は歯ごたえがあるのに、中はとろりとしていた。 それをパンに乗せ、一気に頬張ると、口の中で溶けて行く。
かなり空腹だったのか、二人は黙々と食事を続けていた。 ノアはフッと笑うと、器にスープを入れ、二人の前にそれぞれ置いていく。
「ほわぁ…あったかくて、おいしい…!」
「うまいだろ? おばあちゃんの得意料理さね!」
ノア特製の薬草スープには、この付近の川でとれた魚を干し、すり潰し粉にした物を使用している。 味付けには、畑でとれた大豆を寝かせて作りあげたタレを溶かし、辛みのあるショウガの根を刻んで入れた。 クロトが摘んできた、まるでネギのような、刺激的な味のする薬草が中に入っている。
極めつけは…。 魚を丸めて入れた団子が、特にスープの味を引き立てている。 ひとたび口にすれば、まろやかなうまみの奥に、ほんの少しのしびれる辛さが混ざり合い――
絶妙なその味と、スープの暖かさに、その場にいる全員が、ほっとした表情を浮かべ、シエルは眉を下げると、上を見上げていた。
「ばあちゃんの料理は特別だよ。さぁ、もっとお食べ」
あっという間に、二人の器は空になった。 ノアは微笑みながら、器を受け取り、再びスープを器に入れていく。
「本当に美味しい…一体、何が入っているのかしら?」
「それかい…? 実はねぇ……。 これは、根ショウガ、これは――」
待ってましたと言わんばかりに、ノアはニヤリと笑った。 材料を一つずつ指差して、丁寧に説明し、その話に食いつくように、シエルは目を見開いて大きくうなずいている。 和やかな雰囲気の中、女性たちの会話が弾んでいくのを、クロトは穏やかな顔をして、眺めていた。
クロトは、ふと目線をシエルに移すと、その目線に彼女は気がついた。 にこりと笑いながら、首をかしげ、微笑みを返してくる。 胸の中にドキリと高鳴る鼓動を感じて、クロトは、無意識に胸のあたりを抑えた。
一瞬、時が止まったように感じて……。 二人はお互いに目が離せなくなっていた。
「フッ…お前たち‥‥仲がいいねぇ」
「いや、その…」
「えっと…」
ノアの言葉に、二人ともポッと頬を染めると、照れ笑いをしながら、その目を離した。 老婆の目には、若い二人がまぶしく見えた。 やれやれとした顔をしてズズっとお茶を飲んだ。
「ところで、シエルとやら。 もうすぐ日が暮れるが、おまえさん…今夜泊まるところはあるのか?」
「えっと…。 そういえば、考えてなかったです!」
「まさか、クロトとまた森の中へ戻るわけにもいくまい?」
この時間からあの森へ戻るとなると、歩いてるうちに日は沈む。 明かりもない森の中は真っ暗で、いくら危険な生物がこの近くに居ないとは言え、いつ何時、危険な事が起こらないとも限らない。
(クロト一人では何とかなるかもしれないが、さすがに彼女を暗い森の中へ連れて行くのは危険だ)
「二人とも、今夜はここに泊まっていきな!」
「ばあちゃん…俺、今日は帰るよ…」
「だめだ。 お前さんたちは、しばらくここに居なさい」
「えっ…?」
二人は、そろって戸惑いの声を上げた。
「と、泊まるって…シエルと二人でかよ? へ、部屋とかどうすんだよ!」
「あの、ノアさん…私、悪いですよっ!」
「はっはっ! 面白いのぅ。 同じ部屋がいいのかい?」
「ち、ちがうちがう! まったく、なんでそうなるんだ!」
(まさか、同じ部屋に泊まるとか…ばあちゃんが、そんな事言うなんて思ってなかった! と、いうより…やっぱり、同じ部屋はまずいだろっ!!)
