第17話
アンタレスは元人間である。
魔王が魔族を作る方法は二つある。
一つは人の死体を材料にした製造だ。これによって生み出される魔族は魔王が望む通りの能力を身に着けて生まれる。
もう一つは人を魔族へと転化、転生させる方法だ。この場合人だった記憶と能力を保持したまま、魔族の元となった人間が欲する能力を持って生まれ出る。
アンタレスは後者の方法で生み出された魔族である。
アンタレスは元は貴族の子であった。
武力をもって成りあがった貴族の子であったが、生まれた時代が悪かった。
魔王全盛の時代。世界は魔王がバラまいた魔物と魔王が放出する魔力によって変異した生物によって危機に陥っていた。
当然アンタレスの家もまた危機に陥っていた。民に重税を課し、兵役を強制せねば家が立ち行かなる程度には。
だがアンタレスの領地の民は逞しく、無知であった。重税を課す貴族を倒そうと立ち上がってしまったのだ。
結果、アンタレスの家は領民によって襲撃され、父と母を目の前で殺された。
そこと、魔王が襲撃したのだ。
領民を食い殺し踏み潰し、アンタレスの屋敷に来ると魔王は気まぐれに眷属製造の権能を行使した。
結果生まれたのがアンタレスだ。アンタレスは以降魔王に絶対の忠誠を誓い腹心として活動してきた。
それは魔王が倒されてからもであった。
かつての最終決戦。魔王と勇者一行の戦闘のおり魔王配下の精鋭の殆どは倒されるか、別の地での戦闘を強要された。
アンタレスもまた魔王から離された者の一人だ。
苦戦ののち、アンタレスは自身を追い詰めた軍勢力を駆逐したのち、魔王との繋がりの消失から魔王様が敗北したと知る。
その後百年は何もする気が起きず暗黒大陸の魔王城を管理し、その更に百年後に魔王様を倒した人類を滅ぼすべく行動を開始した。
五百年の間、アンタレスは魔王に変わる人類の脅威として君臨し──時の勇者によって打ち倒された。
そして一万年後の今、魔王の手によって復活したのだ。
盗賊の頭領は馬から降り、アンタレスと相対する。
(有利な馬上を捨てるとは……無能か実力者か。さてはて)
アンタレスはそう考えながら、攻撃を放つ。
「死になさい」
アンタレスは指を振るう。
ただ指を振るうのではない。指先から極小の魔力によって構成された糸を形成して放つ。
魔力の糸は細さに反し頑丈さと鋭さを併せ持つ。極小の刃だ。
敵が雑兵ならば、そも視認すら出来ずこの一撃で死ぬ。
「はっ!」
対し敵、盗賊の頭領は屈み自身の首に向かって飛ばされた糸の斬撃を華麗に避けた。
「おや。ただの雑魚ではないですね」
少なくとも雑兵ではないとわかり、次は少し本気の一撃を放つ。
掌を開き、サイコロ状の斬撃の糸を飛ばす。
「へっ、雑魚が!」
粋がりながら盗賊の頭領は身の丈ほどの大剣を振り落とし、糸の刃を斬り伏せた。
そのままスリ足の要領で移動。アンタレスの眼前に迫る。
「ふん!」
頭領は叫びと共に大剣を振るいアンタレスの首を狙う。
アンタレスは大きくのけぞる事で大剣を回避。
頭領は追撃の一手を打ちかます。大剣をそのままアンタレスに向かって振り落とす。
アンタレスは糸を使い自身の体を後方に引っ張る事で更に回避。大剣が地面を抉る。
「……貴方、そこそこ強いですねぇ。何故盗賊なんてやっているんです?」
アンタレスは心底疑問に思いながら頭領に問いかけた。
一定以上の実力者はどんな国や地域でも引っ張りだこだ。盗賊の頭領の戦闘力はただの当族で片付けていい戦闘力を超えている。
これほどの力があれば国に抱えられることも夢ではないだろうに、とアンタレスは考える。
「あー、俺と戦う奴ってだいたいそれを聞くんだよな」
頭領は顔を顰めながら、はぁとため息をつく。
「単純な話だ。俺は鼻つまみ者って訳だ」
「ふむ?」
頭領──ザルグは己の半生を語り始めた。
ザルグはとある農村で産まれた。
彼にとっての幸運は、人よりも恵まれた力と聖力量をもって生まれた事。不幸は、気性の荒さ。
