第15話

 イルカプールから離れ、普通の魚がいるエリアへと移動する。ずっとカメラを構えてイルカを追っていた人もいたが、自分にはそこまでの熱意も思い入れも無い。

「私も、あのくらい頑張った方が良いのかな」

「イルカからすれば、迷惑な話だろ」

 イルカにそんな感情があるかは分からないが、トレーナーからすれば思う所の1つは2つはあるのかも知れない。

 対して今私達がいるのは普通の魚がいるエリアなので、彼らにそこまでの感情は間違いなく無いと思う。

 ちなみにこのエリアは水槽と向き合うのでは無く、チューブ上になっている通路の全面を水槽が覆うという観覧方法。何かの拍子にこれが割れたら、魚もだけど見ている方も結構大変な事になる気がする。

「これ、割れたらどうする?」

「まさに杞憂だな」

「でも、人工衛星が落ちてくるってニュースがたまにあるじゃない。案外、杞憂でもないと思うよ」

「故事が役に立たなくなるとは、つくづく現代社会は恐ろしい。それとも昔の人は、核兵器が雨嵐のように降り注ぐ事を予言してたのかもしれん」

 なんだか、随分大げさな話になってきた。でもそういう話は、何か聞いた覚えがある。

「もしかして、なんとかの大王っていう、あれ? ダイオウイカでも降ってくるのかな」

「それは知らんし、何を言ってるのか意味が分からん。まだ眠いのか」

 それは間違いないと思う。


 魚もそこそこにフードコートへ立ち寄り、お茶を飲む。徹夜に近い状態だし、家に帰ってすぐに寝たよっちゃんが正解だと思う。

「流れ星も落ちてくると言えば落ちてくるんだけど、スマホでは撮影出来ないよね」

「それ以前に、いつ来るか分からん。流星群なら別だけど」

「とかくこの世はままならないね」

 そう呟き、持ってきたノートに改めてイルカの絵を描く。思いつきで描くのはやはり難しく、見た物をまずは描いていこう。

「頭に花が咲いてると可愛いと思うんだ。イルカの頭に鼻があるし」

「シュールだけど、受けは良いかもな」

「ドングリとどっちが上?」

「眠いなら、コーヒー飲めよ」

 今は結構目が冴えているんだけどな。というか、ドングリは良い物なんだけどな。

「落とし物は難しいから、絵の方が良いと思う?」

「アニメやマンガで良くある話なんだが」

 また語り出す聡。私もいつも通り、姿勢を正して耳を傾ける。

「なんと言っても、出だしが肝心。主人公には、これでもかという程の設定が盛られがちになる」

「なるほど」

「ただ話が進むと登場人物も増えればストーリーも絡み合っていくから、主人公ばかりを追ってもいられない。結果どうなるかと言えば、初期設定なんてマニア以外誰も覚えていなくなる」

