旧性別のみなさん、さようなら

ちびまるフォイ

ヒトという生物

「はい、旧性別のみなさん。一列に並んでください」


中学生にあがるころには身体測定の一環として、

新性別「おとな」に変異するための注射をうける。


両親がすでに「おとな」である場合には問題ないが。

まだまだこの国での繁栄率は30%で旧性別のがまだ多い。


「痛っ」

「我慢してください」


新性別の注射を打たれる。


「これで明日から新性別になれるんですか」


「んな早くなりませんよ。個人差はありますけどね」


数日後、クラスメートは徐々に新性別へと変異していった。


男子は胸が張り、中性的な顔になってゆく。

女性は腕が太くなり、力も強くなってゆく。


旧性別である男女の最も良い中間地点。

おとこでも、おんなでもない新性別「おとな」


容姿端麗で頭脳明晰、女性の弱点も男性の弱点も無い。

完璧な性別に生まれかわることができた。



ーー 自分を除いて。



「……あれ? ぜんぜん変わらないな……」


たしかに性別変異注射を受けたはずなのに。

自分の顔はいまだに男っぽく、ヒゲまで生えてきている。


自分を取り残して街はますます「おとな」になってゆく。


『性別変異推進法により、犯罪率が激変しました!』

『新性別により恋愛などの旧システムが排除されました!』

『この街では"おとな"向けのファッションビルが建ちます』


性別はついに統一された。

人類史に偏見と闘争の混沌へといざなっていた性別の分断が解消。


女性が後ろを気にしながら夜道を歩くことも、

男性がそう思われていないかと気を使いながら歩くこともない。


みんな、おとなになったのだから。

自分を除いて。


自分だけはいくら待っても変異は訪れず、

旧性別である「おとこ」のままだった。


「きゃーー!! なんで! なんで電車に男がいるの!?」


「え、あ……そりゃ公共交通機関ですし……」


「男は汚くて臭くて粗野で暴力で性的!!!

 知恵のたりない男は、おとなへ何するかわからないわ!!」


「す、すみません……次の駅で降ります」


「これは快速よ! 次の駅は20分後!

 同じ空間にいるなんて耐えられない! 今すぐ窓から出て!」


「うわああ!?」


新性別である"おとな"は男よりも力が強い。

オリンピックはすでにおとなだらけ。


窓から放り出されて立ち上がると血だらけだった。


「いたた……。こんな顔じゃ会社にいけない。

 どこかで水で洗おう……トイレないかな?」


公園にいくとトイレが有る。

ただし入口は1つしかない。


「おとな用、か……」


男子トイレも女子トイレもすでに消え失せていた。

いくら探しても古の男子トイレなんて見つからなかった。


誰も入っていないことを確認してトイレにかけこむ。

水で顔を洗って出たとき、最悪のタイミングで人と合ってしまった。


「お前……。男のくせに、おとなのトイレに入るなんて!!」


「ちがっ……。他に場所がなかったんだ!」


「これだから旧性別は!! なんでそんなに下品なんだ!!」


「た、助けてーー!」


なんとか振り切って逃げることができた。

もう会社どころではない。家に戻ると大家さんが待っていた。


「悪いんだけど、明日までに出ていってくれない?」


「はあ!? 急に!?」


「苦情が来たのよ」


「そんなにうるさくしてないんですけど……」


「ちがうわ。隣が男の人だと知ったら怖くて寝れないって。

 大家である私としても、旧性別に部屋貸してると思われたくないし」


「そんな……家すら奪われるんですか!?」


「あなたも旧性別にしがみついてないで、

 さっさとおとなになればいいのよ」


「それができないんですよ!!!」


すでに性別変異注射は二度三度と打っていた。

だが自分には謎の耐性があるらしく、男の造形を保っていた。


男だからという理由で家すら奪われ、

街を歩けばまるで犯罪者として扱われる。


「俺が……俺がなにしたっていうんだ……」


自分が望むことはただひとつ。

また昔のように普通に暮らしたいだけなのに。


とぼとぼと当てもなく歩いているときだった。

後ろからいきなり棒でぶん殴られる。


「痛ったぁ!?」


「おい! まだ生きてるぞ!!」

「浅かったか」


振り返ると覆面をしたおとな達が立っていた。


「な、何だお前ら……」


「俺たちはおとな自警団だ」

「お前みたいな旧人類がいると、おとなは安心できない」

「街の平和は俺達がまもる!!」


「ちょっ……待っ……!!」


もうダメだ。

自分の人生の終わりを確信したその時。


「大丈夫ですか!!」


スーツを来た人が助けに入ってきてくれた。

襲ってきたやつらは慌てて逃げていく。


「あなたは……? おとななのに……助けてくれるんです……?」


「おとなだからですよ。怪我は?」


「頭はズキズキしますけど……」


「見せてください。ああ、軽症ですね。

 命に別状はないので大丈夫。安心しました……」


「俺みたいな旧人類にも優しくしてくれるなんて嬉しいです」


「我々はあなたみたいな人をずっと探していたんです。

 家はありますか? ご家族は?」


「家は先ほど追い出されました……。

 家族はみんなおとなで、今は口も聞いてくれません」


「それはよかった。ではうちに来てください」


「え? かくまってくれるんです?」


「いいえ。でも、あなたにピッタリの場所ですよ」


どのみち行くあてもなかった。

男についていくしかなかった。


たどり着いたのはドーム型の場所。

男はどうやらここのスタッフらしい。


「さあ、ここに入ってください。今日からココがあなたの住処ですよ」


「ここが……」


ドーム状の周囲は天候が管理されていて、

町並みも旧性別がいたころの風景が再現されている。


男性もいれば、女性もいる。

話しかければ答えてくれるし、旧性別への差別も無い。


「ああ、これが求めていた楽園だ!

 消えてしまった旧性別の人たちはここで暮らしてたんだ!」


居場所のなくなった現実世界でひどい生活するより、

昔のままで生活できるこの場所で生きるほうがずっといい。


「ここでは衣食住も完璧に手配しています。

 あなたはここで自由に暮らしてくださいね」


「ありがとうございます! 嬉しいです!!」


本当に自分は幸せものだと思った。





それからしばらくして。

準備が整うと、その施設は一般のおとな達にも解放された。


今日はおとな小学生の社会科見学として多くの人が来場している。


「すごい! 本当に男がいる!」

「はじめてみた!」

「イラストで見るより、ずっと汚いんだね!」


おとなの小学生たちは目をキラキラさせて眺めた。

飼育員のスーツの男は裏で仕事をしていた。



「おい、旧性別はもう絶滅危惧種なんだ。

 ちゃんと生育環境整えておけよ。死んだら困る」



ケージに収まる旧性別の動物たちは今日も元気に暮らしていた。

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