終幕:不問騙

 それから。


 澪は人間としての戸籍と、ついでに住民票を獲得し(そういうことを可能にする特別な制度は日本国にちゃんと存在する)、正式に、僕と同じ苗字を名乗るようになった。


 僕らの間には二人の子供が生まれた。健やかに育った。やがて親元を離れ、自分たちの人生を歩んでいった。


「澪」


 僕は今、老いて死の床にいる。しわしわの老人である。だけど澪は、出会ったときと同じ姿のまま。


「はい、あなた」

「最後に、一度だけ、この質問をさせてくれ」

「なんでしょうか」


 万感の思いを、一言に込める。おそらく、これが今生最後の言葉。


「君は、幸せだったか?」


 澪は、涙を落した。あのときと同じようで、そしてあのときとは違う、涙。


「はい」


 そう言って、小さく頷くと。澪の姿はまるで幻のように、中空に溶けて流れて、消えた。

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不問騙 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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