ザルグは乱暴者として生まれてしまったのだ。
何か気にくわないことがあれば口よりも先に手が出てしまう。暴力を第一主義とした暴力性を持って産まれてしまった。
それは、とてつもない不幸だった。
下手な大人どころか、街の自警団よりも強く生まれ育ってしまったザルグは、村の者にとって直ぐにでもいなくなって欲しい者だった。
それは、両親から見てもそうだった。
ザルグは村での居心地の悪さを感じ、村を出た。
村を出たザルグは、最初の内は冒険者となった。
だが、其処でも生来の気性の荒さから同僚である冒険者や依頼人と揉め事を起こしてしまう。
そして遂には、同僚の……仲間であるはずの冒険者を殺してしまった。
其処からは転げ落ちる様だった。如何に冒険者が社会の底辺とはいえ殺人は殺人だ。街に居場所が無くなったザルグは街にも村にもいることが出来なく成った。
結果外の放棄された廃坑や村、砦等を転々とする事になった。
当然そういった場所には先駆者である盗賊やら山賊がいる。それらはザルグの力の前には成す術ない雑兵だった。力をもって他者を従わせることは、ザルグにとっては依頼を達成するよりも簡単だった。
ザルグは
もしもザルグが少しでも暴力性を抑えることが出来ていたら、このような未来には成らなかっただろう。だが、現実は上手く行かないモノだ。
「ていうお涙頂戴のストーリーがあったって訳よ」
「成るほど。どうでもいいですね」
「なら何で聞いた?!」
アンタレスが聞いたのは、聞けば人間について何か知れるのではないか、という思いからだ。
だが人であった頃の記憶をなくしかけているアンタレスに人の情緒はわからなかった。
「まぁ、よくわからないので、やっぱ死んでください」
アンタレスは両の手を動かす。
左右から挟むこむ様に動かし、十の指先全てから魔力の糸を放つ。
糸は地面をえぐりながらザルグへと襲い掛かる。
「はっ、馬鹿が!」
ザルグは斜め上に跳躍する事で糸の攻撃を回避する。
そのまま空中を蹴りアンタレスに向かって突進。
「馬鹿は貴方です」
アンタレスは目から怪光線を放つことでザルグを迎撃。ザルグは予想外の攻撃に防御出来ず体に喰らう。
だが身体を貫通する事はなく、衝撃を受けるだけに終わる。ザルグはそのまま地面に落下する。すんでのところで減速が成功し、ザルグは地面に着地する。
アンタレスはすかさず糸を束ねて槍を作り出す。
「死になさい」
アンタレスは糸で出来た槍を高速で射出する。高速とは言っても音速の領域ではない。ギリギリ人間でも視認出来る程度の速度だ。
「受けるか馬鹿がよ!」
ザルグは叫び、大剣を持って迎撃の構えを取る。
高速で放たれる槍に向かって大剣を振り落とし──瞬間糸の槍がバラバラになる。
ザルグがやったと思った瞬間。解けた糸の槍の糸がザルグに襲い掛かる。
攻撃ではなく捕縛。大剣事ザルグは糸によって簀巻きにされる。
「聞くかぁ! こんなもん!」
ザルグは聖力を滾らせ、己の身体能力を限界以上に強化する。それと同時にアンタレスが跳躍した。
ザルグは強化した膂力をもって糸を引きちぎらんと蠢く。
瞬間、ザルグの首に細い糸がかかった。くるりと首が糸にかかる。
「あ──」
アンタレスは首の糸を閉じる様に動かし、ザルグの首を切断した。
■
「やってやろうじゃないのこの野郎!」
リアは天剣の術を行使し、合計五つの聖力によって出来た剣を構成する。
天剣を射出。盗賊に向かって放つ。
「うお!」
「やべ!」
天剣のうち二つは盗賊の頭と胸に着弾、絶命させる。
残りのうち二つはそれぞれ別の盗賊の手足に命中し斬り落とし、残りの一つは避けられた。
「舐めんなクソ
盗賊のうち一人が聖具を手にリアに襲い掛かる。
装備している聖具はモーニングスター状の物だ。効果は聖力を籠める事でモーニングスターの鎖部分の増加──射程距離の増加である。
盗賊はそのモーニングスターを振るい、リアに向かって投げつける。
