第18話


「さて、この死体どうします?」

「取り合えず一か所に固めておきましょ、片づけやすいように……」


 リアはそう言うと念力の聖術を行使しようとし──己の耳に入る足音を前に術の行使を辞めた。

 多数の足音だ。しかもガチャガチャとした金属音の含まれた音。


 アンタレスとリアが大通りの方に顔を向けると、そこには鎧を纏った複数人の人間が走ってきていた。


「この街の兵士ですかね」

「でしょうね」


 この街の兵士はリアとアンタレスの二人を囲うように進むと、剣を抜き取り叫ぶ。


「貴様らが賊か!」


 兵士達との一触即発の空気が流れる。


「いえ、違います! 私達は冒険者です!」


 リアは叫びながら冒険者の証である銅のプレートを見せる。

 首元に下げているそれは光を反射してきらりと光る。


「冒険者……本当か?」

「偽物かもしれん」

「いや、本当に冒険者だとしても盗賊の仲間でない保証は?」


 兵士達は次々と疑問を口にする。

 中には当然、リアとアンタレスを疑う言葉もある。

 冒険者の社会的地位は非常に低い。その為にこういった時には厄介な事になる。

 このまま誤認逮捕されても謝罪も何も無い、というのもよくある話だ。

 更に厄介なのは、下手したらそのまま主犯として処刑される可能性も高いという事。


「面倒ですねぇ……」


 アンタレスは思わず全員殺して解決してしまいたくなる衝動に駆られる。

 魔族であるが故の衝動だ。リアはそれを手で押さえる。


「ん? 其処の男は……魔族か!」


 兵士の一人がアンタレスを見てそう叫ぶ。

 アンタレスは普段通りの執事服を着た状態で背中から蝙蝠の翼を生やしている。

 この翼は消したり収納する事は出来ない。普段からだしっぱである。


「執事服を纏った冒険者と女……もしかして、名前はリアとアンタレスじゃないか?」


 兵士はリアとアンタレスの名を言い当てる。そのことにリアとアンタレスは疑問を抱く。何故、名が知られているのか、と。


「知っているのか?」

「隊長、こい──この人たちルテンラで恐竜と偽竜を倒した冒険者ですよ!」

「なんだと?!」


 その言葉に兵士達の間に動揺が走る。

 恐竜や偽竜は圧倒的な強者として知られている。それを打ち倒した存在に武器を向けてしまったという恐怖を感じる。


「……あの時、アンタレスは居なかったはずだけど」

「大方諜報員当たりに探らせていたのでしょうね。言うのも何ですが私は目立ちますから」


 兵士の一人──隊長と呼ばれた男が全員に武器を仕舞うように指示を出す。


 慌てた様子で隊長はリア達の前まで歩き、頭を下げる。


「かような武人に対する所業、謝罪させてください」


「いえ、こちらも怪しい身分であるのは確かなので……気にしないでください」


 リアは本心からそう言い。アンタレスは怪訝な眼で隊長を睨む。


「それで、何があったか話して貰えますか?」

「はい。わかりました──」


 リアは何があったかを話していく。

 人の悲鳴を聞いて門の前に来たこと。門の前に盗賊が居た事。そして二人で盗賊を倒したことを報告する。


「成るほど。その様な事が……ありがとうございます。後日、この件に関して報酬について話しましょう」

「わかりました。ありがとうございます」


 兵士達が現場検証をする中、三人は話し合う。


「じゃあ、私達はこれで」


 リアはそう言うと速足にその場を立ち去る。アンタレスもまたリアに着いて行くのだった。


 ■


「あ~、疲れた」

「お疲れ様です」


 三人が借りている宿の一階の食堂部分で、リアは机に突っ伏す。


「いきなり盗賊と戦うとか、ほんと勘弁してほしいわ」

「まぁあの程度の雑魚なのでまだマシでしょう」

「雑魚って、まぁ貴方から見れば大体の奴は雑魚なんでしょうけどね……」


 二人はそのまま雑談に興じる。

 そうして話していると宿のドアが開き、一人の女が入って来る。


「あ、ヴィルト」

「魔王様」


 入って来たのはヴィルト・シュヴァインだ。何故かしょぼしょぼとした様子で店に入る。

 俯いたままヴィルトはリアとアンタレスの二人が座って居る席に近づく。


「ただいま……」

「な、何があったのよ」


 しょぼしょぼしたままのヴィルトに心配そうにリアは問いかける。


「いやな。依頼を受けて盗賊退治に行っただろ? だが、其処に誰も居なくてな……しょうがなく組合に戻ったんだが……」


 はぁ、とヴィルトは其処で一度大きくため息をついた。


「受付の男の……『こいつ使えないな』という顔が……どうも心に来て……」


 ヴィルトは魔王である。邪知暴虐の限りを尽くした災厄の化身だ。

 それがまるで無能であるかのように見られた──その事実だけで充分ヴィルトの心にダメージを与えた。


「殺してきましょうかそいつ」


 アンタレスは立ち上がり物騒な事を言う。


「いやそこまでは……」


 しょぼしょぼしたままヴィルトは言う。声に覇気が一切ない。


「まぁまぁ。今日は美味しい物でも食べて元気出しましょ」


 ほら座って、とリアはヴィルトに席に座るよう促す。

 ヴィルトは言われるがまま席に座りメニュー表を見る。


(この子も、人並みにしょぼくれたりするのね……)


