✦✦Episode.5 災いを呼ぶのは✦✦

✦ ✦ ✦Episode.5 災いを呼ぶのは





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 クロトに導かれて、シエルは人々の輪の中心へ入った。 村の人々は、目の前に現れた少女の美しさに見惚れ、それぞれが感想を述べ合っている。


「いんやー、ずいぶんと、べっぴんさんだなぁ!」

「あらあら、若くてかわいらしいわねぇ!」


 彼女のことを、間近に見ようと、興味津々にじっと見つめている者もいれば、群衆の後ろから、首を伸ばしてこちらを覗き込んで見ようとする者もいた。


 人々が歓喜の声をあげながら、シエルの元へ近寄って行く。 人々が警戒しない事に気が付いた子供たちは、ノアの後ろからそっと離れ、キラキラと目を輝かせながら、一斉にシエルの元へ集まってきた。

 子供たちは、大きい子から、小さい子まで…。 それぞれ好奇心あふれた瞳でシエルの事を眺めている。


「おねーちゃんきれーい!おひめさまみたい…!」

「あら…こんにちは。 可愛い子たちだね!」


 子供たちの無邪気な笑顔に癒されながら、シエルは微笑みを浮かべた。 その場でゆっくりとしゃがみ、子供たちと目線を合わせると、そっと頭を優しく撫でた。


「ねぇねぇ、おねえちゃんはどこからたの? クロトにいちゃんの、かのじょなの?」

「こ、こらっ! お前ら! 違うにきまってるだろ!」

「え~、ちがうの? なんだ、つまんないのー!」


 一人の男の子が言うと、クロトは動揺し…。 それを見たシエルはクスクスと笑いながら、そっと男の子の頬に手を触れた。


「お兄ちゃんが困ってるから、あまりいじめちゃだめだよ? お姉さんと約束して…?」

「うぅっ…!」


 シエルのまっすぐな瞳に見つめられた男の子は、自分より大人なシエルに対して、ドキッとして、ほんの少し頬を染めながら、唇を尖らせ「…ごめんなさい!」と呟いた。


「うふふ。 わかればいいの。」

「おねーちゃん、あそんで、あそんで~!」

「ねぇー、ぼくともあそんでぇ~!」

「あらあら、うふふ!」


 子供たちは、シエルと遊ぶ事を、心待ちにしているようだ。 その様子を、しばらく遠巻きに様子を見ていたノアだったが――

 子供たちの反応に、実害がないと判断したのか、杖の音を響かせながら、シエルの元へ近づいた。


「いかにも。 私の名前はノアと申すが…。 お前は一体、何者だい?」


 穏やかな声の奥に、どこか警戒したような雰囲気を残し、ノアは彼女に問いかけた。 シエルは立ち上がって、ノアの顔をじっと見つめる。

 長年の苦労が深く刻まれたしわにふと目をとめ、クロトと挨拶を交わした時のようにスカートの裾をつまんで、脚を引いて頭を深々と下げた。


「わたくし、シエル――」

「ノア様!!」


 ルシルフィア、と言いかけたその時だった。 村の外から青年がバタバタと土埃を巻き上げ、息を切らして叫び声をあげながら、手には布を抱え、ノアの元へと走って向かってきた。 青年は、ノアの姿を目にした途端、再び大きな声でノアに向かって叫んだ。


「ノア様、ノア様これを見てください!! ついに現れた・・・んです!!」

「現れたって――何がだい?」

「こ、これを!!」


 青年の青ざめた顔を目にして、ノアはただ事じゃないとすぐに感づいた。 杖をカッカと鳴らしながら、彼の元へと歩き始める。 その顔はひどく怯え、がたがたと全身を震わせている。


「…シエルとやら、すまないね。 何か問題が起きたみたいだ」


 ノアが青年に近づくと、震える手で何重にもまかれた布をパサリと開いた。 開かれた布の中には、押しつぶされ、毛が少し縮れた禍々しい光を放つ漆黒の羽・・・・が…静かにそこ横たわっていた。

 その異様さに村の人々は一斉に怯えて震えだし「きゃああっ…!!」と口元を隠して悲鳴を上げる人々。


「わ…災いを呼ぶ黒い羽だ!! 村のはずれで見つけたんだ…!!」

「何…? 村のはずれでこれを…?」

「…っ!」


 ノアは、いぶかしげな顔をして、チラリとクロトの顔を見た。 彼は青ざめていて、眉をひそめて羽から視線を外した。

 シエルは何のことか分からずに、ノアの近くに歩み寄り、そっと覗き込んだ。 他の人々も、ノアに心の安定を求めるように、傍に歩み寄っていく。


(見つかってしまった。 あれだけ…気を付けていたのに)

(…怖い。 この羽が、俺だと分かった時。 この先、どこで生きて行けばいいんだ――)


 ヒヤリと、汗が滲む。 クロトは胸を痛め、ひとり…その場で立ち止まると…。 移動する人々の列から、後方へと静かに取り残されていく。 やがて、傍にあった木陰の中へ、身を潜めると、皆の視線から外れるように、その姿を消した。


「そう騒ぐんじゃないよ、どれ、よく見せてみな」

「ふむ…確かに、黒い羽だねぇ?」

(これは…間違いなく、クロトの翼から抜け落ちた物だな。 何と言うべきか…?)


