第7話 『魔女の孤独』
汝の意思と意志の格率が常に普遍の行為せよ。
恭命(きょうめい)に礼す。
命の限り、叫びたて若者。
齢に泣くな、死ぬまでに果たせ。
静かな海と太陽の輝きの境界で胎児が啼くまで。
暗闇から産まれる前に。
汝の愛と情熱が、つねに横たわる変わる事のない明日。
見上げれば眩しい。
幾年月の隙間のような夜と月。
少年が照らすと、まるで死者が生きる者を讃えるように詠うのだ。
変わり続ける太陽と風に手を伸ばす。
少女が唄うと、わたしは孵る産まれて来た場所へ。
あの人は辿り着く、産まれなかった命の場所へ。
時の果て。謡い続ける魚が一尾。
果たされる事のなかった、時の果て。
その謡い声は、いつかそれすら超えてゆく。
汝の絶望と枯渇。
振り返るなら卑金属の輝きに似ていた。
穏やかな海に波がたつ。
雲の狭間から光が漏れる。
あの日、此処は何もない場所だった。
骨身、血肉、五臓六腑。脳神経が砕けて溶ける。
白く輝く孤高が息吹く。
忘れていた景色が、色鮮やかに息吹いています。
さあ、手を伸ばしたら。
白く輝く孤高が息吹き、忘れていた景色が香り立つ。
神様も知らない明日。
過ぎさってしまった、時の果て。
産まれてきてそれを忘れた事がない。
わたしはそれを、確かに誇りと呼んだ。
誰かに矜持と呼んで欲しい。
誰かが、その間違えに気が付くまで。
さあ、手を伸ばしたら。
時の終わりと、夢の果て。
さあ、手を伸ばしたら。
アスターリと猛青年は、雲の上にいた。
アスターリは、哲夫を魔法使いの街に連れて来たのと同じように。
蝙蝠の羽の模型が着いた自転車に。
猛青年を乗せていた。
「アスターリ! 僕は空を飛ぶなんてはじめてだよ!」
猛青年は、はしゃいでいた。
「そうですね! タケル! 雲の上は気持ちよいでしょう!」
「うん! アスターリ! 僕は今、凄く気持ちが良いよ! あのさ! アスターリ! 哲夫くんは元気にやってるんでしょ!」
「大丈夫です! 哲夫は元気に過ごしてます!」
「良かった! 一カ月も連絡がないから、ずっと心配だったんだよ!」
「なんですか!?」
「哲夫くんが元気なら、何も問題はないよ!」
「聞こえません! もう一度、言ってください!」
「雲が綺麗だよ! アスターリ!」
「ええ! 私もそう想います!」
「タケル! もうすぐ着きますからね!」
アスターリの声は、雲の上の風にかき消された。
「おや?」
アスターリは、遥か向こうの大空に影を見つけた。
その影は、こちらを目指して向かってきている。
その距離が縮まると、それはジンベエザメだという事がわかった。
哲夫に着いて行ってしまった、アスターリの使い魔だ。
それは、一所懸命に身体を動かしていた。
一刻もはやく。少しでも早く。
ジンベエザメの動きは、アスターリにはそう見えた。
「なんだ?」
アスターリは、わずかに嫌な予感を覚えた。
ようやく、ジンベエザメが空を飛ぶ自転車に到着した。
アスターリの胸の中に、ドスンと。
ぶつかった。
「どうした、なにかあったのか?」
ジンベエザメは、アスターリにむかって身振りで何かを伝えた。
他の誰にも伝わらないだろうけれど。
アスターリは、事の次第をようやくつかんだ。
「タケル! スピードをあげますよ! しっかりつかまっていてください!」
「なに!? なにかあったの!?」
「哲夫が危険な目に合っています! 急ぎますよ!」
「それは、どう言う意味……」
猛青年が聞き返す間もなく。
空を飛ぶ自転車は。
そのスピードを限界まで上げた。
哲夫は何もない世界にいた。
音だけの世界。光のない景色。
痛みさえ鈍るほど激しい痛み。
刺激的で濃密な、魚が腐ったような臭い。
哲夫はおぼろげにレーレーの事を想い出した。
時々、意識が切れた。死ぬ事も出来なかった。
死ぬ事で全てを清算する事すら。
