第19話

 この話は学校ではしたくなかったらしく、授業後に例のファミレスへ全員が集まる。

「で、どのくらい有名なの」

「ゲームプレイヤーとしては、それ程でもないですけどね。皆さん、魚介系アイドルって知ってます?」

 熱田君の質問に、私とよっちゃんが顔を見合わせる。そのマニアックなジャンルのアイドルなら、私達の年代で知らない人はいないレベル。自分達で捕まえた魚を捌いて食べるという、初めはその方向性を叩かれていたが今はテレビで毎日見掛ける程の有名人だ。

「そんな有名になってたのか。俺がプレイしてた頃は、アイドルをやってますくらいの認知度だったけどな」

「最近は結構多いですよ。この人達みたいにゲームが先ではなくて、知名度を上げるためにゲームをプレイするケースの方が大半ですけど」

 持ちつ持たれつの関係なのかよく分からないが、自分が有名人と微かだがつながりを持ったのはよく分かった。これがまさにネットの面白さという物なのだろうか。

「お礼とか言った方が良いのかな」

「どうとも言えん。礼を言えばファンから「媚びるな」と叩かれる可能性があるし、言わなければ「礼の一言も無いのか」と叩かれる。理想としては、投稿でさりげなく礼の代わりをする事だ」

「色々難しいね」

 そう呟き、取り出した液タブをよっちゃんに渡す。彼女は嫌そうな顔で受け取ると、それでもペンを走らせた。

「魚の絵を描いて見た。こういうのを投稿してみたら?」

 彼女が魚というので、魚なのだろう。そう言われなければ、魚人。

 そう。人魚では無く、魚人かと思っていた所だ。

「何か文句でも?」

「全然。この引用してくれた人の名前って、なんだったっけ」

「一発カマス」

 すぐに吹き出す、聡と熱田君。確かに見た目は格好良いので、そのギャップがすごすぎる。ただこれだけ有名になっても名前を変えないのが、彼らの人気の一因なのだろう。

「カマスを描くと何か言われそうだし、どうしよう」

「アナグラムで良いだろ。グドンリみたいな感じで」

「……なるほどね」

 グドンリはともかく、聡の意図は理解出来た。という訳で液タブにさらっと描いて、店内のwifiを使って投稿する。この液タブ自体がスマホやパソコンのように使えるらしく、さすがに設定はやってもらっている。

「ブドウ?……ああ、マスカット」

「カマスとマスカットですか」

 すぐに納得するよっちゃんと熱田君。これなら多分文句を付けられる恐れは少ないし、ただその意味は比較的通じやすい。

「で、リーダーは誰だっけ」

「そこにオルカ」

「……シャチは、ほ乳類だろ」

「そんな事を言ったら、紅一点は訳わかめだよ」

 自分でも何を言っているのか訳わかめだが、彼女は可愛いので問題ない。


 聡は一発カマスさんのアカウントをチェックし、1人で頷いている。というかこの人がSNSに見入るのを、初めて見たな。

「……だからあいつ、いつもシャケラッチョって言ってたのか。全然意味分からなくて、ずっと反応に困ってたんだ」

「一緒にゲームした事あるの?」

「ゲーム開始当初はプレイヤー自体が少なくて、バラ夫……。バラバラバラクーダとは組む事が多かったんだよ」

「カマスは英語でバラクーダですからね」

 さりげなくフォローする熱田君。しかし名前のセンスというのは、色々考えさせられるな。私のアカウント名、yasai2890もだが。

「バラ夫は、また現役なのか。ちょっと尊敬するな。でもあいつ俺と同級生だったし、今でもプレイしてておかしくはないのか」

「魔狼復活の伏線ですか」

「それは無い。でもバラ夫には、挨拶だけでもしたいな。……メールは、まずいか」

 聡はいつになく悩み出し、コーラを一気飲みしてはドンクバーへ行き、飲み干してはドリンクバーへ行くのを繰り返した。どうでもいいけど、後で吹き出さないだろうな。

「平気平気。向こうは芸能人だから、むしろ普通の人より口は固いでしょ。送りな、送りな。怜、スマホ」

「え、私のアカウントから送るの?」

「サプライズだって、サプライズ」

 そんな物かと思いつつ、スマホを聡に渡す。

 すると彼は意外とすぐに画面へ触れ、フリック操作をし始めた。

「……送った」

「全然迷わないんだね」

「バラ夫には世話になったから、最後に挨拶したかったんだよ。こういう形で、また会うとは思わなかったが。……と、もう来たか」

 画面を見た途端、珍しく声を出して笑う聡。返信ははこれといって大した事は書いてないが、彼にとってはコーラを咳き込む程の面白い内容だったらしい。

「この野郎。こいつのファンクラブって、男でも入れる?」

「普通、男女の制限は無いと思うよ」

「仕方ないな。あーあ」

 聡はそう言ってため息をつき、満足げな表情でソファーに崩れた。そして少し上を向いて目を閉じ、そのまま動かなくなった。

「そのまま崩れて消えて無くなるってオチじゃないよね」

「怖い事を言うな。俺はもう、満たされたよ」

 本当に大丈夫かな、この人。


 幸い彼の存在が消えて無くなる事は無く、普通に家まで送ってもらった。

「……まだ増えてる」

 イルカやブタバナカメだけで無く、サッカーボールやゲーム画像にも「いいね」が送られてくる。ドングリと松ぼっくりは、その比率はかなり低めだが。

 ただこれも冷静に考えると私の投稿に対しての「いいね」というよりは、一発カマスさんが引用したからこその「いいね」。彼への評価が反映されているだけとも言える。

「嬉しくなくも無いんだけどな」

 ただそれほど浮かれた気分にはなれず、むしろ一歩引いてしまう。「いいね」がたくさん送られてくれば何かが分かると思ったいたが、そうでもないようだ。

「いや、違うか」

 仰向けでベッドに倒れ、スマホを手の中から滑り落とす。

 古いという程でも無い過去の記憶。蓋をしてきた思い出が、ふと脳裏をよぎる。私がSNSに違和感を覚えた、中学校の頃の苦い思い出が。

 


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