第16話
コンビニで買ったお菓子とジュースを持って、大会会場へと足を運ぶ。地元の食品メーカーがスポンサーらしく、ナスらしきデザインのグッズをもらってしまった。
「こういうのって可愛いのと、本当に可愛くないのに分かれるよね」
「たまにある話なんだが」
また語り出す聡。私もそのグッズを見つつ、話に耳を傾ける。
「敢えて可愛く無いのを作る場合もある。キモ可愛いとかあるだろ」
「あるね」
「ただああいうのは作ったら結果的に変なのが出来た方が、受けは良い。つまり敢えてやると、鼻につく。それがどうなるかと言えば、叩かれて却って評判を落とす。狙って外すのは、結構難しいんだ」
「魔狼は自然と変だったんだね」
そう言った途端、すぐに口を閉ざした。別に怒った訳では無く、試合会場内に入ったから。観客席では無く、囲碁をやっているその場所にだ。
勝負している囲碁盤の側を普通に人が歩き回っているので結構フランクなようだが、どうでもいい話をする空気感でも無い。
「……いたぞ」
聡がめざとく見つけ、真剣な顔で囲碁盤と向かい合っているクラスメートの元に歩いて行く。本当に熱がこもっているというか、一体誰なんだというくらい積極的だな。
聡と一緒に後ろから囲碁盤を覗き込むが、将棋の王将みたいなシンボリックな存在も無いため全く意味が分からない。それは聡も同様らしく、私と目が合った途端すぐに首を振った。
「……負けました」
パーカーを着ていた相手の男性が小さく頭を下げ、クラスメートもすぐに頭を下げる。全然分からないが勝ったらしく、ただここで喜びを爆発させないのはちょっと感心した。
「……あれ」
そのクラスメートが後ろを振り向き、聡と私を見て、囲碁盤を見て、もう一度私達を見た。囲碁盤を見直した理由は不明だが、戸惑う理由はよく分かる。
「応援しに来た」
「ああ、どうも」
「感想戦とかやらないの?」
「ああ、ええ。……ここのコスミが辛かったんですが、地を生かした方が良いかと思って」
「もう少し伸びると思ったんですけどね。ここで切られたのがきつかったです」
やはり何を言ってるのか全く不明。ある意味、お洒落カフェの呪文に通じるな。
感想戦が終わったところで席を立ったクラスメートと場所を移動し、会場の外でお菓子を渡す。
「エネルギーを使うって聞いたから、糖分多めにしてみた」
「ありがとう。というか、どうして」
多分その言葉の後に続く台詞は、「来たの?」だろう。彼と私達の接点はクラスメートという事だけで、話した事も殆ど無い。だとすれば、彼が疑問に思うのは当然と言える。
「将棋や囲碁って、イースポーツの源流だと思うんだよ。知略で戦ってスポンサーとファンがついて、勝敗もだけど試合の内容も重視されるのは」
「はぁ」
妙に語る聡に戸惑うクラスメート。私は何も語る事が無いので、他にクラスメートが来ていないか周りを見渡す。
「……試合、どうだった。……え?」
結構胸元の開いたシャツにホットパンツの、ギャルっぽい女の子がこっちに駆けてきた。私がいつも洗面所で出会うアライグマさんが。
そんな彼女が声を掛けたのは囲碁部の部員で、というか彼女も私達のクラスメート。ただこの2人の接点が、よく分からない。
「ああ。えと、僕の応援に来てくれたみたいで」
「あ、そう。そうなんだ、へー」
動揺の色は隠せず、よく見なくても後ろにナプキンに包まれたお弁当を持ってきている。これは、とんだ邪魔をしてしまったな。
またよく見ると囲碁部の彼のリュックには、ホットパンツの少女をかたどったストラップを付けている。どうやら彼が、アライグマさんの「弟」のようだ。
「怜……。中川、そろそろ行こうか」
「囲碁だけにね」
「どういう意味?」
3人同時に尋ねられた。それは私も知りたいな。
結局逃げるように会場を飛び出し、気付いたら駅前のジムに来ていた。実家が経営する、総合格闘技のジムへと。
「なんか、久しぶりに来た気がする」
「経営者なんだから、たまには来いよ」
「ルールの縛りが多くて、ちょっと苦手なんだよね」
「武道家の台詞だぞ、それ」
軽く笑い、サンドバッグに拳を当てる聡。お互いすでにアップは済ませていて、私も反対側から拳を当てる。
「こういうのは撮影しないのか」
「変なテンションになるから止めた。興奮して、アップで撮りたくなってくる」
「よく分からんが、女子高生のトレーニング風景はちょっと意味が違ってくるな」
