パンフレット:『不問騙伝説』
むかし、むかしのこと。平戸の沖に、ひとつの小さな島があったといいます。
島の名は、天汐島と言いました。
山は深く、森は豊かで薪も尽きず、入り江には潮が満ち引いて、塩をつくるのにうってつけの土地でありました。
しかし、その島で製塩が始まったのは、ひょんなきっかけからのことでした。
ある年の夏のこと。嵐の明けた朝の浜に、ひとりの若い男が打ち上げられておりました。
村の衆は総出で彼の命を救ったのだそうです。しかし男は自分の名を思い出すこともできず、結局島に住人として迎え入れられました。
男はたいそう物静かで、自分の出自を語りませんでしたが、製塩の技術を知っていました。海を見て、潮を読み、火を起こして、用いるべき灰の作り方も心得ていました。
こうして、島には塩の道が開け、天汐島は外の世界に良い塩を売りさばき、大いに栄えました。
ただ、男はしばしばこのように言っていました。
ひとつだけ、どうしても問うて欲しくないことがあるのです。どうかそれを問うてくださるな、と。
村人たちはもちろん、何を問うてはいけないのか確かめようとしましたが、男はそれについて、言を左右して答えませんでした。
しかし、ある日のある夜のこと。
何者かが、男にそれを問うてしまいました。
「あんたは、塩というものは主なるデウスの賜物であると、信じるかい?」
なぜそのようなことを問うたかというと、天汐島がかくれキリシタンの里であったからです。しかし。
その夜を最後に、天汐島は忽然と姿を消しました。島がどうなったのかを知る者は、誰一人おりません。海の底に沈んだとも、幻のように消えてなくなったとも、言い伝えには語られております。
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