不問騙

きょうじゅ

根獅子ノ浜

 海が好きだ。特に、我が故郷・平戸島ひらどじまから臨む、日本海の蒼く澄んだ潮が。


 僕はいま、長崎県平戸市の、根獅子ねしこはま海水浴場にいる。近くの民宿に部屋を取って、一泊二日の気軽な旅だ。宿でゴムボートを貸してもらったが、これは空気入れで膨らませないと使うことができない。空気入れはこの海水浴場の海の家でなら貸してもらえる、と教わっている。そういうわけだから、僕は海の家「松尾屋」を訪れた。小さな、年寄り二人でやっているだけの店だった。


「すいませーん。空気入れ借りたいんですけど」

「はいはい。ただいま」


 小銭を渡すと、老婆が柔和な笑顔を浮かべながら、コンプレッサーを動かしてくれた。


「あんた、このへんの人ではないね」

「ええまあ。でも、生まれは平戸です。家はいわうえ町にあります」

「そうかい。じゃあ、これをもっていきんさい」

「はあ。ありがとうございます」


 と言って老婆が渡してくれたのは、一枚の折り畳み式のパンフレットだった。空気は入れ終わったので、ゴムボートで海に浮かびながら、それに目を通してみる。海水に濡れたからといって惜しむほどのものでもあるまいし。


「なになに。かつて、この根獅子ノ浜の沖には天汐島あましおじまと呼ばれる製塩で栄えた島があった。そして、その島は不問騙とわずがたりと呼ばれる怪異によって滅ぼされ、幻の中に消えた……?」


 いつしか、僕はそのパンフレットを夢中で読みふけっている。

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