リアは聖力のバリアを展開し、モーニングスターを防ぐ。
バリアはリア全体を覆う球体状の物だ。これで三百六十五度全方位の攻撃を防ぐことが出来る。
聖力のバリアは薄い青色をしている。
リアは地面からほんの少し浮き、滞空する。
「女ぁ!」
盗賊の内一人が弓を弾き絞り、矢を放つ。当然矢はバリアによって弾かれる。
(気を付けないと直ぐ破られるわね)
バリアには大まかに二種類ある。常に聖力や魔力を消費する事で維持し続けるタイプと、一度大きく魔力や聖力を消費する事で一定時間持続するタイプだ。
リアが行使した術は後者であり、更にバリアの強度を維持するため攻撃を受ける度残り時間が削られるタイプだ。故に余り時間はかけられない。
「
リアはすかさず範囲攻撃の術を選択する。
リアの手に白い鞭が生成され、リアはその鞭を無造作に振るう。
射程は凡そ二十メートル。リアが一回転しながら振るった鞭が盗賊達を襲う。
だが、盗賊達はいつかの砦覗く程無能では無かったようで、何人かはしゃがんだり空中に飛ぶ事で回避する。
「ちっ」
「よくも仲間をやってくれたな!」
リアが舌打ちをすると同時に盗賊の一人が槍を手にリアに襲い掛かる。
「邪魔よ!」
リアは聖力による砲弾を形成し、槍の盗賊に向かって放つ。
盗賊は回避は出来なかった。だが防御は間に合う。槍を間に挟むことで守る事に成功した。だが無意味だった。聖力の砲弾は槍事盗賊を貫き、腹に風穴を開けた。
(残りは──十九人! 多いわね!)
残り人数をざっと数え、リアは辟易する。
リアがちらりとアンタレスの方に視線を向ければ、そこには頭領らしき音──ザルグ──の首を手にぽんぽんと投げながらリアを観察するアンタレスが居た。
(こっち手伝ってよ!)
リアの心の叫び虚しく、アンタレスは手伝う気はないようで微笑むばかりだ。
「やってやろうじゃない!」
いい加減、自分の実力というものをヴィルトにもアンタレスにも知らしめる時だ、とリアは一層気合を入れる。
リアは自己強化の聖術を行使し、身体能力を極限まで高める。
右手に聖力による剣を生成し、準備は万端。
「はぁ!」
リアは地表すれすれを高速で移動。盗賊達に接近する。
すれ違いざまに一閃。盗賊を両断する。
「なんだこいつ、はえぇ!」
「あれ、頭領死んでね?」
今更間抜けにも自分たちのリーダーの死を知った盗賊にも接近。頭から兜割を放ち縦に両断する。
すぐさま別の盗賊に近づき今度は横に斬り裂く。
「すぅ──はぁ!」
リアは一息ついてから聖術を行使。目を焼くのではないかと思える程の光の爆発を起こす。
威力は無い。単なる光だけだ。リアは真上に飛び、地上十メートルまで飛び上がる。
「審判の矢!」
リアは手を空にかざし、術名を叫ぶ。
こういった時に術名を叫ぶのは極論気合を入れる為だ。気合を入れた方がこの世界では術の威力は増す。
空から何百という聖力で出来た光の矢が降り注ぐ。
矢の一つ一つが成人男性と同程度の大きさを持つ矢だ。防ぐことは出来ない。
盗賊達は健気にも聖力で自己強化したりリアと同じようにバリアの聖術を行使するも無意味だ。バリアは一発で砕かれ自己強化しても無意味とばかりに体が貫かれる。
矢の雨は十秒ほど続く。攻撃範囲にアンタレスも入っているがアンタレスは魔力で防壁を張る事で防いだ。
矢の雨が終わってから、リアは地上に降りる。
「ふぅ……あ」
ふと見れば。範囲外に居た盗賊数名が馬に乗って逃げ出していた。
「爪が甘いですね──しゃがみなさい」
アンタレスがそう言うとリアは大人しくすぐさましゃがみこむ。
するとリアにとって目に見えない斬撃──極小の糸──が逃げた盗賊を襲い器用に盗賊だけが両断された。
「うわ、つっよ」
「当然です。魔王様に仕える従僕なのですから」
アンタレスは胸を張る様にそう言うのだった。
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