哲夫には出来なかった。
猛青年の事を思い出した。
アスターリの事を思い出した。
エルサンの事を想い出した。
海の事を想い出した。
そう言えば。
海は赤い宝石の着いたブローチをしていた。
記憶が。曖昧になる。
君子。
君子が。
君子が傍らにいる。
それはわかった。
君子。
君子は。
血の臭いに染まっていた。
生きている人間の血の臭いではない。
死んでしまった人間の血の臭いだ。
哲夫が、わずかに呼吸を吹き返すと。
視界がぼやけて蘇った。
君子。
君子は
血の通っていない蒼い唇を。
唇を自分の手の甲にあてた。
舌。
舌で。
手の甲の傷口の割れ目をなぞった。
君子。
君子は。
痛みに耐える事や。
誰かを痛めつける事や。
何かを壊す事が。
すべて一緒になった時の。悲鳴。
あるいは達成感。
愉快さや幸せな気持ちや。
例えば皮肉に共感した時の。嘲笑の中にあるような。
ほんの少しの心の余裕も無い。
つめたい冷たい声。
声。
声をあげた。
小さな悲鳴。
悲鳴をあげた。
君子。
君子は。
手の甲。傷の間。
肌の間に産まれた。
な。
なまなましい。
生々しい盛り上がった肉。肉を愛しむ。愛おしむようにして。
慈しむようにして。ゆ。ゆっくり。ゆっくりと時間。
時間をかけて。
傷。傷口を。舐めた。
君子。
君子は。
その青白い舌で。
優しく掬った。
自分の手の甲についた。
既に死んでしまって、ただれたようになった傷口を。
ステンドグラス。
ステンドグラスの少女の前で。
君子。
君子は。
自分の血を振りまいた。
既に死んでしまった肉体だったから。
血のしぶきはわずかすらも無かった。
ただ。
ただただ。
腐った魚のような臭い。
臭いが辺りに立ちこめた。
君子。
君子は。
突如として。
手の甲の傷を庇うようにして身体を丸めた。
君子。
君子は。
ち。
力。
力も。
腕力も権力なかった。
美しい。綺麗。
そ。
それだけの女。
女だった。
手。
手の甲。
手の甲の傷。
身体を丸めて庇った傷が。
に。
鈍く。
鈍く暗黒の光を放つ。
抉じ開けて。
抉じ開けていく。
お。
女に。
魔女に。
閉じた。
閉じていた物。
抉じ開け。
抉じ開けられていく。
傷。
傷口。
傷口を。
傷口を無理やり。
傷口を無理やり抉じ開け。
抉じ開けて。
ステンドグラス。
ステンドグラスの少女が。
哲夫。
哲夫を見て。
哲夫を見てほほ笑んだ。
まるで。
まるでそれが。
神仏の慈愛であるかのように。
蛇。
蛇が。
干からびて汚くなった。
茶色く潰れた蛇。
蛇がずるずると動いていた。
既に息絶えておかしくない程。
干からびてひしゃげていたはずなのに。
哲夫にむかって這った。
かさかさに乾いた身体を引きずって。寄せた。
蛇は哲夫に辿り着く。
哲夫の身体を。
ノロノロとよじ登った。
哲夫の耳に。
何か。
何かが。
触れ合う音がした。
人の肌と肌が。
触れ合うような音が聞えた。
哲夫はもう。
それがなんであってもわからなかった。
蛇。
蛇は。
哲夫の身体を登り切る。
かさかさに張り付いて。
べっとりと瞳に癒着した瞼をあけた。
べりべりと嫌な音がした。
蛇。
蛇は。
蛇は瞳を開いた。
瞳から小人が飛び出してきた。
小人は哲夫より。
蛇より。
蛇の瞳より、小さかった。
哲夫は融通の利かない顔を。
ノロノロと動かした。
小人はしばらくの間。
哲夫の顔の上を歩き回った。
小人は困ったようになった。
自分の頬を叩いたり、皮膚をひっぱったりした。
そのうちに小人は、臭いを嫌って鼻を塞いだ。
今度は哲夫の口や目玉の弱い所を探しては。
手で叩いたり、足で思い切り蹴っ飛ばした。
腐った魚のような臭いが。
そこら辺に満ち足りていた。
小人は、哲夫以上に目を回していた。
鼻だけではなく頭を抑えた。
