第16話


 ヴィルトが宿屋の部屋に戻ると其処には既にリアが居た。

 地図を見ながら何かうねっており、地図に穴が開くのではないかと思える程に睨んでいる。


「何をしているんだ?」

「あ、ヴィルト。いや、魔王城までの道について考えてたのよ」


 ほら、とリアはヴィルトに地図を見せる。


 地図の作りは雑なものだ。大規模な都市が幾つか乗っているだけであり、道も乗っていないし村も書いていない。地形だってだいたいこんなものだろうと描かれているものに過ぎない。

 だが個人が所有できる地図などこの程度のモノだ。詳細な地図はこの時代だと国防の要に成る為個人で持つ事は許されない。


 リア達の旅の目的地である魔王城がある暗黒大陸に行くには海を渡る必要がある。

 現状、暗黒大陸まで行ける船があるのは海洋国家ローティアしかない。

 そのローティアに行く方法は二つ。海路か陸路だ。

 リア達が現在いるこの国ゼーティ王国は北の果てにある。暗黒大陸の方角は東である為東まで行かねばならない。

 暗黒大陸までの船があると思われるローティアまで行くのならこのまま北上し船に乗ってローティアに行くか、一つ別の国を通って陸路で向かうかの二つである。


「うーん。ヴィルトはどっちがいい?」

「馬車を持ってるんだ。どうせなら陸路で行ける所までは行きたいところだな」

「やっぱり? じゃあそっちの道にしましょうか」


 リアはそう言うと、道程について少し考えたのち、何となく再度口を開いた。


「ところで、あの依頼はどうだったの? 踊りとかいう変な依頼だったけど」


 リアは軽い口調でヴィルトに問いかける。問いかけてしまった。


「あぁ。踊ったぞ。踊りというものは服を脱ぐものなんだな」



「は?」


 怒りを滲ませて。リアが一言呟いた。

 余りの覇気にヴィルトはたじろぐ。魔王であっても驚く程の声の強さだ。


「それって本当? 何処まで脱いだの?」

「ど、何処までって……全部だが」

「はぁ?! 貴女ねぇ! 魔王だが何だか知らないけど女の子なんだから気軽に肌を見せたら駄目よ! 今後はこういったことが無いように──!!」



 リアの長い長い説教が始まった。




 ■


「どうかされましたか、我が主よ」


 宿の一階の食堂で、ヴィルトはアンタレスに心配の声をかけられた。


「ああいや、なんでもない……何でもないんだ……」

「本当ですか? 随分と消耗されているご様子ですが……」


 何でもないというヴィルトとそれでも様子が可笑しい──焦燥しきっているヴィルトを前に心配の声をアンタレスはかける。


「何でもないのよアンタレス。えぇ。何でもないったら」


 焦燥しているヴィルトに変わりリアがそう返答をする。

 二人から何でもないと言われれば流石に黙るしかなく、アンタレスは口を閉じた。


 全員がテーブル席に座り、食事をすませる。


 その後宿を出て三人は冒険者組合に向かう。

 道中もくどくどとリアはヴィルトへの説教を忘れない。外で人目があるにもかかわらず説教は続く。


「……あの、我が主が何かしたので?」


 アンタレスはそう問いかけるも、リアの鋭い目つきを前にたじろいでしまう。


 大人しくアンタレスは黙り、三人は冒険者組合に辿り着いた。

 中に入り、クエストボードの前に着いたリアは再度口を開く。


「いい? こんな依頼は受けちゃ駄目よ。人として、いいえ女として最低の依頼だわ。絶対に今後受けないでね」

「ワカリマシタ」


 カタコトに成りながらもヴィルトは返答をする。


「受けるのなら、そうねこういう依頼にしなさい」


 リアは一つの木札を手に取って見せる。

 依頼の内容は単純だ。街の近くに山賊の砦がある。其処にいる山賊の頭を打ち取れ、というものだ。

 報酬は二万ルエである。


「貴女は暴力担当よ。だからこういった暴力が全てな依頼こそ受けなさい」