「そう。結局そうなったから止めた」
体を温める方なら良いが、上気した顔のアップは本当に良くない。何より撮影していると、我を忘れてしまう。
「水族館に行って囲碁を見に行って、ジムに来て。眠くないか?」
「なんとか。明日も休みだし、今日は早く寝る」
ここで適度に体を動かせば、眠りはより深くなるはず。明日は1日寝て過ごす気もするが。
「……いや、マジで大した事無いって。武器を持ったくらいで、勝てる訳無いだろ」
「だよな。古武道だって言っても、ボクサーとやらせれば1R持たないぜ」
どうやら私の実家を皮肉っている様子。ただこの手の話は物心ついた時から散々聞かされているので、今どうとも思わない。
「そんなの秒殺だね、秒殺。日本刀でもなんでも持って来いって」
「大体刀を持ってても、びびって斬れないだろ」
「あるな、それは」
ジム内に響く笑い声。インストラクターがたしなめているが、それが止む気配は無い。
「……何もしないよね」
「するか。あいつらが誰かは知らんが、俺はただの高校生だぞ」
「良かった」
「姉さんがいたら知らんけどな」
幸いジム内に沙紀さんの姿は無く、馬鹿笑いしていた男達もインストラクターに追い出された様子。ただ私に直接言って来た場合は、自制は出来なかった気もするが。
「ネットには、ああいう手合いがごろごろいる。素性が分からないと思って、好き勝手言ってくるからな。そうなるとどうなるか。ストレスが積もりに積もって、夜中に公園へ行って叫びたくなる」
「……それ、実体験からの話?」
私が中学生の頃、近所の公園で獣の鳴き声がするという噂が一時期あった。それはいつしか収まったが、魔狼の引退と同時では無いだろうな。
聡は小さく息を整え、サンドバッグに軽く肘をこすった。打撃というより、カットさせる打ち方だ。
「自制心がいるんだよ、何事も。それと相手にするだけ無駄だ。さっきの連中だって、怜の存在を知ってたら目の前では言わないさ。そのリスクは十分に分かるからな」
「だったら、ネットにはリスクがないって事?」
「無いように思えるって事だ。実際は誰が何を言ったかを調べる方法なんていくらでもあるし、報復も簡単だ。リスクだけ高くて、メリットは少ない。そんな物だぞ、ネットなんて」
相変わらずネットに対しては懐疑的というか否定的。言わんとしている事は、分からなくも無いが。
「俺が配信してたゲームなんて、初めは本当にひどかったからな」
「何が」
「とにかくゲーム自体に人気が無くて、プレイしてるだけでネット上に晒された。おーい、ここに馬鹿が集まってるぞって感じで」
「でもそれって、晒す人もそのゲームをプレイしてるんだよね。どういう事?」
例によって魔狼時代の話をするが、周りはそれなりに騒がしいため私達に意識を向けている人はいない。またさっきの連中はともかく私が何者か知ってる人もいるので、逆に近づいてはこないだろう。
「ゲームの世界は結構歪んでて、他のゲームを貶めるのはライバル企業以外の場合が多い。だったら誰がやってるのかと言えば、ライバル企業のファンがやってるんだ」
「何それ」
「本当、何それって話だよな。それはいいとして、そのマイナー加減が逆に好きだったんだよ。だから戦闘に参加しない援護兵なんてプレイも出来たし」
聡が囲碁部にこだわったのは、これが理由か。囲碁自体はメジャーな競技だが、高校生の部活レベルではやはりマイナーな部類だと思う。つまりは当時自分が置かれていた状況と、囲碁部を重ねているのだろう。
「晒されたり馬鹿にされても、止めようと思わなかったの?」
「逆境と言うほどでも無いが、そういうのが案外面白いんだ。どうやったらこのゲームが盛り上がるかなとか、どうやったら面白くプレイ出来るかなとか。考えてるだけで、テンションが上がる」
「……なんとなく分かる気もする」
「いいね」を追い求めて試行錯誤するのは、辛くもあったが確かに面白さも感じていた。魔狼のそれとは比べるレベルでは無いのだろうが。
「配信したのも、ゲームを盛り上げるため?」
「ああ。初めの頃は誰も配信してなかったから、「自分が」って魔が差したんだよな。でもって結果が、この様だ」
「人気はあったんでしょ」
「下手だけどマザコンのクレージー野郎だぞ。それはどうなんだ」
真顔で尋ねられても、答えようが無い。
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