 ノアは、布の中にある黒い羽を見つめ、それがクロト本人の物であると確信すると、目を細めた。 彼の羽は風に乗った後、静かに村のはずれにたどり着いた。

 岩の間で、静かに眠りに付こうとした。 その時、青年がやってきて…岩場の陰に見つけた黒い羽に怯え、持っていた布にくるんで、急いでノアの元まで戻って来たのだった。

 

(大方、そんなところだろう…) 

(しかし、シエルとやら…。この羽を見て、何も思わないのか?)


 ノアは、シエルがこの羽を見て驚かないことに不信感を募らせた。 黒い翼は、災いの証。 そのように言い伝えられ、それをみて怯える反応をしないとすれば――

 

(すでに、黒い羽の正体を知られているのか…? それとも…?)

「これは……? さっきの…」

(彼の黒い羽…。 さっき風に飛ばされて、私が探していた物だわ……)


 傍らに立っていたシエルは、布の中にあった羽を目にとめ、そっとその手を伸ばす。

 ノアは、シエルの行動に気が付き、わざとらしく彼女の前に立つ。 シエルは、老婆の威圧感を感じ…ハッと顔を上げて、周囲を見回した。

 村の人々は、震えた目をして、その羽を見据えていた。 その異様な空気に圧倒され、シエルは伸ばしかけた手を引いて口をつぐみ…そして、地面を向いて俯いた。


「安心しな、どこから来たのか私が調べてやろう」

「は、はい。 お願いします…!」


 ノアは、フッとため息をつくと、青ざめて、震える青年の手から、布ごと羽を受け取り、包み込むようにして、素早く羽を布の中にしまい込んだ。

 人々の視線から、遠ざけるように、自身のローブの袖の中へとしまい込み…パンッと手を鳴らす。


「さあ、今日は、可愛いお客さんがいるんだ。 解散、解散!」


 信頼のある老婆の声に、皆は安心して体の震えを止めた。 場はすぐに、元の和やかな雰囲気に包まれていき、集まっていた人々は、それぞれ自分の持ち場に戻るように、その場を離れて行く。


「シエルおねえちゃん、ばいばい!」

「まぁ、うふふ。 ばいばい!」


 子供の一人が、シエルに近づくと、その辺で摘み取ってきた、小さなたんぽぽの花を手渡した。 黄色いたんぽぽの花びらの中に、少しだけ白色が混ざりこんだ、とても珍しい色に、シエルは、子供たちの後ろ姿を見つめながら「不思議な色…。」といた。


「シエルとやら。 おまえは一緒にうちに来なさい」

「はい」


 子供たちが帰っていくのを見届け、ノアはシエルに向かって手招きをした。 薄暗くなった木々の隙間で、今にも消えそうな表情をしていたクロトを見つけ、傍に歩み寄る。


「クロトもこちらにおいでな。 さぁ、うちに帰ろう」

「…」


 ノアは、クロトの服をそっと掴むと、袖を引き、クロトは釣られるようにして歩き出した。 


「あの…?」

「…」

「大丈夫…?」

「………」


 何も答えない彼を見て、シエルは少しだけ、しょんぼりとしながら、二人の後ろを付いて歩いた。



✦ ✦ ✦



 村の中心部から少し外れた所に、ノアの医院がひっそりとたたずんでいる。 その隣に、木造の家が隣接されていて、ノアは、普段そこで生活をしている。

 軒先には、たくさんの薬草がぶら下げられ、太陽の熱を受けて、カサカサに乾燥していた。 家の周囲にはオキナソウの花や菖蒲など、薬草になりそうな花の鉢が所狭しに並べられている。


玄関のドアの上には、大小様々な貝殻が飾られ、風になびいて「カラカラ」と音を鳴らして揺れていた。

 ノアが古びた木製のドアをに手をかけて開く。 「ギィギィ」と重たい音を鳴らし、ドアに取り付けれたリースの鈴が「チリン、チリン」と鳴る。


「さあ、どうぞ、おはいりな。」

「俺…この薬草。 干してくるから先行って…」

「クロト…!」

「ほらほら、早く、おいでな」


 ノアは、手で招いて二人を家の中へ誘い込むと、シエルは、先に家の中に入っていった。クロトは静かに家の真横へ移動すると、空いている紐を見つけ、採って来た薬草を、その紐に乗せて吊るし始めた。


 ノアはそっと周囲を見渡し、誰もいないことを確認してから、静かにドアを閉めた。 持っていた革製の袋から中の小物たちを取り出し、大切に戸棚の中へ並べて仕舞いこんだ。


「わぁ…!!」

(見たこともないお薬が沢山あるわ…!)