息をするのも億劫なようだった。
小人の事も蛇の事も。
哲夫は眺めているだけだった。
魚の腐ったような臭いが。
小人の身体に染み渡っていった。
鼻や毛穴を通って中にまで入り込んでいった。
小人は臭いに嬲られて酔ったようになった。
蛇はもう一度、身体を奮わせて奥底に残った力で顎を剥がした。
皮が引裂ける音がした。
『みらい』と言った。
哲夫は、ほんの僅かな間だけ。
明確に意識を取り戻した。
そして薄暗い視界の中で。
蛇の瞳から産まれた小人に言った。
「海に謝らなきゃいけないんだ」
哲夫の明確な意識はそこで切れた。
朦朧としたまま。
辺りの気配を僅かながらに感じとった。
蛇の瞳から産まれた小人が。
身体にまで入り込んでくる、魚の腐ったような臭いを。
振り払った。
振り払って走り出した。
哲夫の顔の上を横切って。
君子。
君子の。
魔女の追っ手を振り払って。
薄暗い魔女の世界から、外の世界にとび出した。
蛇。
蛇は。
そのまま力尽きた。
瞳と顎を開いたまま。
哲夫の傍らに倒れた。
濃密な。
むせ返るように濃密な。
腐った魚のような臭いで満ちた部屋の中。
君子。
君子の。
君子の双眸が釣りあがった。
君子の黒く細い髪の毛が逆立った。
空中でぶるぶると震えた。
黒く細い髪の毛が束ねられて引き絞られた。
鋼鉄のように硬くなった。
しかし、そのすぐ後。
まるで、何かを諦めたかのように。
その鋼鉄のような黒く細い髪は。
力を失くして、柔らかくなった。
魔女は小人が去っていくのを。
ただ、呆然と眺めた。
諦めだったのか。
怒りだったのか。
それは、誰にもわからない。
去っていく小人を、見咎めもせずに。
ただ。
ただただ。
それを呆然と眺めていた。
「哲夫」
自分の名前を呼ばれて、哲夫の世界が。
少しだけ明るくなった。
レーレーがいた。
哲夫もレーレーも、今よりずっと若かった頃。
レーレーは少女。
哲夫は少年。
そう呼ばれていた頃の記憶。
地方の叔母の家に、哲夫とレーレーだけで行く事になった。
両親はまだ、離婚もしていなかった。
家族四人で暮らしていた頃の記憶。
哲夫も漫画を描く、ずっとずっと前だったし。
レーレーともごく当たり前の姉弟として、ごく当たり前に暮らしていた。
駅に向かうまでに、喫茶店に寄った。
哲夫はそこで炭酸飲料の上にアイスを乗せた、フロートを食べた。
レーレーは、アイスティーを飲んだ。
駅に着くと、レーレーが二人分の切符を買った。
そして、ホームでのんびりと電車を待っていた。
「ねぇ、哲夫。電車を乗り換える度に、姉と弟を取り換えっこしよう」
「うん、わかった。じゃあ、今度の電車が来たら、俺が姉だね」
「そうそう、そう言う事。ほら、もう、電車が来たよ」
「ええと、ええと。姉さん、電車が来たよ。切符出して」
「何を言ってるんだ、姉さん。切符を持ってるのは姉さんだよ、哲夫」
「そうか、そうだっけ」
「哲夫!」
それは。
アスターリの声だった。
いや。
君子の声だったのかもしれない。
「風のアスターリ……あの戦争の……なぜわたしの邪魔……」
「君子……魔法使いの……」
「わたしの娘……後一歩で……」
「魔法を使う者は……自らの力で……」
「知った風な口を……邪魔をするな……!」
「魔に溺れた……君子……既に手遅れ……」
「手遅れな事など……! いくら貴様が戦争の英雄と呼ばれたとて……!」
「お前は……」
「お前は、私たちの友達を傷つけた」