 魔王の意外な姿にリアは微笑ましく思うのだった。



 ■


「リア様。そしてお仲間のお二人。どうか我が主の屋敷まで来ては頂けないでしょうか?」


 翌朝。宿の一回で朝早く、朝食を終えたリア達一行に開口一番に言われたリアは顔を顰めたくなった。だが顰めてしまう訳にはいかないので気合で抑える。

 話しかけてきたのは全身鎧を着た男らしき者だ。よく手入れされた武装を持つ男であり、佇まいだけで相手の実力が伺える。


「何の用だ?」


 その男にヴィルトは何も考えずに問いかける。


「これは失礼しました。私はレイグ。このアルテリシアの領主であられるヴィグ・アルテリシア様に仕える騎士でございます」


 またかぁ、とリアとヴィルトの思考が重なった。

 リアにとってはある程度予想出来た事でもある。偽竜の群れを打ち倒した英雄的存在であるヴィルトの存在を知れば勧誘しない訳が無い。

 ヴィルトは正しく力の化身だ。いるだけでパワーバランスを崩す戦略兵器とも言える。それを前に多少のリスクを取ってでも欲しいと思う者は多いだろう。


「すいません。私達は直ぐにでも街を出る予定なので。領主様の屋敷に行く事は出来ません」

「それをどうか、お願いできないでしょうか。領主様も貴女方にお会いしたいと思っているのです」

「いえ、私たちが領主様に会うなんてとてもとても。丁寧にお断りさせて頂きます」

「そこをどうか、お願い出来ないでしょうか?」


 これはYESと言うまで繰り返されるな、とリアは思い深いため息を吐いた。


「……わかりました。領主様にお会いしましょう」

「おお、ありがとうございます。では私が案内させて頂きます」


 三人はレイグに案内されるがまま宿を出て大通りを歩く。

 騎士に先導されて歩くとなると注目され、朝早くだというのに視線を集める。

 大通りを歩き、道を変えて歩く事四十分。一行は目的地である領主の館に辿り着いた。

 非常に大きな館だ。縦向きのコの字型の屋敷である。三階建ての大きな建物だ。


 屋敷の門をくぐり、一同は中庭を通って屋敷に入る。

 屋敷の中もまた豪華絢爛なものだ。調度品の数々は質の良いものだと一目でわかり、掃除も行き届いているとわかる。


 レイグの案内の元二階に連れていかれ、三人は大扉の前まで辿り着く。

 レイグがノックをし、部屋の主人に入ってよいか尋ねる。


「どうぞ。入りたまえ」


 何処か傲慢にも聞こえる返事と共にレイグがドアを開け、リア達一行が中に入る。

 中は談話室だ。長い机を挟むようにソファが二つある。

 部屋から入って右側に壮年の男が座って居る。

 歳は四十代後半程度。金髪碧眼の好々爺の雰囲気を醸し出している。

 この男こそがアルテリシアの領主であるヴィグ・アルテリシアである。


 ヴィグは立ち上がり、席に座るよう促す。


「どうぞこちらへ」


 言われるがままリア達三人は席に座り、レイグはソファの後ろに立つ。


「さて。私は無駄話が嫌いでね。早速本題と行こう。私に仕える気はないかな? 給金は望む額だせる。具体的にはそうだな……月四十万ルエだそう」


 一般的な兵士の給金が月十八万ルエであり、隊長などの役職持ちが二十二万ルエ程度。

 役職持ちよりも倍近い給金の提示にリアとアンタレスは息をのむ。ヴィルトは何もわかっていない。


「……私どもに対し、大層な評価ありがとうございます。ですが私たちは、今のところ誰にも仕える気は無いのです」

「ほう。誰にも、と言うのかね。私としては給金以上のモノを提示しても良いと思っているのだが」


 一拍おいてから、リアは再び答える。


「……それでも、です。私たちは今ある目的に向かって行動しています。それが成されるまでは、駄目なのです」


 ほぉ、とヴィグは興味深そうな声を出す。


「ではその目的とは何か、聞いても良いかね?」


 長い間をおいてから、リアが口を開いた。


「……魔王城を探す事です」


 その言葉にヴィグが驚愕に目を見開く。


「魔王城というと……暗黒大陸の奥地にあるというあの魔王城の事かね?」

「はい。そうです」


 リアは緊張しながらそう断言する。

 するとヴィグはふふ、と笑い声を漏らす。


「いやすまない、君達を笑った訳ではない。だが、類は友を呼ぶというのかな……実は私の娘も、魔王城を探したいと言って聞かなくてね」

「そうなんですか?!」


 貴族の娘が自身と同じ夢を持っている。そのことにリアは驚くほかない。


「私の娘はローニャと言ってね。そうだ、君たちさえよければ私の娘を君たちの旅に同行させては貰えないだろうか?」


 ヴィグはそう提案する。


「それは……私達の旅は危険なものです。お貴族様の子を付き合わせる訳にはいきません」

「其処をどうか、出来ないかね?偽竜の群れを打ち倒したという英雄の元ならば、私も安心できるというものだ」


はぁ、とヴィグは分かりやすくため息をつく。


「本人と会ってはどうだ?我としては人間が追加でこようが別に構わん。実力さえあるのならな」


ヴィルトはそうぶっきらぼうに言う。


「ヴィルトがそう言うのなら……まずは本人に会ってみます」

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