第14話 虚弱聖女とルヴィス
朝から城内は騒然としていた。
それもそうだろう。国の主が突然書き置きを残し、いなくなったのだから。
「あいつ……一体何を考えてんだ……!」
親指の爪を噛みながら、ルヴィスさんが怒りに満ちた声色で呟いている。しかし私からの視線を感じ取ったのか、慌てて姿勢を正して頭を下げた。
「お見苦しい姿をお見せし、申し訳ない。せっかくあなた様が現れ、この国も安泰だと安心していたのに……」
「いえ、それはいいのです。ルヴィスさんもご心配でしょうから」
ルヴィスさんの顔には、もうすでに疲労感が見える。肉体的疲労ではなく、精神的な疲労がたたってだろう。
ふと、私はずっと心の中で抱いていた疑問を口にした。
「ルヴィスさんとレイ様って、どういったお関係なのですか?」
他人の目がないときの二人は、主と臣下とは思えないほど、親密な関係だ。お互いため口を叩き、ルヴィルさんは容赦なくレイ様の言動に突っ込みを入れている。
ルヴィスさんは、少し瞳を見開き、やがて両肩から力を抜いた。そして遠くを見つめながら、懐かしそうに語る。
「……私とレイは、幼なじみなのです。母がレイの乳母をやっていた関係で、私は彼の遊び友達として一緒にいました。それから今までずっと、私は彼の傍にいたのです」
「そうだったのですね」
それなら、二人の関係が親密なのも納得がいく。
ルヴィスさんにとってレイ様が、主君だけでなく、大切な友人であることが、語り口調からうかがえた。
「ルヴィスさん……レイ様を本当に大切に思われているのですね」
「そんないいものじゃないですよ」
ルヴィスさんの表情が呆れたように緩む。
「あいつ、本当に馬鹿正直なんです。それに馬鹿がつくほどお人好しで……嘘をつくのも下手なんです」
「嘘といえば……レイ様がラメンテの力を独占しているから、この国が衰退していると聞いたのですが……」
「ああ、もちろん嘘ですよ」
「やっぱり……」
ラメンテの言葉は本当だったのね。
「そういえば、ローグ公爵との話し合いの場で、レイ様の発言をルヴィスさんがお伝えしていたようなのですが」
「え? あの場にはあなたはいらっしゃらなかったと思うのですが……」
「す、すみません! ラメンテが心配する私のために、話し合いの様子を見せてくれたのです」
それを聞いたルヴィスさんは、さすが守護獣様ですね、と呟き、呆れたように頷いた。
「ええ、あれは私がレイに成り代わって、ローグ公爵と話をしていたのですよ。馬鹿正直なレイが、上手く悪役を演じきれると思わないので」
「え? じゃ、じゃあ、あの発言は全てルヴィスさんが考えて?」
「そういうことです」
えええええええ!?
だからレイ様、あの場で直接言葉を発しなかったのね!