「貴様らに何がわかる! わたしの夢を! 希望を! 貴様ら! 貴様らごときに! 押しても、叩いても、拳で殴っても! 決して、壊れない、冷たい冷たい、鋼鉄の壁がある! わたしは、その壁を乗り越える! 何度! 何度、鋼鉄の壁にもたれ掛かり己の無力を嘆き、泣いた事か! 貴様らごときに知れるものか! 種がなければ、私の腹は孕めない! 男が居なければ、私の子供は生まれない! あんな! あんな醜くて穢らわしい、肉の塊に! 私の内腑を捧げなければいけないなんて! ああ! 考えただけで、おぞましい! 今のままでは私の望みは、果たされない! 神は、死に絶えたのだ! ならば、悪魔にこの身を捧げよう! 私が、私の愛する子供の為に! 何度も何度も! 何十回も、何百回も、何千回も、何万回も! 例えこの命が尽きるとて! 私は、私の愛する子供の為に! もはや、神は死に絶えた! ならば、行こう! 悪魔の誘う、理の外へ! この身を悪魔に貪り喰われようとも! 魂を啜りつくされようとも! 私は、私の生命と魂に誓う! 何度も何度も! この暗く冷たい、底知らぬ宇宙の果てまでも! ああ! この腹に、愛おしい我が子を孕む事さえ出来たなら! 人の運命を弄ぶなら、神にも悪魔にも用はない! ああ! この運命が果たされるなら! きっと、どこへでも! きっと、どこまでも! さあ! 今こそ! 神も悪魔も死に絶えた! この身に、愛おしい我が子を宿すまで! 貴様らごときに! なんの邪魔を許すものか!」
部屋の中が、目も潰れるような光に満ちた。
轟音が鳴り響いた。
哲夫は、自由にならない身体の表面に。
熱風を感じた。
チリチリと肌を焼く熱を感じた。
「わたしは貴様らが、戦争と言う殺し合いに拘泥している間も! 娘の為に生きて来た! 娘を愛する為に生きて来た!」
「それがなんだと言うのだ!」
「貴様らのように、殺し合いを望むような真似はしない! わたしは! わたしは生命を産み出す! ひとりの力で!」
「哲夫を! 心に傷を負った人間を生贄にして! 何を産むと言うのだ!」
「わたしの娘だ!」
「魔に飲み込まれたお前に! 生命を愚弄して! 何が叶うと言うのだ!」
「戦争と言う殺し合いから何が産まれた! 貴様らが正しい訳がない!」
「君子! 正しい争いなどはありはしない!」
「貴様らが望んで引き起こした事だろうが!」
「争いは人と共にある! 力を持った者ならそれを知るのが責任だ!」
「ふざけるな! そんな詭弁が! このわたしに通用すると思うか!」
「哲夫を解放しろ! 君子!」
「止めてみろ! アスターリ! 何が戦争の英雄だ! この男もわたしの……」
どすん。と、鈍い音がした。
「哲夫くん! 目を覚ませ!」
アスターリと君子の魔法の闘いをかいくぐり。
猛青年が。
君子に体当たりしたのだ。
ほんの少し。
君子に隙が出来た。
「貴様らごときがぁ!」
君子の絶叫が、部屋に響いた。
アスターリの魔法が。
君子を貫いたのだ。
君子はその場に倒れた。
猛青年が、君子から離れた。
「大丈夫ですか、タケル?」
「うん、僕は大丈夫だよ」
「魔法使い同士の闘いに割って入るなんて、無茶しないでください」
「もう、済んだ事だよ。それより哲夫くんだ」
「君子の魔法で哲夫は精力を引きずり出されたようです。相当に消耗していると想います」
「ねえ、アスターリ。魔法でなんとかならないの?」
「いえ、申し訳ありません。大体の結果はわかりますが、君子の魔法の正体がわからないので」
「魔法の正体?」
「ええ、そうです」
「魔法は、本や師匠と呼べる人から学ぶこともあります。それは体系づけられた魔法です。魔法使いの間では『伝統魔法』などと呼ばれていますが。魔法使いは、それ以外の魔法を使う事があります。その殆どが、魔法使い個人が独自に産み出した魔法です。昔は違いましたが。今は、そう言う魔法使いのほうがずっと多い」