 シエルは、窓際に置かれた小さなテーブルにシエルは目を向けて小さく驚きの声を上げ目を輝かせる。 薬瓶がテーブルの上に沢山並んでいて、すり鉢の中にはすでにすり潰されたヨモギの葉。 少し匂いの強い何かが混ぜ込まれ、周囲に不思議な香りを漂わせている。

 沢山並べられた瓶の中には、緑色や、青色の液体も入れられ、栓をされて並べられている。


「これはどんな効果があるのかしら…?」


 どれを見ても、わくわくとした気持ちがわいてきて、ガラス瓶の中の液体を覗き込んだ。 近くにあった紙を思わず触ってみると、どうやら古紙のようで、重ねられた紙がカサッと音を立てた。


(この娘、随分と楽しそうじゃないか)


 楽しそうにしている彼女をみて、ノアは微笑みを浮かべ、すぐ近くにあった台所へ向かった。


「すまないねぇ。 今朝は急病が出てね…隣の医院の方に、慌てて呼ばれてたんだ。」

「おかげさまでね、まだ片付けられてないんだよ。 悪いねぇ」


 カチャカチャと、台所の方で食器が音を立てているのが聞こえてくる。 ノアお茶を沸かす準備をするために、窯の中の薪に向かって小さく人差し指をくるくる回す。


「——ファクト」


 指先から薪に向かって、小さな赤い光が放たれた。 薪は、静かに煙を上げ始めると、パチパチと音をあげながら、炎が窯の中で、だんだんと燃え広がっていく。


(小さな、炎の魔法――?)

「まあ、好きな所に掛けてくれ。 いま、お茶を沸かすからね」


 ノアの声に、シエルは薬の山を眺めるのをやめ、部屋の中心に置かれた、大きなテーブルに歩み寄った。

 どうやらこのテーブルは、食事をするための物らしい。 テーブルの傍に置かれた木の椅子は、4個ほど、点々と並べられ、それぞれ好きな場所に座れるようになっている。 シエルは、椅子にそっと腰かけ、木の温もりを感じて、思わずテーブルをさすってみた。


 ふんわりと、優しい木の香りが漂う。 まるで、朝露に濡れた森林の中のような清々しい香りに、思わずスーッと息を吸い込んだ。 

 台所からは、木が燃える香ばしい匂いが漂っている。 温かい日差しが窓から入り込み、優しく彼女の髪を照らす。


 ガタンと、音がして振り向くと、クロトが薬草を干し終えて、一足遅れて家の中へ入ってきた所だった。 静かに荷物をその場に広げると、床に置かれた籠の中へ果物を転がしていく。


「 クロト…?」

「………」


 クロトは、ボーっと考え事をしているかのようで、名前を呼んでも反応がなく、シエルは彼に近づこうと立ち上がった。

 彼は彼女の横をすり抜けて、静かに奥の部屋へと歩いて行く。 パタンッと、そのドアが閉まっていった。


「どうして、何も話してくれないの…」

「そっとしておやり。」

「あの子はね…少し、人と違うだけなんだよ」


 ノアはお茶を入れ終え、テーブルの上に、お茶を入れたコップを並べて、シエルの隣にあった椅子に座る。 シエルもそれにつられて、寂しそうにクロトが入っていったドアを見つめながら、再び椅子に腰をおろした。


 香ばしい茶の香りが、シエルの鼻をかすめ、一口に含むと、ホッと一安心する温かさだった。 森の中をたくさん歩いて、疲れた身体に沁みていく。


「おいしい…!」

「よかった。 ゆっくりお飲み」


 老婆はお茶を飲みながら、シエルの握りしめていたたんぽぽの花を見据える。 珍しい花の色を見て「ほぉ…」と呟いた。


「真心の愛…ね、いい花言葉だ……」


 ノアは、にっこりと笑うと、水の入った小さな花瓶をシエルの前に差し出した。 その花瓶の中へ、そっとたんぽぽの花を刺し込むと、花は嬉しそうに、風にフワフワと揺られていた。

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