「随分ひどい話だね」

 そうは言ってみたが、分からなくは無い。何より今の自分が、現にそうなのだから。

「だから逆に時間を置いて初期設定を持ってくると、伏線が回収されたと思われる。実際には、そんな意図は無くともだ」

「私も時々、落とし物の写真を投稿した方が良いって事?」

「落とし物と絵と両方いければ、それが理想だ。一番の理想は、投稿を止める事だけどな」

 最後の話は聞き流し、イルカを描き上げる。よくイラストでは青やピンクに塗られがちだけど、実際のイルカはグレー寄りの色なのを今日改めて知らされた。

 とはいえそれでは見栄えがしないので、多少誇張した表現になっているのだろう。そういう所は、SNSの投稿に通じる部分もある気がする。

「やっぱり手で描いた方が楽なんだけど」

「液タブもペンで書くんだから、その辺は変わらない。と思う。それにそういう試行錯誤を投稿するのも、また一興だ」

「メイキングみたいな話?」

「ああ。成長を見るのは、案外楽しいんだ。たまにそこからプロになる奴もいるから、驚くけどな」

 私はそこまでの才能は無く、プロというのも理解出来ない。ただ描くのは楽しいので、デジタルでの書き方についても勉強してみよう。

「少し腹減ったな」

「クジラ食べるの?」

「こういう所で、そういう事を言うのは止めろ」

 それは失礼をした。


 不穏当な発言は慎み、今度はペンギンのプールへとやってくる。ここは他の場所とは一線を画する賑わいで、また自撮りをしている人が非常に多い。

 ただ思ったように撮影出来ないらしく、小首を傾げている人も非常に多い。

「私知ってるよ。ここは結構暗いから、スマホだと上手く写せないの」

「自分は良いのか」

「ペンギンは、それほど好きでも無いんだよね。この目がどうも苦手というか、どこ見ているのか分からない」

 可愛らしいと言われがちなペンギンだが、私からするとのそのそ歩く鳥でしかない。また鳥特有の虚ろな眼差しが、いまいち親近感を覚えない。

「パンダも苦手か」

「それ。全体像はともかく、目だけ見ると獣だよ。熊だよ熊。笹を食べてるからって、だまされちゃいけないよ」

「変なところで頑なだよな。というか、動物が苦手だよな」

 それを言われると困るが、積極的に関わりたいと思う方では無い。犬や猫のもふもふした手触りは気持ち良いが、その生き様には納得出来ない部分もある。

「だって犬はご主人様に盲目的で、自分っていうのが無いでしょ。だからって猫は好き放題生きてて、人を小馬鹿にするじゃない」

「動物に親でも殺されたのか」

「両親は健在だよ。ただ私は、どうも理解が出来ないんだよね。動物の気持ちを」

「簡単に分かっても困るけどな。その辺が、いいねと関係しているんじゃないのか」

 それは、思い当たる節も無くは無い。結局自分は相手を理解出来るか出来ないか。相手が自分を理解してくれているかしてくれないか。そこに強いこだわりがある。

 だから理解の範囲を超えている動物が苦手なのだろう。ひいては誰かの曖昧な発言に、良いと思っていなくても「いいね」を送る理由を追い求めてしまう。

 またもっと根本で、SNSに対する疑問。不満を抱えている。それは中学生だった時の出来事が原因で、おそらくはそれが一番の理由だろう。

 正確には自分自身と直接関係は無かったのだが、聡が言うようなネットの闇が当時の自分には受け付けなかった。それが尾を引き、今に至っている気がする。


「いいね」

 思わずそう呟き、写真を撮る。

 私が見ているのはブタバナ。ではなくブタバナガメで、別名スッポンモドキとも言う。名前の通りブタのような鼻をしていて、自分からするとイルカやペンギンより愛らしい。

「媚びてないのが良いよ。可愛いアピールしないじゃない、この子って」

「知らんよ、そんな事は」

「でも可愛いのが、またいいじゃない……。あれ」

 投稿をした途端、すぐに「いいね」が送られてきた。送ってきたのはよっちゃんや熱田君では無く、誰とも知らない人から。やはりこの見た目は、世間的にもインパクトがあるようだ。

「しかしこんなカメが出てくるアニメって、主人公は水族館の飼育員か」

「主人公は軽音部の女子高生。後輩のために、部室でブタバナガメを飼うの」

「……何一つ理解出来ん」

 間違った説明はしていないのだが、情報が足りなかったようだ。私も自分で言っていながら、意味が分からなかった。

「後輩が2年生になった時に、新入部員が1人も入ってこなかったの。だからその後輩が寂しいかなと思って、その子がホームセンターで見てたブタバナガメを飼う事にしたの」

「分かったような、分からんような」

「そのアニメを見れば分かるって。それにしても、可愛いな」

 今度はノートにブタバナガメを描いてみる。元が良いのでイラストにするだけでも、結構インパクトがあるな。

「……今までに無いくらい、いいねが送られてくる」

「まだ5人分だろ」

「知り合いを除いて、5人でしょ。この前まで、1人も送られてこなかったんだよ」

 魔狼の経歴からすればたかが5人かも知れないが、私からすれば5人という数だ。それは素直に嬉しく、世の中の人が取り憑かれたように写真をアップロードするのも理解出来る。

「なんか、一気に目が覚めた。でもって、お腹も空いてきた」

「一通り見たし、外へ食べに行くか」


 目の前から立ち上る熱気と湯気。ソースの焦げる匂いと、脂の焼ける音。「いいね」とは違う意味で、テンションが上がってくる。

「まだ、いいねが増えてる」

「動物と食べ物はこれだからな」

 聡はそう言って、小手で軽く叩いた。お好み焼きが乗っている鉄板を。

「でもこれは音も込みだから、どうなんだろう。それにお店の中って、意外と薄暗いんだよね」

「アライグマさんみたいにレフ板を使ったらどうだ」

「私が今それをやったら、どう思う?」

「それを写真に撮って、知り合いにばらまく」

 つまりはあり得ない振る舞いという事で、それは私もよく分かっている。彼女があそこまで出来るのは学校という特殊な空間だからで、それでも結構ぎりぎりな行為。ましてよりパブリックな空間で大がかりな事をやっていては、目立つ以前に周りの迷惑となる。

「目立たず騒がず、迷惑を掛けずだ」

「まあ、加工ソフトを使えば良いのか。でも、この流れでお好み焼きは訳が分かんないね」

「ドングリよりはましだろ」

 それには耳を傾けず、お好み焼きを食べる。写真も良いが、やっぱり食べ物は食べてる方が楽しいので。

「他に行くところはあるか」

「特にないけど、何かあるの?」

「例の囲碁部の試合。あれ、今日なんだ」

「へー」

 そんな事は今知った。というか失礼な話だが、囲碁部の大会に関心を抱いていたのは本人以外だと聡だけかも知れない。

「それほど遠くないし、行ってみたいんだが」

「良いよ。ただ応援と言っても、声を出すような物でも無いよね」

「俺もその辺の流儀は分からん。差し入れくらい買っていくか」

 妙に積極的というか、そこまで思い入れがあるとは知らなかった。

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