「君子は、私の見た事もない魔法を使っていました。魔法を使った後に出る結果自体は、大体の事は見ればわかります。例えば、魂や生命、精力など目に見えないものであっても、魔法使いならそれを感じ取る事もできます。ですが哲夫からまともに生きるに足る精力が、感じ取れないのです。そのうえに君子は、明らかに肉体が死んでいました。血が流れる事すらなかった。おそらく、自身の肉体そのものに。脳や魂にいたるまで、なんらかの魔法を使っていたのではないかと想います。それも、とても強力な魔法です。哲夫に使われた魔法も、それに倣って強力なものだと想います。おそらく、君子は魔の領域から独自の魔法を見つけ出して、使っていたのでしょう」
「強力って……! なんとかならないのか、アスターリ! 戦争の英雄なんでしょ! 世界を救ったんでしょ!」
アスターリは、ぐっと息を飲み込んだ。
「タケル。英雄と言うのは、一時の象徴に過ぎないのです」
「そんな事を言ったって! ねえ、アスターリ!」
「まず、君子の使っていた魔法を解析してから……」
「無駄だ……」
地獄の底から響き渡るような。声。
地獄の底で身を切り刻まれたかのうような。声。
地獄の底で魂を引き裂かれたかのような。絶望から響く声。
君子。
君子が。
君子の身体が。
君子の魂が。
黒い渦に飲み込まれていた。
君子。
君子自身が。
その黒い渦になってしまったかのように。
アスターリは「やはり、生命を捨てていたか……」と、つぶやいた。
「わたしは死など恐れない!」
「違う! 君子! お前は生きる事を捨てたのだ!」
再び。
君子とアスターリの間で。
激しい魔法の争いがはじまった。
猛青年は、割り込めなかった。
ただ、哲夫をかばうようにその傍らにいた。
その時。
ひとりの小人が。
猛青年の目に映った。
猛青年がそちらに顔を向けると。
小人の後ろに、ひとりの少女が立っていた。
「哲夫さん」
海。
海の。
海の声だった。
「あのさ、哲夫さんが謝る必要はないんだよ」
その後に、こう続けた。
「待ってて。たぶん、助けられると思う」
君子とアスターリは、争う事に夢中で海に気が付かない。
海は魔法の争いを巧みに避け、ステンドグラスの場所まで辿り着いた。
「やっぱり、そうだ……」
その時になって、君子がようやく海に気が付いた。
「お前、何をしている! わたしの娘から離れろ!」
海はその言葉を無視して、赤い宝石の着いたブローチを胸から外した。
そして、君子を振り返ってこう言った。
「あなたの夢、叶えてあげる」
「やめろ! なんのつもりだ!」
「喜びなさい。その代わり、生命を賭けなさいね」
「わたし、たぶん。貴方よりずっと短い時間しか生きてないけど。教えてあげる。夢を叶えるのに、他人の力ばかり頼っちゃだめだよ。あなたは哲夫さんに酷い事したみたいだしね。それくらいは、背負わなきゃね」
「わたしの夢はお前なんかいなくても! いつか、いつかきっと!」
「いつかって、いつ? それは、誰の為?」
海は赤い宝石の着いたブローチを、ステンドグラスの前にかざした。
ほんの一瞬。
ステンドグラスの周りが、柔らかな光に包まれた。
カシャン。
ステンドグラスが粉々に砕けた。
少女。
生身の少女。
裸の少女が。
ひとり。
ゴロンと床に転がり出た。
砕けたステンドグラスの一部が、哲夫の身体に吸い込まれていった。
哲夫の身体が、ガクンと跳ね上がった。
そして、急激に意識が戻ってくる。
哲夫は、とても深い眠りから覚めた時のように。
ずっしりと身体の重みを感じた。
身体が重たいまま、ノロノロと起き上がった。
アスターリは、呆然としていた。
猛青年は、不安そうにアスターリを見ている。
蛇の瞳から出て来た小人。
そしてジンベエザメは。
ただ、何も出来ずに。
そっと哲夫の傍らにいた。
海と。
君子は。
何処にもいなかった。
赤い宝石の着いたブローチだけが。
ステングラスから産まれて来た、裸の少女の横に残されていた。
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