第13話 虚弱聖女と証明

「セレスティアル! どうしてここにっ!? それに、今の発言は……」


 レイ様が初めてご自身の口で言葉を発した。

 彼だけじゃない。ローグ公爵も含めた皆の視線が、私に突き刺さる。


 相手がオズベルト殿下だったら、決してしない行動だ。罰せられて辛い目に遭うと分かっているから。


 だけど……同じように会議の邪魔をしたとして罰せられたとしても、レイ様を守れるなら、それで良かった。


 むしろ、私が罰せられることによって、この不穏な空気がなくなり、良い方向に進むなら、願ったり叶ったりだ。


 辛い境遇には慣れてるし、実際、追放されて死ぬ思いだってした。


 ……怖くなんてない。


「何だ、この女は……国王陛下の御前だぞ。護衛たちは一体何をしている!?」


 ローグ公爵の鋭い視線と発言が、私に突き刺さった。しかし、ラメンテが前に進み出たことによって、彼は明らかにうろたえた様子を見せた。


「ごめんね、ローグ卿。僕が中に入れるようにお願いしたんだ。彼女も一緒にね」

「ら、ラメンテ様!?」


 ラメンテの姿を見た瞬間、レイ様以外の人々が、跪き、頭を垂れた。この光景を見ると、ラメンテが守護獣様として皆に崇められている偉大なる存在だということが伝わってくる。


 ……いいえ、これが普通の人たちの態度か。


 ラメンテは、レイ様の隣に置かれた椅子の上に飛び乗ると、行儀良く座った。そして金色の瞳をこの部屋にいる人々に向けながら、言葉を発する。


「もう争う必要はないよ。聖女が現れたんだから」

「せ、聖女が!? それは誠ですか、ラメンテ様!!」

「うん、ほんとほんと」


 もの凄い圧で訊ねるローグ公爵とは正反対に、頷くラメンテの返答がとっても軽い。


 ラメンテの瞳が、私に向けられたかと思うと、こちらに来るように指示された。

 皆の突き刺さるような視線に心がひりつきながら、ラメンテの横に並ぶ。


 特に、ローグ公爵の視線が痛い。

 明らかに、私のことをいぶかしんでいるのが伝わってくる。


 しかしラメンテは気にした様子なく、話を続ける。


「先日、僕が姿を変えて城に戻ってきた話は、皆知ってるよね? 中には見た人もいるかもしれないけど……」


 ラメンテの言葉に、部屋の人たちが口々に当時のことを話し出した。皆、実際に見たか話を聞いたかしていて、知っているみたい。


 皆が知っている事実に満足そうに頷きながら、ラメンテが話を続ける。


「あの姿は、僕の本当の姿なんだ。今までは、力が少なくなっていて、本当の姿を維持することが出来なかった。だけど隣の彼女が……セレスティアルが僕に力を与えてくれたことで、本来の姿に戻ることができたんだ」

「我々は、セレスティアルが本物の聖女であると確信している。だから彼女にラメンテの聖女となってもらえるよう、お願いをしていたのだ。そしてたった今、彼女はラメンテの聖女となることを承諾してくれたというわけだ」


 ラメンテの言葉を、レイ様ご自身が引き継いだ。

 そう語るレイ様は、何故かとても誇らしげだった。先ほどまでの、暗く怖い表情はない。私が目にし続けた明るいレイ様の姿があった。


 しかし、


「そ、それならば、彼女が聖女である証拠をお見せください、ラメンテ様!」


 ローグ公爵はかたくなだった。

 もちろん彼の気持ちだって分かる。いきなり出てきた女が聖女だと言っても、納得できるわけがないだろうし。


 ラメンテは余裕そうに、頷いた。


「もちろん。実際に見て貰った方が早いかもね」


 嬉しそうに尻尾をぴんっと立てると、皆をバルコニーに呼び出した。


 バルコニーからは、王都が一望できた。


 大きな街だと思うけれど、クロラヴィア王国よりも、自然が少なく思えた。王都の向こうも薄ら見えるけど、やはり広がっているのは、緑色ではなく砂と思わしき土色。ところどころ、緑がぽつんと立っているのが見える程度だ。


