第12話 虚弱聖女と決意
レイ様が国民から憎まれている話を聞いてから七日ほどが経った。
観察していると、本当に城の皆が、レイ様を避けているのが分かった。もちろん、必要最低限のことはしているけれど、それ以上は踏み込もうとしない。
私が見ている限り、レイ様のことに関しては、常にルヴィスさんが仲介しているようだった。
不思議なことにレイ様も、それに対して何も仰らない。
まるで、皆から憎まれていることを納得しているかのようで……
私の前では、裏表にない屈託な笑顔でお話されるというのに。
侍女であるティッカさんとはよくお喋りをする仲にはなったし、他の方々も親切にしてくれるけれど、レイ様との関係だけが、ずっと心に引っかかり続けていた。
城内の歪な関係に心を悩ませ続けていた私の目の前に今、レイ様と、彼の横に立っているルヴィスさんの姿が浮かんでいる。
とても不思議な光景だ。
ラメンテの力で、レイ様たちの様子を映し出して貰っている。今日もローグ公爵が来られたため、私はラメンテに思い切って事情を尋ねたのだ。
すると、
「まあ……見て貰った方が早いかも」
ということで、ラメンテがレイ様たちの様子を映し出してくれたのだ。
映像には、上座に座るレイ様。レイ様は両肘をテーブルについて、組んだ手で口元を隠している。下から睨み付けるような視線が、とても怖い。私が出会った人物と同じだとは思えない豹変ぶりだった。
白髪混じりの茶色の髪の男性が、大きくテーブルを叩き、立ち上がった。
「お前は一体何を考えているんだ、レイ!」
彼がローグ公爵――レイ様の叔父様。
この場にいない私ですら、あまりの大声に、肩が震えてしまった。なのにレイ様は微動だにしない。
ローグ公爵を一瞥すると、隣に立っているルヴィスさんに視線を向けた。ルヴィスさんが身をかがめると、レイ様はルヴィスさんに耳打ちをする。
小さく頷いたルヴィスさんは、先ほどと同じように真っ直ぐ立つと、ローグ公爵を見据えながら口を開いた。
「陛下の御前です。身内とはいえ、言葉を慎んでください、ローグ卿。陛下が不快に思われております」
「ぐっ……」
ローグ公爵が言葉を詰まらせた。いらだちを隠すことなく、荒々しく席に着く。そしてレイ様を睨み付けながらも、先ほどよりも言葉遣いを丁寧にして話し出した。
「あなたが守護獣ラメンテ様の力を独り占めしており、民たちが疲弊している。なのにあなたは、気に入った貴族たちだけに手厚い支援をしているとか……」
公爵の追求に、レイ様はあっさりと頷いた。
そしてまた、ルヴィスさんの耳元で何かを伝えると、承知したとばかりに頷いたルヴィスさんが公爵に伝えた。
「何の問題がある? この国は、ルミテリス王家のもの。ならば、守護獣の力も王家存続のために使うべきだ。貴族たちの件も然り、と仰っています」
ルヴィスさんの発言に、私は固まってしまった。
まさかあのレイ様が、こんな身勝手な考えをもっていたとは思えなかったからだ。
ラメンテが元気になったとき、レイ様が仰った言葉が蘇る。
”これで……ラメンテの苦しみも終わる! 我が国の民たちも救われる……なんと……なんと良き日だ!!”
レイ様は確かにそう仰った。
王家のこととか自分のことなど、含まれていなかった。
純粋にただひたすら、ラメンテと国民たちが救われることを喜んでいた。
それなのに――
だけど次の瞬間、誰も自分のことを心配しないと寂しそうに仰ったレイ様の表情が思い出された。
……きっとこれには訳がある。
「これは、レイ様の本心じゃない……そうでしょ? ラメンテ」
「セレスティアル、ありがとう。気づいてくれて……」
隣を見ると、ラメンテが嬉しそうに尻尾を振っていた。瞳を細め、真剣な表情で、映像の中のレイ様を見据える。
「レイはね、国が衰退しているのは自分のせいなんだと、嘘をついているんだ」
「ど、どうして?」
「……そうすれば、僕が悪く言われないから。それに、怒りは人々の生きる力にもなるからだって言って」
「そん、な……」
私は言葉を失った。
確かに、ラメンテの力がなくなってきているせいで国が衰退しているとなれば、どうしようもなくて絶望するしかない。だけど、この衰退が人為的なものであれば、元凶がいなくなれば解決するかもしれない、という希望が持てる。
その希望は、怒りは、生きる力になる。
映し出されているレイ様を見た。
彼は相変わらず、体勢を崩さないまま、ローグ公爵の言葉を聞き続け、時折ルヴィスさんを通じて返答をしていた。
何故ルヴィスさんを通じて、なのかは分からないけれど。
「レイは、本当に良くやってくれているんだよ! 国内に聖女がいないか良く探しに行ってくれていたし。そ、それに、気に入った貴族を優遇しているって言ってるけど、そんなことないから! そう見せかけて助けているのは、土地の衰退で苦しんでいる地域ばかりだし、そういう情報収集だってかかさない。自分よりも他の人に食べさせることばかり考えていて……」
ラメンテが、必死になって訴えてくる。
同時にレイ様の笑顔が思い浮かんだ。
あの笑顔の裏で、彼は皆の憎しみを一身に背負いながら、国を守ろうとしていた。
国王としての覚悟を見た。
「レイ……様……」
真っ直ぐな赤い瞳を思い出す。
自分のことよりも、ラメンテや周囲の人々に対して気遣っていた優しさを思い出す。
それに比べて私、は……
「セレスティアル? どうしたの、突然立ち上がって」
「……ラメンテ。私、自分が本当の聖女だと、今でも信じていない。だけど……あなたに力を与えられた事実は、信じようと思うの」
金色の瞳が大きく見開かれ――そして力強い輝きを宿したまま大きく頷いた。
「行こう、セレスティアル!」
「ええ!」
私たちは部屋を出ると、真っ直ぐにレイ様たちが話し合っている会議室へと向かった。
扉の前には護衛騎士たちがいて私の行く先を阻む。だけど、
「ら、ラメンテ様!?」
「ごめん、そこを開けて貰える? レイたちに用事があるんだ」
ラメンテが前に出ると、彼らは呆気なく扉を開いた。次の瞬間、ローグ公爵の叫びが部屋の空気をビリビリと震わせた。
「聖女もいない。ラメンテ様は力を失われる一方。これ以上陛下が自分勝手にラメンテ様の力を使い続けるなら、我々にも考えがある!」
考えって、これってまさか、反乱!?
「だ、駄目です! もうこれ以上争うことは止めてください!!」
思わず私は叫んでいた。
皆の視線が、私に注がれる。
ローグ公爵は口を開いたまま私を見つめている。さすがのレイ様も、目を大きく見開き、口元を隠していた両手がテーブルの上に落ちていた。
もう、ここまで来たら、なるがままよ!
私はラメンテを連れてゆっくりと歩みを進めると、レイ様と向き合う場所に立った。
そして彼を真っ直ぐ見据えながら、自分の覚悟と決意を口にした。
「陛下。私――セレスティアルは先日のラメンテ様の申し出を受け、この国の聖女としてお仕えさせていただきます!」
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