第2話 「霧路の亡命」

夜のプラハは、昼間以上に冷たかった。

 霧と煤煙に満たされた路地を、ミルフィはひとり歩いていた。

 プラハはこの季節、深い霧の立ち込めることが多い。

 気が滅入る風景ではあるが、ミルフィにとっては身を隠す味方とも言えた。

 

 抵抗して逃げ出しても、アルケミック・スニファーが少しの間を開けて必ず追ってくる。

 地獄の猟犬アルケミック・スニファーは、錬金術で嗅覚を強化された魔犬だ。

 ギルドでは、同様の錬金術で強化された魔獣が多数飼われている。


 とにかく、彼らの手に落ちるわけにはいかない。

 破れた擬似皮膚の隙間から、真鍮の骨格が鈍く光る。

 人々はミルフィを見ると、顔を背け、足早に通り過ぎた。

 なぜだろう、わたしは誰も傷つけていないのに。

 ミルフィはぎゅっと自分の腕を抱きしめた。

 この白い肌も、この小さな手も、ただの作り物。

 誰かに愛されるために作られたわけではない。

 兵器として生まれた存在だと、改めて思い知らされる。

 ―その気になれば、わたしの身体は追手を全員葬ることも出来るのだろう。力を振るえば、簡単に終わる。そのための凶悪な武装が内蔵されている。

 だけど。

 そんなことは、絶対にしたくない。

 

 遠くから、けたたましい鳴き声が聞こえてきた。

 疲れを知らぬ地獄の猟犬アルケミック・スニファー

 それに続いて、金属靴の音が霧の向こうから響いた。

 逃げなければ。

 鼓動を真似た錬金動力炉が、ぎしぎしと悲鳴を上げる。

 傷ついた体では、思うように走れない。

 それでも、ミルフィは駆け出した。

 軋む膝を押さえながら、石畳を蹴る。

 だが、追手たちの足音は容赦なく近づいてきた。

 もうすぐ捕まる。

 捕まったら、またあの研究所へ―。


 必死で角を曲がったとき、ミルフィは誰かの影とぶつかりかけた。

 顔を上げると、重たい作業服に身を包んだ男がいた。


 一瞬、時間が止まった。

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