「自分が悪者になる話も、レイから持ちかけられたんです。あいつはいつも自分のことじゃなく、他人のことを優先していて、どれだけ自分に不利益が降りかかってもものともしない。こいつはいつかその性格で身を滅ぼす。そう確信していたから……危なっかしくて放っておけなかった。なのに、結果がこれだ。ふざけるなよ、あの野郎……」
歯ぎしりをする音が聞こえた気がした。
ルヴィスさんのレイ様に対する言動が、だんだん荒っぽいものに変わってる気がするんですが……
だけど一番の友人に何も告げられずに去られたルヴィスさんが、激しい怒りを抱く気持ちも分かる。同時に、そんな相手がいることが羨ましくもあった。
大好きだったからこそ、感じる怒りもあるのだと。
「どうせあいつのことです。国の不安がなくなったから、悪役の自分は不要と考えたのでしょう」
「そうですね。後、周囲に嘘をついて欺いていたから、その責任も感じていらっしゃったのかも知れませんね」
「レイの性格的にありえます。ったく……周囲を欺いていただなんて、そんなこと皆、わ……」
ルヴィスさんがブツブツ呟いているけれど、最後の方は何を言っているのか聞き取れなかった。
とにかく、レイ様を探さないと。
このまま二度とお会い出来ないかもしれないなんて……そんなの絶対に嫌。
不意に、レイ様と初めて出会ったときのことを思い出した。
常に生き生きしていて、大らかで……少しズレていらっしゃるところもあって、特に私との距離が近すぎて戸惑うこともあるけれど、優しくて……
手を握られたときの温もりを、私を抱きしめたときの力強さを思い出すと、もう一度レイ様と会いたい気持ちが湧き上がる。
いなくなったと思うと、逆に会いたくて堪らなくなる。
あの笑顔をまた見たくて、堪らなくなる――
「ラメンテにお願いしましょう。彼ならきっと、レイ様を探せると思います!」
私たちはラメンテの元に向かった。
*
「えー、レイを探して欲しい? ぼ、僕にもそれは無理、かなぁ……」
「ラメンテ、嘘言ってるよね?」
「う、嘘なんて……セレスティアル……なんか怖い……」
「目が泳いでるし、挙動不審です。明らかに動揺しています、ラメンテ様」
「ルヴィスも、ね、落ち着こう?」
「「ラメンテ(様)」」
「うー……二人とも怖いよぉー……」
ラメンテの尻尾が観念したように、ぺたんと垂れたかと思うと、私たちの前に映像が映し出された。
軽装で歩くレイ様の姿だ。
その表情は晴れ晴れとしていて、鼻歌が聞こえてきてもおかしくはない。
それを見たルヴィスさんの肩ががっくりと落ち、少しの間ののち不気味な笑い声が聞こえ、
「あの野郎……こっちがどれだけ心配したと思って……ふふっ……」
と、ほの暗い笑みを浮かべながら呟いていたのが、とても……とっても怖かった。
ラメンテの性格を考えると、真っ先にレイ様を探すはず。しかし探すこともせず、私たちに嘘をつこうとした。
それらの行動が示す理由は――
「ラメンテ、あなた知っていたのね? レイ様が城を出ようと計画なさっていたことを」
「う、うん……レイが、『自分は嘘をついて皆を怒らせてきたから、城を出ないといけない』って言って……で、でも僕だって最初はやめとこうって言ったんだよ!? 僕のために悪者になってくれていたんだし……だけどレイは、悪役は退場するまでが悪役なんだよって」
「なんだよそれは……無事城に帰るまでが遠征みたいな言い方しやがって……」
「そ、そうだよね……でも何だか僕もレイの言葉に納得しちゃって……それに僕ならいつでもレイに会いに来れるだろうって……」
レイ様のよく分からない自信満々な説明に言いくるめられてしまうラメンテの姿が安易に想像出来た。
あの自信満々な態度なら、多少変なことを発言されても、納得してしまう勢いはある。純真無垢なラメンテなら、レイ様に押し切られても仕方ない気もする。
「ラメンテ、レイ様のいらっしゃる場所は分かる? 私たちを、そこまで連れて行って欲しいの」
そう真剣にお願いすると、ラメンテは少しの間考えていた。そして恐る恐るルヴィスさんを見る。
「……レイのこと、怒る?」
「怒ります。当たり前です。皆に黙って勝手に王としての立場を放棄しただけでなく、城から出て行ったのですから。悪いことをしたら怒られるのは、当然ですよね!?」
ルヴィスさんの怒りを目の当たりにし、ラメンテの耳がぺたんと垂れてしまった。しかしルヴィスさんの声色が悲しみに変わる。
「……ですが、私たちも悪かったのです。レイが……自分の身の振り方まで考えていたとは思わず……だから私たちも謝らなければなりません」
手で額を多いながら後悔の言葉を吐き出すルヴィスさんに、ラメンテが真剣なまなざしを向けた。
「分かった。レイを、迎えに行こう」
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