第17話

 明けて月曜。結局日曜日は半分以上寝て過ごし、よっちゃんでは無いが無駄な事をした。

「おはよう」

「ああ、おはよう。これ、届いてたぞ」

 聡が見せてきたのは斜めの傾斜が付いたタブレットとペン。これがイラストを描くための液タブという物らしい。

「他の道具やソフトも渡すから、好きに使ってくれ」

「使い方が分からないんだけど」

「その辺も含めて投稿すれば良い。後は任せた」

 例によりスマホは机の上に置いたままで、時計が表示されている。昨日の積極性は、見る影も無いな。

「聡は描かないの?」

「描かないよ。誰にも望まれてないし、描く理由も無い。そもそも、上手くない」

 その先には「投稿もしない」という言葉も続くのだろう。

「まあ、いいや。操作方法だけ教えて」

「俺も詳しくは無いけどな。……紙一枚かよ」

 聡は液タブの薄っぺらいマニュアルを見て、絶句した。最近はこういうパターンが多く、横から覗き込むと「詳細はオンラインマニュアルをご参照下さい」と書いてある。

「企業の怠慢だろ。ネット環境が整ってない場所ではどうするんだ」

「インターネットを出来ない人は、人にあらずって?」

「おごれるネットも久しからずだ」

 一体何の話をしてるのかな。私自身も含めて。


 お昼休み。ご飯を食べ終えたところで、おにぎりと格闘している聡を残してお弁当箱を洗いに行く。

 すると予想通り、手洗い場にアライグマさんがいた。いや。アライグマでは無いが、私の中ではアライグマさんなので。

「や」

 アライグマさんはいつもより控えめに挨拶し、なにやらももじもじしている。どうやら昨日の事を気にしているようだ。

「囲碁部の彼と付き合ってるの?」

「まあ、そんなところ」

 明らかに照れていて、これは素のギャップ。思わず私もニコニコしてしまう。

「まあ、それは良いとして」

 アライグマさんはさっと切り替え、蛇口から流れる水を手刀で切った。つまりはそれを撮影した。初めは意味が分からなかったが、写真を見せられ納得をする。

「水が、切れてる?」

 まさに彼女の手刀によって水が寸断され、達人の技になっている。

 私もすぐに真似してみるが、水飛沫の飛んだ写真が撮れるだけ。彼女の領域には遠く及ばない。

「極意とかあるの?」

「あるよ」

「手首の返し方? それとも角度?」

「違う違う。カメラ側の話。こっちの設定をいじると、水の流れが止まったようになるだけ。こうしてみて」

 彼女が言うままにカメラの設定を変更する。シャッター速度を早くするらしいが、それが何を意味するのが全然分からない。

「それで写してみて」

「……あれ」

 彼女ほどでは無いが、水を切ったような雰囲気にはなった。やはり彼女のレベルで撮影するのは、極意では無いにしろそれなりの練習は必要だろう。

「写真をアップロードしていいねをもらうのも面白いけど、撮影自体も面白い訳よ」

「なるほど。私はいまいち使い方が分からないから、適当に撮っちゃうんだけどね」

「それはそれでいいと思うよ。私はもうスマホでは我慢出来なくて、一眼レフが欲しくなってるし」

 それは難儀というか、結構大変だな。


 沼がどうこう言っている彼女と別れ、教室に戻る。聡もお弁当は食べ終わっていて、よっちゃんと話し込んでいる。

「楽しい話?」

「絵の話で盛り上がってた」

「よっちゃんも、異世界の生物を描く気になったの?」

「怜の絵の話。それと、異世界の生物じゃない」

 だったらどこの生物なのか問い詰めたいが、あの絵を再現されても困るので黙っておく。まさかと思うけど、教室のその辺を歩いてないだろうな。

「落とし物よりも、こっちのがよさげだよね。やっぱり良いよ、これ」

「まあ、頻繁に都合の良い落とし物もないしね。それと動物の受けが良いのは分かったし、描きやすいから動物をメインにしようと思ってる」

「……描きやすい描きにくいなんてあるの?」

「メカニカルなのは、構造がある程度分からないと描きにくい。でも大抵の動物は見慣れてるし、デフォルメすればそれっぽく見えるよ」

 ルーズリーフを一枚取り出し、ハトを描く。丸い顔とそこから伸びる、寸胴な首。後は脇に「ぐるっぽー」と描いておけば、誰がどう見てもハトになる。

「よっちゃんも描いてみる?」

「描いてみない。それでいいねが結構集まったけど、何か分かった?」

「全然。嬉しいなとは思ったけど、それ以外は何も無い。むしろ訳が分からない。訳わかめだね」

 そう言って、ハトの隣にわかめを描く。これこそ、訳わかめだな。

「昆布描いてみてよ、昆布」

「塩昆布? おでんに入ってる昆布?」

「……海の中にある昆布」

 それもそうか。確かにこの横でおでんの昆布が泳いでいたら、よっちゃんの異世界生物どころの話では無い。

「……昆布に見える」

「わかめは葉っぱみたいに枝分かれしてて、昆布は1枚で描けばそれっぽくなるよ」

「絵が描ける人間は観察眼が鋭いんだよ。対して下手な人は曖昧な記憶と曖昧な記憶が重なり合うから、魔界の生物が召喚される」

「そういう中川君はどうなの」

「俺は上手くもないし、下手でもない。人間性同様、面白みの無い絵しか描けない」

 それでもよっちゃんに無理矢理描かされている聡を横目に、今のイラストをアップロードする。するとブタバナガメほどではないが、「いいね」がすぐにいくつか送られてきた。

「味があるって」

「昆布だからな」

「うまいねだって」

「昆布だからな」

 永遠にループするのかな、この会話。


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