第22話

 教室に戻ると、いつもと少し空気が違っていた。重いと言うかピリついていて、間違いなく何かあったようだ。

 すぐによっちゃんが私達を見つけてくれ、こちらに近づいてきた。

「ちょっとまずいよ」

「ケンカ?」

「ちょっと違うんだけど、ネット絡みで色々とね。2人とも、クラスのグループチャットは見た?」

「さっき少し。その後で何かあったのかな」

 スマホを取り出し、すぐに内容を確認する。

 そこに書き込まれていたのは、「つまんね」という短い文章。それに対して批判するような内容が一斉に書き込まれている。

 誰の発言に対して「つまんね」なのか。またどういう意図で発言したのかが問題になっているようだ。

「あまりよくない発言かも知れないけど、そこまでの事かな」

「その発言の前が囲碁部の彼でさ。発言したのはサッカー部のイケメン。誰かがそれを、いじめだって反応しちゃった訳よ」

 私では無いが、つまりは過剰は反応を示してそれに大勢が同調。結果として、大きな流れになってしまったのか。

「聡、どう思う?」

「思う事は色々あるが、俺達に解決出来る内容でも無い。そんな発言権もないしな」

 ここで言う発言権というのは、クラス内における地位。スクールカーストという意味だろう。そこまで明確なランクは存在しないが、私も聡もクラスでは目立つ方では無い。

 それは同時にクラス内における影響力でもあり、その私達が声を上げたところでどうにかなるとは思えない。

 よっちゃんは顔が広いので発言権はある方だが、それでも1人でクラス全員の空気を変えるには至らないだろう。

「でも放ってはおけないでしょ」

「本当に任侠の性格だよな」

「怜らしいっちゃ、らしいけどね」

「……まあ、発言の理由は分からなくも無いんだが」

 聡の呟きに私とよっちゃんは顔を見合わせ、彼を見る。すると珍しく聡から、短い文章が送られてきた。

 これなら声に出さなくても済むし、私達にしか分からない。こういう所はさすがだなと思いつつ、その内容を見てもう一度よっちゃんと顔を見合わせた。

「なるほどとは思ったけど、だからってこの空気を解決は出来ないとも思っただろ」

「まあね。でもこれは、本人達がどうにか出来ないの」

「この空気中、手を上げて発言出来る人」

 聡の言葉に私もよっちゃんも首を振る。それなら授業中に手を上げて、トイレに行く方がよほどましだ。

「……いや、待って。ちょっと待って。絶対に何かある」

「知ってる? 怜が中学校の頃大暴れした時も、こんなだったよ」

「大丈夫。そういう事はしない」

「違う事はするって宣言だよ。あーあ、大変だ」

 人ごとのように呟き、自分の席に戻るよっちゃん。 

 聡も黙ってスマホをリュックへ戻し、例によりペンを回し出した。

 私、聡、よっちゃん。

 それは同時に、赤鬼と魔狼に魔物。

 答えは出ないが、力任せでは無い解決方法は絶対にあるはずだ。


 放課後。むずがる2人を連れて、例のファミレスへとやってくる。

「瑞樹は」

「あの子は、私達みたいに暇ではないの」

「俺も暇では無いけどな。というか放っておけば、その内馴れ合うだろ」

「まあ、それも解決方法の1つではあるけどね」

 消極的な案を示す2人。私もそれは分かっているし、迂闊に首を突っ込めば余計に自体を混乱させる可能性もある。

「でも今の状況は、何もよくないよね」

「まあな」

 クラスのグループチャットは今も当たり障りの無い発言がされ、それにぽつぽつと「いいね」が付いている。今までもそんな感じで、やりとりに大きな違いは無い。

 決して、本心から「いいね」と思って送っていないのも分かっている。だけど現実の空気を知っている今は、今の「いいね」があまりにも虚しく感じてしまう。

「魔狼と赤鬼。それと魔物。これだけ揃ってれば、何か出来ると思えない?」

「色々突っ込みたいけど、魔物って何」

「よっちゃんが召喚する魔界の獣」

 軽く頭がはたかれた。とはいえムキになって、魔物を召喚されるよりはましか。

「多分だけど、勇気がいるんだと思う」

「何の話だ」

「この問題を解決する方法。仲直りするように声を上げる人も、本人達も」

「誰が声を上げるんだ」

 分かってて聞くような表情。私もそこは敢えて答えず、スマホとにらめっこをする。

「この「つまんね」の意味が分かってる人もいるはずでしょ。でも言い出せない雰囲気だから、ああいう空気なんだよね」

「おそらくは。良くも悪くも空気を読んでる訳だ。つまり答え合わせをしようとするのは、空気を読まないって事だ」

「良くも悪くもでしょ」

「別に怜がやらなくてもいいんじゃないの。それこそ、本人達の問題なんだし」

「まあね」

 取り出したルーズリーフに相関図を書き、その下に台詞を並べる。難しい事をする必要は無く、シンプルに要点だけを伝えれば良いはずだ。

「確かに人ごとだけど。こんな物に振り回されるなんて馬鹿らしい。私はつくづくそう思ってるの」

 そう言って、野菜ジュースを一気飲みする。後は野となれ山となれだ。

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