第21話

 放課後。例によりいつものファミレスにやってくる。

「俺も大概だったけど、リアルの武勇伝ではないからな」

「昔の話なの。もう、済んだ事なの」

 ソフトクリームをぱくつき、頭を冷やす。私がネットの反応に対して違和感を覚えるのは、その出来事が原因。同時に、過敏な反応になる。

 だからすぐに「いいね」を送ってしまうし、誰の投稿であっても「いいね」が送られない事に耐えられない。

 自分が送られる側になって何かが変わるかと思ったが、結局は今まで通りだ。

「聡が言うように、ネットは政府が禁止した方が良いのかな」

「それでもいじめは無くならないぞ。手段がネットから他に変わるだけだ。ネットが普及する前のやり方に」

「何、それ。人間が人間である限りって話?」

「大げさに言うなら。俺も、女子高生にいじめられたいね」

 聡は鼻で笑い、最低な事を呟いた。冗談なら良いが、本気で言っている雰囲気もあるから怖いんだ。

「でも怜に絡んできた女子生徒は、でかい男もセットだったじゃない。そういう時はどうするの」

「ペンは剣よりも強しっていうだろ」

 聡はペンを回すような調子で、テーブルにあったフォークを器用に回している。ただ彼が今言っているペンとは言論などでは無く、物理的にペンで応戦するという意味だろう。

 人の事は言えないが、この人も相当だな。

「とはいえ怜も、無闇にああいう連中には突っかからない方が良いよ。今度も無事に済むとは限らないでしょ」

「まあ、気を付ける」

「本当かな」

 心配と怒りが混じったような顔で私を見てくるよっちゃん。

 私は自分自身をそこまで無鉄砲だとは思っておらず、またあの程度の連中ならどうとでも対処出来る自信もある。勿論、トラブルにならないに越した事は無いが。

「……SNSをチェックしましたけど、今のところは何もなさそうですね」

「裏でこそこそやってるかも知れないじゃん」

「僕はその現場を見てないんですが。その手の連中はオープンなSNSで、普通に情報を漏らすんですよ。赤鬼を怖がってる書き込みはありますが、やり返すって発想にはならないようです」

 熱田君はスマホを見ながらそう呟き、1人で頷いている。一件落着かはともかく、取りあえずあの連中と関わりあいになる事はもう無いようだ。

「中川君、本当に大丈夫なの?」

「そういう時は、俺が怜を守るよ」

 思わず口が開き、飲んでいた野菜ジュースが漏れてくる。よっちゃんが拭いてくれなければ、そのままだだ漏れになっていたところだ。

「どういう事、それ」

「さっきの柄が悪い、でかい男。吉田さんも瑞樹も、そういう奴とはやり合えないだろ」

「まあね」

「トラブルにならないのが一番だけどな」

 それには何も言い様がなく、口を開けたまま頷くだけ。実際、それ以外に何もしようが無い。

「でも中川君、クラスのグループチャットでいいねを送らないじゃない。あれはトラブルの要因にならないの?」

「初めから殆ど送ってないから、クラスメートは俺が偏屈な奴だって印象を抱いてる。逆に、今からいいねを連発した方が怪しまれる」

 聡がネットに対しての耐性が高いのは間違いなく、それは過去のゲーム配信のためだろう。

 ただ彼の場合はそれ以来ネットとは距離を置いていて、私のように模索したり距離を測ろうとはしていない。そのため参考にはならないが、多少羨ましいとは思う。

「おおよそ現代社会の高校生とは思えないね」

「俺はもうネットには、期待も望みも抱いてないんだよ。時間と天気予報とニュース。後は動画とマンガが買えれば、それでいい」

 私はそこまで割り切れず、「いいね」が送られてくるようになった今も不安と疑問の間で揺れ動いている。



 

 翌日。普段通りに授業を受け、お昼を食べ、お弁当箱を洗いに行く。

 瑞樹君が言っていたように昨日の2人が因縁を付けてくる事は無く、むしろ遠目に見えた彼らが逃げていったくらい。これでは私の方に、悪い評判が立ちそうだ。

「今日はいないか」

 アライグマさんがいないため、1人でお弁当箱を洗う。今はまだ暖かいから良いけれど、冬を思うと今から憂鬱。本当、ハンドクリームはどうしようかな。

「はぁ」

「悩み事か」

 思わず飛び退き構えを取ろうとしたら、聡が両手を顔の位置まで挙げて立っていた。つまりは抵抗の意思はないという意味らしい。

「何、急に」

「大丈夫とは思ったが、昨日の奴らが来てないかなって」

「ああ、その事。向こうが、逆にこっちから逃げてるみたい」

「心配してるのは相手の方だって?」

 聡はそう言って笑い、自分のお弁当箱を洗いだした。どうやら昨日の話を実践しているようで、正直反応に困る。

「別に無理しなくても良いんだよ」

「無理はしてない。というか、最近はした事が無い」

「いいねを送らない事とか?」

「あれは誰もが無理をしてるだろ。例えば、クラスのグループチャットとか。平気なのは吉田さんみたいなタイプくらいだ」

 そんな彼の話を聞きながら自分はスマホを確認しているので、私が多少なりとも無理をしているのは間違いない。

 中学校での出来事以来、ネットでトラブルになった事は今のところは無い。ただ例えばクラスメートが私を内心どう思っているかは分からないし、そう考え出すと結局は振り回されてしまう。

「人間を相手にしてた方が、よっぽど気楽だよ」

「殴って終わりってオチだろ、それは。大体ネットの向こうにも、その人間がいるんだぞ」

「そうだけどさ。本当、誰が発明したのかなこれは」

「だから、ネットに関わって良い事は何もないんだ。それとSNSや動画配信で、ある程度有名になった後の事なんだが」

 いつものように語り出す聡。私もそれに、耳を傾ける。

「受け手がいいねを送る義務を感じるのと同様に、こちらも発信をし続ける義務感に迫られる。場合によっては、催促もされる」

「それは、あるかもね」

「そうすると自分が面白いから発信するよりも、とにかく数。とにかくセンセーショナルな内容に走りがちになる。更新が遅れれば叩かれるし、辞めるなんてもってのほかだ」

 どうも聡の言う事は極論で、素直には受け入れがたい。とはいえ否定が出来ないのも事実で、今は送られてくる「いいね」が負担にすら感じられる。

 いや、そうでも無いか。

「聡は動画配信を突然辞めたんでしょ。だったら何らかの反応があったんじゃないの」

「あったさ。例の米俵キャンペーンとかな。だからもう、自分のアカウントも動画のアカウントも一切見てない。動画に広告が紐付いてるから、入金はさすがにチェックしてるけどな」

「見たいと思わないの?」

「全然。ろくな事を書かれてないのは見なくても分かるし、瑞樹にもそれは聞いてない。動画配信は面白かったし、メリットも色々あった。ただ、自分をすり減らしてまでやる事でも無い」

 最後の言葉は多分、私に向けられているのだろう。本当、私は何をやってるのかな。

「ありがとう」

「とにかく無理をするなって事だ」

「でもいいねは送らないと、どうなるか分からないよ」

「その時は、赤鬼に変身すれば良いだけだろ」

 冗談でもその名前を出すのは止めて欲しい。 

 ただそれは、魔狼も思ってる事なんだろうな。


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