「ワカリました」


 ヴィルトは大人しく木札を受け取り、受付に依頼受注の処理を済ませに行く。


「で、私たちはどうします? 適当な依頼でも見繕いましょうか?」

「いや。今日は依頼は受けないわ。変わりに……」


 リアは微笑みを深める。


「アンタレス。貴方にも従者としてヴィルトを制御するように徹底的に教え込むわ。今後ああいった依頼を受けないように」


 アンタレスは魔族の身でありながら、ちんけな女を前に少し恐怖するのだった。




 ■


「だいたいね、あの子雑過ぎるのよ!」


 ぷりぷりと怒りながら、リアは街道を歩く。


「何をやるにしても第一に暴力よ暴力! 今の時代に相応しいとは言えないわ!」

「それは、まぁ我々にしてみれば一万年後の未来ですからねぇ。時代に合わないというのも当然でしょう」


 二人は雑談を交わしながら街を歩いて行く。

 そうして歩いていると、人々が何か叫びながら走っていくのを目撃する。


「門の方からですね……行ってみます?」

「なんか嫌な予感するけど……行かない訳にも行かないわよねぇ」


 アンタレスは嬉々として。リアはいやいやとしながら門の方へ走る。


 二人が全力で五分も走れば門の前に着く。

 着いた其処は、死屍累々だった。


「これはこれは」


 門の周囲には血を流し、鎧が砕けた兵士達と斬り伏せられ血に伏す市民の姿があった。


 それを成した者は、三十人程。


 リーダー格であろう頭髪の無い男だ。筋骨隆々の肉体を持ち、大剣を片手に馬に乗っている。

 そのほかの者達は清潔感の無い、無精ひげ等を生やした武装した男達だ。軽装鎧や剣や槍等の武器を手にしている。


「ひゃはははは! 肉と女を持ってこい!」

「全員皆殺しだぁ~!」


「うーん。ありきたりな賊ですね。どうします?」

「どうしますって、助けなきゃ!」


 駆けだそうとするリアをアンタレスは手で押さえる。


「頭領らしきあの男、貴女より勢力保有量が上ですよ。実力を察するに考えなしの馬鹿という線は薄そうですが」

「……っ、なら、貴方がどうにかしてよ! アンタレス!」

「私が、ですか?」


 ふむ、とアンタレスは考える。


 白昼堂々、街に押し入り凶行に及ぶ盗賊の類。

 保有する聖力量もなかなかの物だが、アンタレスの魔力量には当然及ばない。

 だが、助ける理由は無い。

 そもそもこんな真昼間に事に及ぶ時点でただの賊の類ではない無いだろう。まさか何も考えずに街に攻め入る馬鹿ではあるまい。

 それと事を構えるなど、魔王様の許可なしにはしたくないというのがアンタレスの本心だ。


 だが──


『人について知りたいと、そう思ったのだ」』


 アンタレスは魔王の言葉を、思い出した。


「しょうがないですねぇ……参戦するとしましょうか」

「アンタレス……! 勿論私も行くわよ!」


 二人は盗賊達の前に立ちふさがる。


「ひゃははは! 女が来やがった! 犯せ犯せ~!」

「気色悪い!」


 リアは聖術を行使する。

 聖力で出来た剣を作り敵を攻撃する術、名を天剣。


 光の剣が叫んだ盗賊の胸を貫き、絶命させる。


「雑魚は私に任せない!」

「えぇ。任せましたよ」


 リアは飛翔し、盗賊達の背後に回る。

 リアとすれ違うように盗賊の頭領の男が馬で進み、アンタレスと対峙する。


「クフフフフ。人間風情が。この私と相対したことを後悔しながら死になさい」


「さぁ、女は度胸! いっちょやってやるわよ!」




 一方そのころ。ヴィルトは山賊の砦でこう叫んだ。



「誰も居ねぇ!!!」


 ここに、魔王一行と盗賊の戦いが始まった。肝心の魔王が不在のままで。


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