何を考えていたのか、彼は顔を真っ赤にして、気まずそうな顔をした。 恥ずかしくて、シエルの顔を見ることが出来ず、彼女がどんな表情でそれを聞いていたのか分からない。
「だ、だから! 部屋が空いてないなら俺は帰るって!」
「ほほほ。 クロトよお聞き。お前さんの部屋の隣に、もう一つ空き部屋があるから、そこを使うといいさ」
普段は見せる事のない、彼の慌てっぷりに、ノアはこれでもかと笑いながら、クロトの隣の部屋を指さした。 彼の部屋から少し離れた場所に、二段ほどの小さな階段がある。 その先にもう一つ扉があった。
そこは普段、物置として使われているが、医院で人があふれた際には、その部屋に置いてあるベッドを使うこともある。
ノアはふっと、真面目な顔をすると、クロトの顔をじっと見据えた。
「 それともう一つ。 これは真面目な話なんだが…。 シエルはお前に会う前の記憶がないそうなんだ」
「え…? それはホントなのか…?」
「うん…。 本当なの」
クロトは食事の手を止め、食器を持っていた手を下ろして、シエルの顔を見つめた。 シエルは質問に答えるように、少し困った表情をしながら、小さくうなずいた。
「そんな子をこのまま、どこかに返すわけにもいかないだろう?」
「………」
「それに、三日後には
「お祭りがあるの!? 私、行ってみたい!!」
シエルは、ぱっと目を輝かせてと両手を胸の前で握りしめ、興奮した様子でガタンと椅子から立ち上がった。
この時だけは、辺境の村へ沢山の人々が集まって、色々な場所から交易品を運んでくると、あちらこちらに屋台が出る。
その設営は、村の人々が前もってある程度の準備を行うのだが…。 今年は、それに加えて、いつもより盛大な祭りとなるため、人手がかなり不足している。
「神天祭…新しい神を称えるお祭りさ。 ぜひ、二人で一緒に行くと良い」
「ばあちゃん、その日は医院がすごく忙しくなる日だろ…?」
「いいんだ、家の事は気にせず、シエルを祭りに連れて行っておやり」
「わぁ! たのしみ! …ね、クロト?」
クロトはシエルの純粋な可愛さに、「うっ」と声を漏らして胸を押さえた。 思わず目を瞑ると、自分の中でドキドキと心臓の音が聞こえていた。 彼は、自分の中で彼女の存在が大きくなってしまっていた事に、驚きを隠せずにいた。 そして、心を落ち着かせるように、フッとため息をついた。
「…仕方ないかぁ」
「──じゃあ、決まりだね、きっと素敵な思い出になるさねぇ?」
「やったぁ! うふふ、ありがとうクロト!」
「どう…いたしまして」
ノアは渋い声を出して拳を握って親指をビシッと突き立てると… シエルもそれと同じように両手の親指を立てて、頬の前で揺らしてはしゃいでいる。
クロトはふと、窓の外に目線を移した。 木々が風に揺られてざわざわと揺らめいて、夕暮れ時の…最後の日の光がオレンジ色に輝いていた。 その光は、村の家屋の屋根を照らしている。
「所で…クロトの目の色…元に戻ったね?」
「ん…? 何のことだ?」
「いや…何でもないよ!」
「…?」
ノアは食事を終えて、ゆっくりと立ち上がり、空になった皿を重ねて片付け始めた。 シエルもそれに続いて、食器を片付け始め、クロトはまだ自分のさらに残っていたスープを飲み干していった。
「こんな時間が、ずっと続けばいいのになぁ…」
クロトは小さく呟くと、空に輝きが無くなるその瞬間まで、ゆっくり沈んで行く夕日を眺めていた――
✦ ✦ ✦
ノアは食べ終わった食器を水につけ、ゴシゴシとこすって洗っている。 その隣で、綺麗になった皿を丁寧にシエルは布で磨いていた。 乾いた食器は、静かに積み上げられていく。
「お前さんたち、明日から祭りの準備があるから、手伝いに行ってくるといい」
「確か、今年はかなり屋台が出るんだよな?」
「そうだ…創造神がこの世から去って、新たな神が即位してから約20年、今年は盛大な祭りさ!」
「創造神…?」
シエルは、皿を磨き終えると、今度は固く絞った布で、テーブルを拭き上げていく。 クロトは綺麗になった皿を静かに戸棚へしまっていた。
「シエルや、創造神とは、この世界を作った神様の事だよ」
「まぁ…」
「よくお聞き、おばあちゃんが話しをしてやろう」
『この世界を作った創造神は、いつの間にやらこの世を去った。
新しい
神の魂は繋がり合い…そして、新しい命がその体に宿る。
――そして、生まれた子供は今年17歳となった。
その子供は…普通の天使達と違って、17歳になると、身体の中に新しい力を宿すとされている。
彼女は
「すごい…!そんな伝説があるのね…!」
「ばあちゃん、好きだよなぁ――その伝説。 それ、本当の話だったのかぁ?」
「そうさね、本当だとも。 だから今年は特に盛大なお祭りなんだよ?」
「17歳……」
シエルは、静かに呟いた。 なんとなく手の平を眺めてみるも、そこにはただ自分の手が見えているだけで、何の力も感じる事は無く、特別何かがあるわけでもない。 彼女は、少し残念そうに首をかしげた。
「シエル? どうした?」
「いや、“光の神子”って私と同じ歳なんだなぁって思って」
「えぇ、お前…17歳なの?」
「うん、クロトは何歳?」
「じゅ…じゅうはち…」
まさか、シエルが年下とは思ってはいなかった。 同い年か自分より年上だと、勝手に思っていたのだ。
「年下じゃ、ダメ…?」
「い、いやっ…ダメじゃないぞ! むしろ、嬉しい!」
「クロトや、お前…この所、情緒不安定だのう…。 年頃かねぇ」
「…なっ! …ふんっ!」
ノアは笑いながら、残りの食器を磨き上げた。 そして「
「えっ! すごい浮いてる~!」
「ふふふ、すごいだろ? 浮遊魔法だ。 “エンタス”便利だから、よく覚えておきな」
「はいっ! 覚えておきますっ!」
ノアは、戸棚にほいっほいっと浮遊の魔法で食器をしまっていく。 一気に片付けられる食器を眺めながら、シエルはワクワクと胸を躍らせていた。
全ての片づけが終わり、二人はそれぞれの扉の前に立つと「お休み」と、挨拶を交わして、その日、静かな眠りについた――
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