 他も同じようであるなら……確かに国民の生活は大変そう。


 改めて守護獣様の存在の偉大さを実感した。


 気の毒に思っている私に、ラメンテが言う。


「セレスティアル。僕に力を与えてくれる?」

「え、ええ、分かったわ。だけど……」

「大丈夫です、セレスティアル様。万が一倒れたときは、我々がすぐにお助けいたしますから」


 傍にいたルヴィスさんが、そっと助け船を出してくれた。

 私の体質のことを知ってくれている人がいると、安心できる。


 一抹の不安を残しつつも、私はラメンテの身体に触れた。心に集中し、力がラメンテに流れるよう意識する。


 力が注がれていく。

 私の中から溢れ出た力が、ラメンテの中にしみこんでいく。


 ラメンテが力強く吠えた次の瞬間、


「こ、これはっ!」


 皆がどよめいた。

 なぜなら、王都がみるみる緑色に色づいていったからだ。それだけじゃない。王都の外も同じように、まるで絵の具を塗ったように、茶色が緑に変わっていく。


 凄すぎる!


 言葉を失っている私の横で、ラメンテが、


「あれ? おかしいなぁ……城内の自然を蘇らせたつもりだったのに……久しぶりだったから力加減間違った?」


とぼやいていたのが気になったけれど。


 私たちの傍に影が落ちた。

 レイ様だ。


「セレスティアル、ラメンテ! 大丈夫か!?」


 身をかがませてラメンテと視線を同じにすると、同じように不調がないかをチェックされ、次は私の両肩を掴むと、私の身体の色んな箇所に視線を飛ばした。


 そして、大きく肩を落とす。


「なんとも無いようだな、二人とも」

「うん、僕は全然大丈夫だよ! セレスティアルが力を与えてくれたから、ちっとも疲れてない」

「わ、私も……」


 今でも信じられない。

 確かに、私から生まれた力をラメンテに与えた。守護獣シィ様と同じなのに、何故私は疲れて倒れてしまわないんだろう。


 不思議に思っていると、ローグ公爵がこちらに近づいてきた。心臓が大きく跳ね上がったけれど、彼が私たちに跪いたのを見てさらに心拍が加速した。


 な、なに!?


「ラメンテ様、聖女セレスティアル様、先ほどの私の無礼な発言の数々、どうかお許しください」

「うん、分かってくれたならいいんだよ、ローグ卿。顔を上げて」


 驚いている私の横で、ラメンテが嬉しそうに彼を許した。

 私も戸惑いながら、ラメンテの言葉に同意し、大きく頷く。


 良かった。

 私のこと、信じてくれたのね。


 ホッと胸をなで下ろしていると、レイ様が私の手をそっととった。優しい表情、柔らかな声色が、私の耳と心に吸い込まれていく。


「ありがとう、セレスティアル。ラメンテの聖女になってくれて」

「い、いえ、そんな……」


 レイ様が背負っている重責に比べたら、私なんて……と喉元に引っかかったが、外に出ることはなかった。


 だってレイ様が悪者になっていることは、秘密なのだから。


 私が途中で発言を止めたのを別の理由と捉えたのか、レイ様が微笑む。


「謙遜しなくていい。辛い思いをしたというのに、聖女の役割を引き受けてくれて、本当に感謝している。それに俺も嬉しい」

「そう、ですか。喜んでいただけて良かったです」

「ああ、本当に嬉しい」


 レイ様が心の底から嬉しそうにされている。

 本当に、私がラメンテの聖女になって嬉しいのね。ずっと国のために必死になっていたから、喜びもひとしおなのかもしれない。


 レイ様はラメンテに静かに訊ねた。


「ラメンテ、もうこの国は大丈夫だな?」

「うん! 大丈夫!!」

「そう、か」


 尻尾をぶんぶんと振って喜びを表しているラメンテとは正反対に、レイ様は物静かに微笑まれた。


 その笑みに、違和感を抱く。

 まるで、消えてしまいそうな儚さなように思えた。


 次の日、私の嫌な予感が的中する。


『俺は国王の座を降り、城を出る。後はローグ卿に任せる』


 こんな書き置きを残し、レイ様は姿を消した。

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